38 まさか炙り出しを?

とりあえず聡には帰ってから問い詰めるとして、気になっていたことを確認する。


「ところでコルト……この教会には大司教がいらっしゃるはずだけど、挨拶しなくていいのかしら? 許可もなくこんな奥まで入ってきてしまったけど大丈夫なの?」


この国には現在、二人の大司教がいる。一人はいわずと知れた王都のヘンゼ大司教。そして、もう一人がこのシェンカ領都にいた。


この場には聖女であるシュリアスタはもちろん、大聖国のミーヤ大司教までもいるのだ。本来ならば、この教会の大司教や司教が対応すべき相手だろう。


だが、神官やシスター達の姿は見たのだが、話したのはここまでコルトだけだ。そして、これだけ時間が経っても誰もこの部屋に来ない。


「あ、言ってなかったね。この教会の前の大司教様は半年前に別の教会に移られたんだ。今は僕がこの教会の代表になってる」

「でも、コルトは司祭だったわよね?」


教会の代表は司教又は大司教のはずだ。


「うん。実は司教になる資格は既に持ってたんだ。規定の三つの推薦ももらってた。けど、トブラン司教が許さなかったんだ」


司教になるには、それなりの実績がなくてはならない。そして、推薦も必要だ。


コルトは実績が十分にあった。しかし、絶対に必要となる司祭として補佐するトブラン司教からの推薦がどうしてももらえなかったのだ。


「フレアと北へ向かう時。もし生きて帰ってきたなら司教として認めるって誓約書をトブラン司教からもらってたんだよ。他の付いてきた神官達も何人か司祭になる許可もついでにね」


神官だからこそ、北の大地の瘴気が簡単には浄化できないと分かっていた。今の腹黒さは別にして、トブラン司教はちゃんと司教としての実力はある。


帰還は絶望的だと彼も思っていたのだろう。何より、フレアの力を侮っていた。


異世界の聖女やレストールさえ、戻って来ないならそれでも構わないと思っていたのだろう。確認してはいないが、トブラン司教があの禁忌とされる術を神官や魔術師達に教えたことに関わっていた可能性もある。


「戻って来てすぐに司教と認めてもらってここに来たんだ。先ずはフレアのことを、直接シェンカ辺境伯に報告しようと思って」

「そう……ここに来るまで何もなかった?」


トブラン司教としては、気に入らないはずだ。予想に反して北から帰還し、止めていた司教資格を与えることになってしまったのだから。


その上にもっと気に入らないフレアリールの故郷であるシェンカ辺境伯領への異動。


道中何もないなんてことは考えられなかった。


「ふふっ。あったよ? けど、こっちにはリガル殿達もいたからね。それに、僕らもそれなりに戦える。だから、ついでに他のここまでの教会を精査して回ったんだ」


コルトはいい笑顔で答えた。黒い何かが見えるようだ。


一方これを聞いて、ギルセリュートが何かに思い当たった。


「なるほど。それが一年前の神官達の摘発か」

「摘発? コルト……まさか炙り出しを?」


フレアリールは可能性として予想していたことを口にする。


天使のような見た目で、コルトは意外と腹黒いことを平気でやる。


リガルのような魔術師達が同行していたとしても、手足が使えない状態での旅は時間がかかっただろう。その上、今は大丈夫でも当初は上手く魔術が使えなかったはずだ。


ただ、コルトをはじめとしたフレアリールを慕う若い神官達は、神聖魔術の高い素質もさる事ながら、それなりに武器を持って戦えるように仕込んでいた。


北の大地にも、足手まといにはならないという判断で連れて行ったのだから。


そんな実力もあり、コルト達は今まで大人しくしてはいても、実はかなりの武闘派。荒事も結構好きなタイプだ。はっきりと敵対したなら、遠慮なくやれると判断したとしても不思議ではない。


コルトは楽しそうに頷いた。


「どこの教会の誰が繋がってるのかを知るのに良い機会だったからね~。わざと寝込みを襲いやすくしてやったり、リガル殿達が不調だと分かりやすく装ったりしたら、綺麗にもれなく釣れたよ♪」


その時のことを思い出したのか、凄くいい笑顔だ。もう、何というか清々しいほど腹黒い。何一つ隠していないのだ。悪いと思っていない。これが司教でいいのだろうか。


ギルセリュートが目を細めてフレアリールを見る。『こんなやつに誰がしたのか』と責めるように。


「……フレア……」

「た、確かに技は仕込んだけど、好戦的なのは私のせいじゃ……」


コルトがこうなのは性格だと思う。だが、これを聞くと一緒にいただろう神官達も問題なく参加していそうだ。そうなると、やはり戦う手段を与えてしまったフレアリールのせいとも言えなくもない。


ギルセリュートは当時の状況を思い出す。


「王都の南側の教会が軒並み人員不足になったらしいが、それが君の仕業だと?」

「そうなるね。半分くらい兵に引き渡したかな。それも司教権限で神官の資格剥奪も言い渡してね。これが出来るから司教になったようなものだよ」

「そんな簡単に司教一人の一存だけで剥奪できるものではないでしょう?」


これが通ってしまったら、もっと王都の教会は黒く淀んだ歪なところになっていただろう。コルトは上手くやるとしても、多くの神官達が辞めさせられていたはずだ。それこそフレアリールを認める者が誰もいなくなるほど。


「もちろん。ちゃんとした証拠がないとね。そこはリガル殿達が地道に集めてくれたよ。魔術師の世界って、結構殺伐としてるっていうのかな? 異様に情報収集が上手かったよ。裏に繋がりも持ってたみたいだね」


それなりに誰が王都の司教達と繋がっているのかを下調べして、襲撃に備えていたようだ。


ならばどこからそんな情報を集められたか。心当たりが一つある。


「……ギル」

「ああ……割の良いバイトだと師匠も出かけていた。私もいくつか受けたな。あの辺りのは間違いない」

「そう……」


ギルセリュートや聡のように、裏で情報を集めたり、時に暗殺したりする仕事を請け負う組織が一つある。


「リガル殿は『闇ギルド』に依頼できる伝手を持ってるのね。さすがは次期魔術師長候補だっただけはあるわ」


伝手がなければその存在さえ認知されず、利用することはできない。その上、かなり支払う報酬も高いのだ。利用できる者は本当に限られてくる。


「交渉は全部リガル殿が?」

「うん。それくらいは任せて欲しいって言われてね。なんか借りはそれなりにあるからって」


フレアリールが考え込むように表情をしかめると、コルトが首を傾げる。何を心配しているのかと不思議に思っているようだ。


「ギル、大丈夫だと思う?」

「あの内容と報酬額だと、それほど高額な支払いではないはずだ。リスクも少ない。それに、調べた内容もそれほど大したものではないんだ。おそらく、裏取りに使っただけだ。あれだけで捕縛や神官資格の剥奪は難しい」

「そう……一応は後で確認しようかしら。まあ、お兄様が気付かないはずはないから大丈夫だと思うけど」


リガルは思いの外、フレアリールのことでかなり重く責任を感じていたのかもしれない。


「フレア、何が気になったの?」

「そうね。リガル殿が全財産をそれに注ぎ込んだかもしれないなって思ったの」

「あ~……そういえば『ケジメも必要なので』って言ってた。『もう王都の屋敷とかも必要ないですし』とも」


これは間違いなく全財産使うつもりで動いていただろう。


「あの人達。フレアにしたこと、すごい反省してたからね」

「……よく許したな。結果的には生きているとはいえ、フレアを殺した奴らだろう」


ギルセリュートは、コルトのフレアリールへの慕い様を見て疑問に思っていたようだ。よく同行を許したものだと。


「だって、フレアが生かした人達だもの。いくら殺したくってもできないよ。それに、反省してるのは分かったからね。何より、あの人達もトブラン司教とかに騙されてたわけだし」

「なるほど……君がやっと司教らしく思えた」

「それはどうも」


どれほどの極悪人が相手であっても冷静に判断できる。それは司教として必要な素質だ。若く私情に走るようにしか思えないが、ちゃんとその資格はあるらしいとギルセリュートは少しだけほっとしたようだった。

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