34 あの毒婦めがっ

フレアリール達がお花見をしている頃。


王都の教会ではとある面会が行われようとしていた。


「司教っ、あのシェンカの魔女が生きていたというのは本当なのですか?」


司教がその人と面会するために廊下を歩いていると、数人の神官達が駆け寄り確認の声を上げる。


聖女でありながら教会に属さず、なんの許可もなく神聖魔術を行使していたフレアリール。彼らにとってフレアリールはただの偽善者であり、教会の権威を貶める魔女だった。


声をかけられた司教は、彼らの後ろからやってきた面会相手を確認する。


「そのように声を荒立てるのではありません。王妃様も驚いておられますよ」

「し、失礼いたしました」


神官達が慌てて道を開けた。


「構いませんわ。わたくしも信じられませんでしたもの」


彼女は第二王妃。自分にこそ相応しいと考える真っ赤な色のドレスを好んで着ており、扇で優雅に口元を覆っている。


下品なほど装飾品を身につけ、常に侍従として若い男を侍らせていた。


「きっとあれこそが魔王ですわ。王の御心を乱し、次期王であるわたくしのレストールを罠にかけたのです。なんて恐ろしい……そうは思わない?」


最後は傍に立つ侍従の方へと目を向ける。


「王妃様のおっしゃる通りでございます」


こうして彼女は、何かにつけて同意を求める。例え条件反射のように無表情で告げられていても。同意するという声が聞こえるだけで彼女は満足なのだ。


神官達を解散させ、司教が先導しながら用意していた部屋に入る。そこでは、一人の青年が待っていた。


「あら? あなたはじめて見るわね」


テーブルについた第二王妃が顔を上げた。司教の隣で控えて司祭の証を付けた青年へ艶かしい色の視線を向ける。


「彼はソーレ司祭。最年少で司祭となった有能な青年なのです」


ソーレは緑がかった鮮やかな髪の色をしており、その瞳もエメラルドの色に輝いていた。細身で一瞬女性ではないかと思わせるほど整った容姿をしている。


静かに頭を下げるソーレに、第二王妃は熱を帯びたような瞳を向け続ける。


「あなた。司祭なんてもったいないわ。わたくしの侍従にならない?」

「お許しを……私は神に身を捧げているのです」

「ふふっ、そういう所もいいわ……ねえ?」


またも後ろに控える侍従へ同意を求めた。


「おっしゃる通りで」


ソーレは侍従へ目を向ける。侍従も彼へ視線を向けていた。


それからしばらくは、司教が第二王妃の愚痴に付き合う。これはいつものことだ。


「そういえば、異世界から来た聖女はどうしたのかしら? わたくしとも気が合う子だと思っていたのだけれど」


媚びを売るのが得意なアヤナは、レストールとの出会いと同時にこの第二王妃とも会っていた。キラキラしく着飾るいかにもお金持ちで権力を持っていそうな彼女に、アヤナはすぐに媚びを売った。


第二王妃の方も御し易いと判断したことで、アヤナが義理の娘になるのは歓迎できるものだったようだ。


そんな二人の思惑が絡み合っていたのだが、レストールが王によって自室に押し込められた少し後から、アヤナが表に姿を現せなくなっていた。


何度も司教と共にレストールの解放を王に訴えに来ていたというのに。それが唐突になくなったのだ。これが第二王妃には不満だった。


彼女が目を細めて司教を睨み付ける。


「聞いたところによると、聖女としての力はそれほどでもないみたいね」

「そ、そんな事実はありません」

「あら。でも、簡単な解毒もできないらしいじゃない? あの子の価値はそういう所だと思っていたのだけれど」


第二王妃は、レストールが王になった時に必要となるだろう治療の能力。今までの聖女ならば、どのような毒であろうと神聖魔術で解毒ができるはずだった。彼女はそれをアテにしていたのだ。何よりも自分の身を守るために。


「あの子は失敗だったのではない? 異世界から召喚された聖女は、言い伝えでは例え腕や足を無くしても、それさえ再生させるほどの力だったはずでしょう? 本国にいらっしゃる聖女は生きてさえいれば助けることができると聞くわよ? それと比べて、あまりにもお粗末ではなくて?」


アヤナは怪我人を嫌がる。気持ち悪いと言って血も見れない。ならばと目を逸らしながら神聖魔術を施しても、傷がなんとか塞がるだけ。


それなりに実力ある神官が同じことをすれば、気力も回復し完治も早くなるというのに、大変お粗末だ。


司教は苦々しい表情を見せて黙ってしまった。それをソーレがフォーローする。


「……まだ未熟なだけでしょう。本来の力を扱えるようになれば、他の聖女様方だけでなく、伝説の異世界の聖女様をも遥かに凌ぐ力を発揮できるかと……」

「うふふ。そう。そうね。疑って悪かったわ。なんと言っても聖色を持った聖女様ですもの。あの悪しき色に染まった子とは違うわね」

「……ええ……」


司教はピクリと肩を揺らして答えたが、気付いたのはソーレだけだ。そうして、第二王妃はクスクスと笑いながら優雅に立ち上がる。


「期待しているわ。失礼」


ソーレは立ち上がって第二王妃とその侍従を見送る。司教は俯いたまま悔しそうに握った手を震わせていた。そのため、ソーレと侍従が目を合わせ、小さく頷きあったことには気付いていなかった。


第二王妃が教会を後にするのを確認して、ソーレは未だに椅子から立ち上がれずにいる司教へ声をかける。司教を見る彼の瞳には、侮蔑の光が浮かんでいたが、気持ちを切り替えるように一度目を閉じるとそれをすぐさま消す


「……トブラン司教様……」

「っ、あの毒婦めがっ……こちらの足元を見おってっ。あれの子どもが次の王になれるのは、我らのお陰だというのにっ」

「……」


これだけで、第一王子と第一王妃に手を出したのが彼の息のかかった者であったというのが知れた。


「聖女も聖女だっ。髪を染めていただとっ!? 聖色に染めるなど許されることではないっ!」

「……司教様。外に聞こえます」

「構わんっ。次の召喚を成功させれば、あやつは用済みだっ。今度こそ最高の聖女をっ……」

「……」


ソーレは窓の外へ視線を送る。すると、そこにあった影が動き、消えた。


歪みそうになる口角。だが、表情に乏しい彼にとっては、本気で意識しなければ表情にまで出ることはないのでありがたい。


「私は部屋に戻る。後はいつも通りに」

「はい」


そうして部屋を出ようとする司教だが、ソーレとすれ違う折にその頬へ手を伸ばしてくる。


触れられてゾワリとする感覚に必死で耐える。


「っ……」

「お前は本当に有能で美しい私の人形だな。あんな毒婦とは比べものにならん。後でお茶を持ってきてくれ」

「……かしこまりました」


機嫌を直したらしい司教は、ソーレのきめ細かい肌を何度か撫でてから部屋を出ていった。


残されたソーレは拳を握る。そして、小さく吐き捨てるように言った。


「っ、ゲスがっ……」


怒りを鎮めるように窓の外へ目を向け、澄み切った空を見上げる。この空の色を取り戻した人を思った。


「フレア様……早くお会いしたいです……」


それは、恋しい母を呼ぶような。愛しい恋人を呼ぶような声音。


その時の彼の表情は、泣きそうに歪んでいた。


**********

読んでくださりありがとうございます◎

次回は昼12頃です。

よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る