33 絆されて色々教えちゃったのよ

ファクラム・シェンカ



彼が宰相になったのは間違いなく、その時の王の気まぐれだった。


後にも先にも、平民が宰相に抜擢されたことはない。


酷い時代だったという。戦争ばかりで、人々は生き残ることに必死だった。そこで、まだ少年であったファクラムは同年代の王子であった王と出会ったのだ。


《ホント、あの時はマジでおバカなお坊ちゃんでさあ。戦場で迷子になってたんだよね~》

「そこでお助けになられ、友情が芽生えたと?」


ファクラムは輪郭を時折ぼやかせながらお茶会に参加していた。


そして、父や兄達が興奮気味に昔の話しを聞き出しにかかっていたのだ。彼らの適応能力は高い。


《違うよ? ってかアイツ、王位争いで消されそうでさあ。敵にも味方にも狙われるっていう楽しい状況だったんだよ。僕はさあ、その頃武術ってのを極めようと思って戦場を渡り歩いてたのね。だから、アイツの味方をすればもれなく全部が敵に回るって知って都合よかったんだよ》


別に助けたわけではない。ただ、ファクラムは自分が思うようにしたかっただけ。


「なるほど。それは面白そうな状況ですね」

「戦争などやるバカ共など全部敵だ」

《だよねっ。もうめちゃくちゃ楽しかったよっ》


これだけで、戦いの才能もあるとわかる。シェンカの一族がそれなりに強い理由の一端がこれだ。


《そんで、戦争も落ち着いちゃって、僕ももうほとんど敵もいなくなったし、今度は隠密能力を高めようと思ってね。丁度良いからこの国の貴族の不正の証拠とか、片っ端から集めてやったの。で、集めたらいっぱいあったし、アイツに最終的に丸投げしたんだ》

「一斉摘発ですね。不要なゴミは処理すべきです」

「証拠を残すような小物など、国に不要だ」

《その通りっ》


不正をした貴族達の摘発など、シェンカの一族にかかれば朝飯前だ。


《そしたらアイツが言ったんだよね。宰相になって国を自由にしてみない? って。面白そうだから飽きるまで良いよってなったのさ》

「魅力的なお誘いでしたね」

「飽きるまでという条件を付けるとは、抜け目がない」

《いやあ、それなりに楽しかったよ。あんなに長く続いたことってなかったし》


飽き性なところがあるというのは認めている。だからこそ、多方面に手を出すのだ。


その間に妻となる人とも出会い、人生を謳歌した。あまり話には出てこないが、夫であるファクラムを支える良い妻だったという。


《そんで、宰相辞めてからこの領地をもらったんだ。一つの土地を弄れるのはもっと面白いよね》

「自分の目で見られますからね」

「未だ開拓中で、退屈はしませんな」

《でしょ? 我ながら良い遊び場を手に入れたものだよ》


このシェンカ領は最後の遊び場。ファクラムが好き勝手できる箱庭だった。


《ここの変化って見てて飽きないんだよ。だから、キャロウル神にお願いして僕が飽きるまでここに居させてもらってるんだ。でもずっとこうして顕現するのって疲れるから、花が咲く間だけってことにしてる。その方が変化がよくわかるしね》


年に一度、花が咲く時にだけシェンカ領を見て回る。隠密能力の高いファクラムが人の目につくことはなく、一時を楽しむのだ。


しかし、そんなファクラムにフレアリールだけが気付いた。


《フレアちゃんにバレたのは……五歳の時だっけ?》

「そうですね。武術の先生達にサジを投げられて時間を持て余していた時です」

《そうそう。ちっちゃいのにすっごくキレイな型で剣を振るし、演武はやるしで驚いて姿を見せちゃったんだよ》


このお気に入りの場所で、フレアは気分を変えて稽古をしていた。そこで、思わず出てきたファクラムと出会ったのだ。


「フレアお姉さまがサジを投げられるってどういうことですっ?」


シュリアスタが不満そうに詰め寄って行った。武技にも定評のあるフレアが才能がないとでもいうのかと怒ったのだ。当然、これは逆の意味だった。


《誰もフレアちゃんに教えられなくなっちゃったんだよ。フレアちゃんの方が上手過ぎてね~。さっすが僕の子孫! っていうか、フレアちゃんって僕の細君に似てるんだよね~。それで絆されて色々教えちゃったのよ》

「そうだったのですか? それは光栄です。もっと色々教えてください」

《うん。遠慮しないところもそっくりっ》


使えるものは使うのは一族の方針だ。先祖ならば消えるまでこき使う。その知識を全て吸い出す。


だからこそ、父も兄も世間話のような気軽さで話しを聞き出しにかかっているのだ。それに、ファクラムも気付いている。


そこで、それまで黙っていたギルセリュートが尋ねる。フレアの方をチラリと見ていた。


「どんな奥様だったのですか?」

《僕が宰相になってすぐだったかな? 伯爵家の四女でね。彼女を見たのは戦場だったよ。領主同士の小競り合いだけどね》


他国との戦争は落ち着いたとはいえ、国内の混乱は続いていた。長い戦争状態は、中々皆の意識から抜けない。『戦って勝って奪う』という考えが定着してしまっていたのだ。


《曲がった事が嫌いでねえ。その時も父親の不正を知っちゃったがために死んでこいって送り出されたみたい。でも、僕が手を出すまでもなく一人でその戦いを終わらせちゃったのよ。彼女、周りにも生家にも隠してたけど、魔術の天才でね。僕はからっきしだったから面白くって》


最後『いい加減にしろ!』と半ばキレた彼女が戦場のど真ん中を爆破したのだ。これに恐れ慄いた両軍が戦意を喪失し、その間に彼女が国へ不正の証拠と報告書を提出。円満解決となった。


《もらった報告書がラブレターに見えたねっ。トキメキ過ぎて直接領地に出向いて裁決を言い渡したよ。花束持って》

「……そこで求婚されたと……?」

《うん!》

「……因みにどんなお言葉を贈られたのです……」

《『僕とこの国牛耳ってみない? 面白おかしく変革してバカを追い出そうよ!』だったかな》

「……」


ギルセリュートが肩を落とす。だが、周りはぶっ飛んだ求婚の言葉に笑い、楽しそうだ。


「ギル?」


一人落ち込むギルセリュートに声をかけたのだが反応がない。戸惑っていれば、シーリアが気にしなくていいと手を取って耳打ちしてきた。


「参考にしようとしてたのに、当てが外れて落ち込んでるのよ。その時を楽しみにしていればいいわ」

「その時っ……え……」

「ふふ」


意味が分かったフレアリールは徐々に顔を赤らめていく。


そんな様子には幸いなことにシーリア以外気付かない。シュリアスタも無邪気にファクラムへ質問を続けていた。


「では、奥様は何とお答えに?」

《『バカが死滅していくところが特等席で見物できるなら喜んで!』だった! おんなじことを考えてたってのが嬉しくってさ~。そのまま攫って来ちゃった》


注目すべきは同じ考えって所じゃないと、フレアリールは一気に上気していた熱が冷めるのを感じていた。


しかし、周りは違ったのだ。


「きゃ~! ステキです! とってもお似合いなカップルです!」

《でっしょー! 彼女はその男勝りな性格が兵に人気でね~。でも僕としてはちょっと心配~。モテモテな奥さんって困るよ。けど、兵が断然使いやすくなったけどね~》


動かしやすくなったことは、確かに良いことだ。だが、それで嫉妬心が相殺されるとはどういうことか。


「なるほどっ、それは間違いなくフレアお姉さまに似ていますわねっ」

《だよね~。いやあ、フレアちゃんの旦那さんはきっと苦労するよ~。別に尊敬と憧れは向けてくれていいんだけどね? 僕も気にはなるけど許すっていうか。けど、たまに色目使ってくるのがいてさ~。そういうのは拳で語り合ったね》

「フレアお姉さまの隣に立つ以上、半端な強さではいけませんわっ」


何気に皆がギルセリュートとフレアリールへ視線を寄越す。ギルセリュートは必死で目を逸らしていた。


《やっぱ男は守れなきゃねっ。あ、でも彼女は結構勝手に出て行って気に入らない奴とかぶっ飛ばして帰ってきてたな~。僕が手を出す前にシメてきちゃう所があったよ》

「なんてカッコイイ奥様でしょうっ。憧れますわっ」

《あはは。そうやって女の子たちも虜にしちゃうんだよね~。だから、史実で男だったって説が出ちゃっててさ。お陰でこっちの記録もまともに残らなかったのよ》


女性に人気があるというのは、とても重要で、その上、彼女たちが残す言葉では女性と判断できないものがいくつもあった。そのため、ファクラムの妻であった人はいつの間にか男性だったことになっていた。


もちろん、ファクラムの妻とは別人という設定だ。彼女の行動、歴史を記すと、それは別人の男性のものとなってしまう。彼女の行動とは認識されないようになっていたのだ。


これにより、彼女の記録が極端に少なくなってしまい。行動的だった部分がごっそり抜け落ちたことで大人しい夫の影に隠れる細君という姿しか残らなかった。


「それで記録が少なかったのですね。安心しましたわ。私もこのシェンカの嫁として自信が持てます!」


母のファルセが拳を握りしめていた。確かにここまでの話しを聞くと、このシェンカの嫁に相応しい。


「お、おい……さすがに領からは出ないでくれよ……」

「わかってるわ。それはフレアに任せるわよ。やっぱり手加減って難しいんだもの」

「……そうだな……」

《あっはっはっ、そっか。そういえばファルセちゃんは一撃で馬車を破壊してたね》

「まあっ、ご存知でしたの? 若気の至りですわ」


照れ照れと頬を覆って揺れるファルセに、男性陣は顔色を変える。


《女が生き生きとしている土地は良いって言うけど、ウチの女性陣はちょっと元気過ぎかな?》


その言葉に男性陣は全員が真面目な顔で頷いたのだった。

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