40 パレードなんてしないわよ!?

シュリアスタとミーヤ大司教は、この教会に滞在することになっており、フレアリールはギルセリュートと帰路についた。


「フレアはレストールや異世界の聖女のこと、恨んでいないのか?」

「どうしたんです? 急に」


馬車も使わず、のんびりと歩く二人。すれ違う人々は笑みを向けてはくるが、話し掛けてきたりはしない。どうやら気を遣っているらしい。


「いや。フレアならすぐにでも王城に乗り込んでレストールに一発入れるくらい、平気で出来るだろう?」

「出来ますね。姿を見せに行くだけで、レスト殿下ならば盛大に腰を抜かしてくれるでしょうし」


フレアリールが戻って来たという噂が耳に入っていたとしても、レストールは信じないだろう。都合の悪いことはとことん避ける性格なのだから。


「ですが、それはお兄様の許可が出てからと決めているんです」

「ウィルの?」

「お兄様が今、正式な婚約破棄のお願いをしているみたいなのよ」

「……レストールとのか……」

「ええ」


レストールとの婚約は、フレアリールが死んだことで自然消滅していた。だが、フレアリールの生存が確認されたことで再び復活する可能性がある。


ならば、正式に破棄の手続きをするべきだとウィリアスが動いていたのだ。


ようやく今フレアリールが生きていたことが国内全土に知られた所。これによって貴族達への通達が行える。


「……」

「どうかしたの?」

「……次の婚約者候補は決まっているのか?」

「う~ん。どうかしら? 昔は、隣のエイクス王家にって話もあったみたいなんだけれど、今はそこまで切迫してないし」


貴族の令嬢である以上、政略結婚の可能性は高い。レストールとの婚約が決まる前は、小競り合いの続く隣の国へ嫁ぐ話も出ていたらしいのだ。ただし、それも国の意向だった。


「ここまでくると、政略結婚はないと思うのよ」

「なぜだ? こう言ってはなんだが……フレアには利用価値があるだろう」


聖女としての力も、魔術師としての力も知られてしまった。その上、王子の婚約者になれるほどの逸材。貴族の家どころか、近隣の国の王家さえも欲しがるのは目に見えている。


「お父様曰く下手な所に行けば、兵器扱いで周りも警戒することになるんですって。まあ、そんなことになったら私がどうにかするけど」

「……自爆しそうだな……」

「当然よ。私を利用しようなんてこと考えた罰は受けてもらうわ」


嫁いだ先を火の海にしてやる気満々だ。


「けど、そんなことにはならないわよ」

「どうしてそう言い切れる?」


政略結婚はないと断言する根拠はなんだとギルセリュートは不思議で仕方がない。自分の将来にも関わってくる問題でもあるのだから。


「お母様が宣言したらしくて」

「政略結婚はさせないとでも?」

「そのようね。『恋愛結婚しか認めません!』だそうです。お兄様もお父様も異議無しと両手を上げたので」

「……なるほど……」


片手ではなく両手。振り上げられたメイスに恐れ慄いたという現実があったが、どうあがいても男二人は母には勝てないので答えは変わらない。


「でも私、恋愛ってよく分からないのよね……」

「それならっ」

「っ……?」


そこは丁度、広い公園の中だった。ギルセリュートはフレアリールの正面に回って足を止めさせる。


ギルセリュートはここだと思ったのだ。初めて場所も気にせずに直感だけで人に詰め寄った。


「私と恋愛をしてみないか?」

「っ……」


突然過ぎて、フレアリールの思考が一度止まった。ゆっくりと染み込むように理解していく速度で、顔が火照っていくのを感じる。


「フレアとならしてみたい」


不器用な告白だ。意味がわからない。だから、ちょっと笑ってしまった。


「ふふっ。恋愛ってしようと思って出来るものなの?」

「いいだろう? 私はもうフレアに恋をしている。なら、あとはフレアがするだけだ」

「っ!?」


顔色一つ変えることなく言われた言葉に、今度こそ沸騰するような熱を感じた。


ギルセリュートは無表情で言ったのではない。その瞳はフレアリールの感じるのと同じ熱量を持っていた。


「どうする?」

「っ……!」


とんだ暴君理論だった。


こんな所で王の素質を見出してどうするのか。


だが、フレアリールの中でそれは確かに答えを出していた。だから背筋を伸ばし、スッと手を差し出した。


その様が気高い女王のようだとギルセリュートが感じているのでお相子だろうか。


「いいわ……よろしく、ギル」

「っ、ああ。よろしく、フレア」


ギルセリュートはその手を取ると、跪いて唇を寄せた。


立ち上がりお互い見つめ合うこと数秒。


「っ、おめでとうございます!」

「フレア様が了承された!?」

「フレア様がご婚約されたぞ!!」

「お相手は誠実そうな方だ!」

「お幸せに!」


いつの間にか囲まれていた。


「……」

「……ナニコレ……」


近くにあった花屋が今日は店じまいと言って、フラワーシャワーを振る舞う。


屋台は婚約記念だと言って安売りを始め、飲食店は『フレア様婚約おめでとう!』のPOPをガラスに貼ってお祝いメニューを決める。


雑貨屋は『あなたもこの機に告白を!』とプラカードを持って指輪やアクセサリーの在庫を放出。


他にも素早い対応が見られた。シェンカ領には一流の商売人達が集まっているのだ。


「……逞しいな……」

「ナニコレ、ナニコレ!? ちょっ、パレードなんてしないわよ!?」


動揺している間に、フレアリールとギルセリュートは、どこからともなく用意された馬車に乗せられていた。パレード仕様だ。


「飾り付けもしてあるな」

「ちょっと、ギル! なんでそんな呑気に感心してるのよ!」

「普通はこの短時間でこんなことにはならないだろう。すごいと感心するしかない。シェンカの使用人や官吏達は優秀だと驚いたものだが、住民もただ者ではなかったか」

「いやーっ! もう出発してるしぃ!!」


沿道には民達が並び祝福の言葉をかけ、本当にどこからやって来たのか分からない楽隊が馬車の前を並んで進む。同じ制服を着ているわけではないので、明らかに飛び入りだ。


兵達まで列を作り、領城に向けて即席のパレードが開催された。


「フレア、文句を言う割に手を振っているんだな」

「はっ……」


『パレード=笑顔で手を振る』という条件反射だ。その隣でギルセリュートも対応していた。


「習慣って怖いんだな」

「ううっ……もうどうにでもなれっ!」


この日、シェンカ領内に吉報が巡った。


長年祝福できなかったフレアリールとレストールの婚約を消しとばすように、領民達は自分達の愛する姫が好いた人と一緒になれることを喜んだのだ。


そして、同時にシェンカでは噂が流れた。


死んだと思われていたこの国の第一王子が生きていたというのだ。


その王子がフレアリールの新たな婚約者であると。


それは驚きと共に領内に広まっていった。

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