41 何がイヤなの?

《で? 婚約したんだって?》


フレアリールがギルセリュートの申し出を受け入れたということで、領民だけでなく両親や兄も手放しで喜んだ。


シーリアや聡はギルセリュートに良くやったと褒めまくっているし、エリス達メイドや官吏達も祝福していた。


お陰で城の中にも街中にもフレアリールが落ち着ける場所がなくなってしまったのだ。


逃げるようにやってきたのが先祖であるファクラムが宿る木の上だった。


「あれはほらっ、ちょっとお付き合いしましょう? って話だったのにっ」

《あははっ。それは貴族には当てはまらないよ》

「うぅ……ギルは平然としてるし……」

《そこはほら。やっぱり王族だよね~》


ギルセリュートとしては、あれでもう結婚まで考えての言葉だったのだろう。


王族である以上、簡単に自らの言葉を取り消したりはしない。自分の言葉が力を持つことをちゃんと理解しているのだ。


《でも嫌じゃないんでしょ?》

「っ……それはそうですけど……」


フレアリールもこの人となら恋愛ができると思ったのも事実だ。ギルセリュートのことは随分前から好ましく思っている。


《なら良いんじゃない? 家族にも反対されなかったんでしょ?》

「そう……それがなんだか不気味で……お兄様は絶対に反対すると思っていたのに……そういえば、ギルがお兄様のことをウィルって愛称で呼んでいたわね……」

《既にそっちも手を回し済みだったんだね~。いやあ、彼は王族らしいねっ。いい意味でっ》


一番反対するはずのウィリアスさえ攻略済みだったということだ。手回しの良さには感心する。


「珍しいですね。そんなに褒めるなんて」


貴族なんて、王族なんてクソ喰らえくらい言う彼が手放しで褒めるなんて珍しい。何より、ギルセリュートは王家に戻る予定なのだ。そのギルセリュートの婚約者となったフレアリールは必然的に王家へと入ることになる。


実はレストールとの婚約も、ファクラムは相当怒っていた。シェンカは王家というか、王都と物理的にも精神的にも距離を置くと決めたのが彼なのだから。


「私が王家に行くの反対だったのでは?」

《まあね~。けど、フレアちゃんは半神としての役目もあるでしょ? 僕の意地に付き合ってもらうわけにいかないよ》

「意地なんて一族は思っていませんよ?」

《ふふ。そう? まあ、僕もなんかフレアちゃんは王都に行った方が良いような気がしてるんだよね~》


根拠はないが、そう思うらしい。


「でも、困りました……これではのんびりなんてできません……」


王家とも縁が切れ、実家で悠々自適な生活をと考えていたのだ。それが出来ないのは予定外。


考え込むフレアリールの隣に、木登りを楽しんでいた子猫姿のリオがやってくる。


《お母さん、ギルと結婚するの?》

「……そうなりそうね……」

《何がイヤなの?》

「うっ……」


何がと言われても困る。ギルセリュートに落ち度はない。


リオはフレアリールのはっきりとしないモヤモヤとした気持ちを感じ取っているようなのだ。


「……ファクラム様……恋愛ってわかります?」

《えー……どうだろう? 聞かれても説明できないと思うんだけど?》


ファクラムであっても、こればっかりは分からないのだろう。


《恋愛なんて、人それぞれでしょ? 僕は妻と恋愛結婚だったと思ってるけど、恋愛って何? って聞かれるとねえ……》


好き合っていたのは確かであっても、どういうものかと問われると答えようがない。


「自分が恋愛するっていう想像が出来ないんです。父と母のあれは恋愛というより、もう夫婦って形になっていますし」

《あ~、なるほど。僕もすぐに結婚だったからねえ。恋愛っていざ考えると違う気がするよ》

「この世界ではそういうものですよね……」


婚約者となっても、一緒に出かけることもなく、お互いのことを知らずに結婚するのが当たり前だ。


だいたい、恋愛結婚をする者は少ない。お互い好き合ったとしても、家が許さなかったり、身分の問題がある。簡単ではないというのが常識で、熱に浮かされるのは考えなしのバカのすることだとさえ思われるのだ。


《あ、そうかっ。フレアちゃんまさに恋愛中のおバカさん達に殺されたんだっけ?》

「……そうですね……」


今すごい顔になっている気がする。イラっとした。


《一緒になるには婚約者のフレアちゃんが邪魔だー! ってなんたんだっ》

「ですね……」

《あははっ。迷惑な奴らだねえ》

「……でも、恋愛ってそういうものなのですよね……」


フレアリールの中には、恋愛とは周りがとっても迷惑する印象しかないのだ。それは、前世からもだった。


「二人でいる時は、頭の中で常に大音量で音楽が流れてるんですよ? だから周りなんて見えてなくて『世界は私達を中心に回ってる!』って勝手なルール作るし……別れたら別れたで『辛くて仕事なんてしてられません!』って逆ギレ……」


フレアリールはイライラとしながらぶつぶつ続ける。


「慰めてもらえるのが当たり前だと思ってるしっ……自分で整理付けろって言うと『冷たい人だ』って言われるのよっ……『誰かを好きになったことないんですか? そんなだから独り身なんですよ』って……ふざけんなっ! お前らみたいなバカがいるからこっちはそんな事考える余裕もないのよ! なんでこっちが合わせなきゃいけないのよ! もっと努力しなさいよ!!」

《……フレアちゃん……》

《お母さん……》


ハッとした。


「あ、あら。ちょっと色々と古傷が疼いて……」

《……なんか、分かんないけど、苦労したんだね》

《お母さん……ボクは味方だからね?》

「……ありがとう……」


ちょっと力が入ってしまった。言いたいこと、言えずに溜め続けたものが出てしまったのだ。


《えっと……僕から言えることは……もう少し力を抜いて、思うようにしてみたら? って感じかな》

「……はい……」

《……ギルくん、責任重大だなあ……》


そんな呟やきは、フレアリールの耳には届かなかった。


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