39 それは生活魔法ですよね?
コルトの話を聞いて、シュリアスタは残念そうに肩を落としていた。
「先ほどのお話が本当でしたら、ここから王都までの教会では不正はもうありませんのね……」
「シュリ様……普通はないのが当たり前なのですよ?」
ミーヤ大司教が困ったようにシュリアスタを諭す。
「ブラックハント様のファンとしては、この国で証明したかったのですわっ」
聖女ってこんな俗物的な感じでいいのだろうかと心配になる。
一応はコルトが特に失望したようには見えないので、大丈夫だとは思うが不安だった。
落ち込んだシュリアスタに代わり、ミーヤ大司教が顔を上げた。
「そういえば、コルト司教。あなたも普現魔術を使えると先ほどおっしゃっておられませんでしたか?」
「ええ。現在、この教会に所属する神官もシスターも神聖魔術だけでなく、普現魔術も使えるようになっています」
「そうですか……」
驚きながらもミーヤ大司教は考え込む。すると、今度はシュリアスタが顔を上げ、フレアリールへ目を向けた。
「フレアお姉さま。わたくしは、ここへ来るまでに神官たちの不正を暴いてまいりました。それと同時に、フレアお姉さまが北の大地を浄化するほどの力ある聖女であると認めるように説き伏せてきたのですが……」
フレアリールとしては聖女として大聖国へ行く気はないので、そこのところはどうでも良いのだが、シュリアスタにはそこが重要なようだ。
「これは、本国でも囁かれていたものなのですが……フレアお姉さまは神聖魔術を使えないのではないかと思われているようなのです」
「普現魔術も使えるという噂のためですね?」
神聖魔術と普現魔術は相容れないものだと認識されている。
神聖魔術は神に認められた者にしか使うことはできないとされ、普現魔術は神を信じない者達の技だと言われているのだ。
「はい。普現魔術で神聖魔術の真似事をしているのだとして、聖女と認めないのです。ですが……コルト司教も普現魔術が使える……神聖魔術を使えない者が神官にはなれません。ならば、これは疑いようのない事実」
相容れないはずの二つを扱えるなど、非常識にもほどがある。だが、実際に使えるのだから信じるしかない。
フレアリールのことは、あくまで噂だと思っていたシュリアスタには衝撃だっただろう。
王都の教会がフレアリールを毛嫌いする理由の一つでもある。普現魔術が使える所を実際は見せてはいない。だが、使えるという話はどうしても伝わってしまうものだ。
このシェンカで兵達にフレアリールが直接教える機会もあるのだから。その噂が王都に届くうちに色々と曲解され、結果的に『普現魔術で神聖魔術の真似事でもしているのだ』という解釈が成されてしまっていた。
何より、フレアリールは髪も瞳も神聖な色から離れた色に染めていたのだ。初めから印象が良くない。
その印象と噂は王都の教会から発信され、多くの教会がそのまま受け止めたというわけだ。
「これは一体どういうことなのでしょうか。普現魔術も神に認められているということなのですか?」
シュリアスタもこれだけは分からなかった。どこからどう見てもシュリアスタにはフレアリールが聖女の資格を持つものにしか見えない。神獣のリオまでそばにいるのだから。ならば、普現魔術が使えるはずがない。
「シュリアスタ様。神聖魔術も普現魔術も等しく神に認められた力なのですよ?」
「……ですが、魔術師の方には怪我を治すような神聖魔術は使えなかったはずです」
「そうかもしれませんね……では、逆にシュリアスタ様は『灯』の魔術を使うことができませんか?」
「え? 使えます。それは生活魔法ですよね?」
「そう。小さな火種を起こすこともできますよね?」
「はい……」
灯を指先に灯すことや、火種を起こすこと、人によってはコップ一杯の水を出すことや、微風ほどの風を起こすことなどもできる。それらは生活魔法と呼ばれ、攻撃主体となる普現魔術とは区別されている。
「普現魔術は、それらを大きくしただけにすぎません」
「……もしや、生活魔法が普現魔術だと?」
「そうです。もちろん、魔力量が格段に違いますから、区別されるのもわかります。でも、言ってしまえば、神官の方々は全員が普現魔術も使えるんです」
「っ!?」
これにはミーヤ大司教も驚いていた。
「で、では、神聖魔術も……?」
「魔術師の方に使えないというわけではないですね。ただ、神聖魔術は普現魔術よりも遥かに想像力が必要となります」
「……想像力……」
相手が聡ならば、普現魔術は科学であり、神聖魔術は完全な空想と想像の力だと説明するだけで終わるだろう。少し説明するのは面倒だなと思いながらもフレアリールは続ける。
「普現魔術の元となるものは、事象に根拠や結果が分かりやすいものになっています。誰にでも知識さえあれば想像しやすいものです。対して神聖魔術は怪我や病気を治しますよね。目に見えない何かを想像し、結果をイメージする。その過程はあまり重要ではないです。できると信じる力とでもいいましょうか……」
やはり説明は難しい。
「あ、そうですね……怪我をしていなかった状態を思い浮かべます。癒されることを願います」
シュリアスタはそれでも言わんとすることを察してくれたらしい。
「その願う対象が神です。神ならば治してくれるという絶対の信頼。それが神聖魔術の根幹です。だから、神聖魔術は人を選びます。真に神を信じなければ扱えないのです」
信仰心がなくては発揮できない想像力が働くのだ。実際、怪我だけは魔術師でも治せるようになる。元あった姿に戻そうとすれば良いのだから。
だが、病など細菌が原因のものや毒は難しい。何が原因となっているのか特定できないからだ。それを消し去るというイメージが付きにくい。
「ですが、私は率先して神官達にまで普現魔術を広めようとは思っていません。それで神に対する信仰心を薄めれば、もしかしたら使えていた神聖魔術が使えなくなる者も出てくるかもしれません」
「っ……コルト司教はっ」
シュリアスタはすぐにコルトへ確認する。
「心配ありませんよシュリ様。僕やここにいる神官達は神への信仰心が薄れることなどあり得ません」
「ですが……っ」
これにコルトは自信満々に答えた。
「神はもちろんですが、僕らにとっての神はフレアなんです。フレアのために神官であろうとするんですから、最初から神よりもフレアの方を信じてます。フレアができることなら出来るようになるというのが当たり前なんですよ」
「……なるほど……」
「……」
一体何がなるほどなのか。小一時間ほど問い詰めたくもあったが、余計な話が出てきそうなので我慢するフレアリールだった。
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