44 職人はそういうものですので
モーニングを堪能した後、予定通り縫製工場へやってきた。受け付けに来訪を告げる。すると奥からリボンタイを付けた壮年の男性が出てきた。前髪を摘み上げて頭の上で結い上げ、後ろ髪もタイと同じ緑のリボンで結んでいる。
背丈はそれほど高くはない。着ているのは灰色のカッターシャツ。上に茶色のスーツベスト、同じ色のスラックス。小柄だがスタイルは良い。顔も小さく優しげだ。中性的に見える容姿だが、それに刃向かうように顎髭と口髭があった。上品に整えられているのでむさ苦しい感じはしない。そして近付いてみると、とってもまつ毛が長かった。
そんな謎に包まれたややこしい容姿の男性が目を潤ませながら走ってくるのだ。彼を知らないギルセリュートとリオは少々身構えているようだった。
「フレア様!! っ、ああっ、本当にご無事で……っ」
「ふふ。お久し振りです。イトワ社長」
「はい! ようこそいらっしゃいました!」
涙を浮かべながらフレアリールが生きていたことを喜ぶ男。それだけでギルセリュートもリオも、この人は信用できると感じたらしい。肩の力を抜いたのがわかった。
因みに、イトワは別にオネエではない。
「フレア様に見ていただきたい物が沢山あるのですっ! どうぞっ、こちらへ」
「ふふ。楽しみです」
ギルセリュートとリオについてくるように目で合図し、先導するイトワの背中を追う。
案内されたのは応接室の一つだ。
「すぐに現物をお見せします。今取りに行かせていますので、どうぞおかけください」
お茶を出され、イトワがフレアリール不在中に報告できなかった物を用意させるまでにギルセリュート達を紹介することにした。
「イトワ社長。彼はギルセリュートよ。今日は私の領内視察に付き合ってくれているの」
「っ……あなた様はっ……」
息をのむイトワを見て、フレアリールが不思議に思っていると、ギルセリュートが挨拶をした。
「ギルセリュートだ。イトワ殿……何度か幼い頃にお会いしたかもしれない」
特徴ある容姿のイトワだ。その父も実は彼に良く似ていた。なので、ギルセリュートも記憶の隅に残っていたのだろう。
「っ、はいっ。シーリア様や殿下の服を作らせていただいたことがございます……覚えていてくださったとはっ……シーリア様もご健勝で?」
「ああ。ここへ来る前もフレアの母上と楽しそうに買い物の計画を立てていた」
「そうですかっ……」
本当に良かったと、また涙を滲ませるイトワ。不思議な色気があってちょっとドキドキしてしまう。動揺しながらも、フレアリールはイトワの経歴を思い出す。
「そういえば、イトワ社長は王都に店を持っていたのだったわね」
「はい……ですが、殿下達が消息を断たれてからしばらくして王家との取り引きをやめることになり……昔、祖父の店があったここシェンカに引き上げて来たのです……」
イトワの実家はここシェンカにあった。先代であるイトワの父は、王都にあった叔父の店をもらい受けたのだという。それからは王家が使うような立派な装飾店となっていった。
「なぜ取り引きをやめられたのだ? 第二王妃も懇意にしていたはずだろう」
「単純にあの方やレスト殿下が気に入らなかったのですよ。あの方々の服が考えられなくなってしまったのです……」
言いづらそうに顔を背けるイトワに、フレアリールが構わず指摘した。
「単に、デザインの意見の不一致ではなくて?」
「……いえ、その通りです」
「イトワ社長の服はシンプルで美しいもの。あの二人が好むようなキラキラのゴテゴテとは対極に位置するものだわ。それに……第二王妃は基本、紅しか着ないし……?」
「そうなのですっ! 全く似合っていないのがなぜ分からないのかっ。その息子である殿下は、令嬢に言い寄られる数が少なかったのは服が悪いんだと言う始末っ……」
レストールは自分の発言力を知っているにも関わらず、そうして気に入らないものは遠慮なく貶すのだ。
店の評判を落としたイトワは、店を畳んで王都を出るしかなかった。
事情を聞いたギルセリュートは呆れかえっていた。
「何というか……最悪で面倒な客だな……」
「いえ、まあそうですね……こちらへ来て思いました。私共には王都は合わなかったのだと……」
イトワは苦笑して続けた。
「ここでは店とお客はあくまで対等なのです。店は技術を提供し、お客はそれを適正な価格で買い取る。お互い足元を見ず、常に向き合い歩み寄る。時には値段交渉をしますが、それはあくまでも好意と信頼を持ってです。不当に値段を下げる者はいません」
本当に欲しいと思う者達が来るのだ。お金に余裕がある貴族ではないというのも要因ではある。
「私たちの技術を安く見ているわけではなく、寧ろ良いものだからこそ、どうしても欲しいのだと懇願されるのです。それにこちらは絆されて値引く。店とお客は本来ならばどちらが上で下だというわけではないのだと、シェンカに来て理解しました」
「貴族は、自分たちが価値を決める側だと思っているからな……」
「そうなのです。技術に価値を付けるのは難しい……わかってはいるのです。ですが、職人達を軽く見られるのが私には我慢ならなかった……」
実際、王都とシェンカでは技術に対する利益率がかなり違ったらしい。王都で売る物は品質の高い物でなくてはならない。それは、材料にも気を使う。
そうなると、値段が高くなるのは当然。なのに、何だかんだと文句を付けられ、時に大幅な手直しを必要とされる。その分の技術料は全くといって良いほど貰うことはできなかったらしい。
自身も職人であるイトワやその父は、そうして職人の技術的価値を低く見られるのが我慢ならなかった。
王家と手が切れたことで、我慢も限界を超え、こうしてシェンカへと戻ってきたのだ。
「父もこちらへ戻ってきた頃には、すっかり人間不信になっておりまして……無気力にただ過ごしていたのですが……フレア様に復帰のチャンスをいただいたのです」
「私は、ちょっと世間話程度の感覚で提案をしただけなのですけどね」
細々と、近所づき合いをしてリハビリ中だったイトワ父子に出会ったのは本当に偶然だった。
「小さな小さなお姫様が、この町の視察に来られたのです。元々、ここは鍛治職人が多く集まっておりまして、労働者の町だったのですよ」
「……そんな感じには見えなかったが……」
「町の雰囲気は確かにそのようなものではないかもしれませんね。ですが、十数年ほど前までは屈強な男たちばかりの暑苦しい町でした」
ここは辺境伯領なのだ。国の国境を守り、戦うための武器を作る必要があった。他から持って来るより、この領内でその生産ができた方が良い。
よって、ここは鍛治職人の町として栄えていたのだ。
「最初は、お父様について視察って楽しそうだなって思って来ただけだったのよ。その時、武器の生産量を見て色々考えさせられたの」
この領内の武器の量は十分だった。だからといってもう作らないでくれとは言えない。他の領へ武器を出荷することを止められるわけでもない。
「その頃、第一王子派と第二王子派の対立も目に見えてきていたものだから、内乱の準備だといって武器を集め出す領がちらほらあったのよ。そこでうちの優秀な鍛治師達に目を付けたみたいで……職人達は注文を受けないと食べてはいけないし、あの人達、戦争とかあんまり考えてないのよ。作りたいって気持ちばっかりで」
「職人はそういうものですので……」
イトワも目をそらす。職人としてそういうところは否定できないらしい。
「だから、ちょっと別のことをやらせて他に武器を供給できないようにしようって考えたの」
「……まさか、その別の事っていうのは……あの列車か?」
「そういうこと。新しいことに挑戦するのは渋ってたんだけど……ちょっとハッパをかけてやったらアッサリ♪」
「……」
ギルセリュートはため息をつき、イトワはちょっと遠い目をしていた。
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