32 君の力かもな

ギルセリュートの笑顔に吸い寄せられるように、フレアリールは彼の頬へと手を伸ばす。


そして、そっとその頬に触れて笑った。


「できましたね」

「ん?」


意味がわからなかったらしい。心底不思議そうにするギルセリュートに、クスクスと声を立てる。


「ちゃんと笑えてます。ここの筋肉、生き返りましたね」

「……そうか……」


自覚がなかったらしいギルセリュートは、思わずというようにフレアリールの手に手を重ねるようにして緩く握った。


「君の力かもな」

「神聖魔術使ってませんよ?」


冗談のようにそう答えると、ギルセリュートは目元を緩ませる。


「癒し効果というやつだろう? 師匠がたまに言う『マイナスイオン』が出ているのかもしれん」

「っ、ふふっ。聡さんったら、そんな事言うんですか?」


思わず笑ってしまう。きっと、あの森の中でよく言っていたのだろう。容易に想像できた。


「君は、ずっと私にとっては癒しだった。聖女で……女神だった。何も変わらないさ」

「殿下……」


ギルセリュートは知っているのだ。フレアリールとして初めて抱いた不安。誰かに存在を否定されるかもしれないという恐怖。


けれど、そんな思いなど気にならなくなる。


「違うだろう? フレア」


真っ直ぐに射抜かれるように見つめられ、訂正を求められた。そう『殿下』と呼ぶのではなかった。


「……ギル」

「ああ。忘れないでくれ」

「……忘れてないわ」

「なら、言い慣れるくらい呼んでくれ」

「っ……そっ、そうするわ……っ」


どうしよう。これにはとても慣れそうにない。


ただ見た目がいいだけのキラキラなハリボテ王子なんて目じゃない。


ギルセリュートは本物の甘々な王子様だ。


顔が火照るのを感じながらも、完全にギルセリュートから顔をそらすことができなかった。


それを誤魔化すようにしばらく、ギルセリュートと二人でシェンカ領の話など、他愛のない会話を続けていた。


そこへ、ゾロゾロと母であるファルセを先頭にして聡達や父と兄、城のメイド達までもがやってきたのが見えた。


「フレア~っ、お茶会しましょうっ」

「フレアお姉様ぁ」


シュリアスタもテンション高く、元気に手を振ってやってきていた。その手には、カゴを持っている。それをフレアリールに見せつけるように持ち上げる。


「軽食っ、わたくしが作りましたぁっ」


得意げだった。


「ふふっ」

「……あれで聖女とはな。少しお転婆に過ぎる」

「元気で良いと思うわよ?」


そんな会話をしているとは知らず、シュリアスタは元気に駆けてくる。


その後ろで、大きなシートを担いでくるエリスに気づく。彼女は素早くシートを広げると、あっという間にお茶会をセッティングしてしまった。


「どうぞ、フレア様」

「……ええ……ありがとう」


エリスから差し出されたカップを受け取る。


見上げたエリスの表情に影はなかった。寧ろ、いつもよりも興奮しているように感じる。まるで帰ってきてすぐに鼻息荒くフレアリールを磨き上げた時のようだ。


エリスは続いてギルセリュートへお茶を淹れた。


「っ、先ほどの照れるフレア様っ……尊いものを見せていただきましたっ。グッジョブです!」

「どこから見て……い、いや、いい。そういえば君は師匠の娘だったな……」

「大したものではありません」

「……そうは見えないがな……」


ギルセリュートが明らかな苦笑を浮かべていた。それからエリスがギルセリュートへ耳打ちする。


「フレア様、笑っておられましたね」

「……そうだな……」


その会話の意味はわからないが、ギルセリュートもエリスも満足げだ。


《お母さん、僕もほしいっ》

「リオっ、どこにっ……」


その時、リオが上から落ちてきた。


《そこの木の上でお昼寝してた》

「そっ、そうだったの……」


ちょっと気まずかった。もしかして、ギルセリュートとの恥ずかしい甘々な会話も聞いていたのではないか。それを確認する前に、リオはさっさとおやつを拾いに行っていた。


「そういえば、本当ならこの木は今頃花を咲かせるのに、なんでか去年から咲かないんだよ。聖獣様が傍に行けば、元気になるかと思ったんだけどね」


そんなウィリアスの唐突な言葉に、フレアリールは木を見上げる。


「咲かない……?」


確かに、この木は小さな菊のように丸く黄色い花を今頃咲かせるはずだ。葉が一年中落ちない特殊な木。ここがシェンカ領となってからこの場に存在する守り神のような木だった。


立ち上がり、木に歩み寄る。幹に触れるとあっさり原因が分かる。


「……寝てる……」

《やっぱり? だから僕も眠くなっちゃったんだ》


リオにも感じ取れたらしい。


ウィリアス達が不思議そうに見つめているのが分かる。しかし、振り返ることなくフレアリールは木に魔力を送った。


「ただいま戻りましたよ」


帰還の挨拶を呟くと、木の葉が光出す。そして、急速にいくつもの蕾が生まれ、花が咲いていった。それは、とても幻想的な光景だ。


「っ、すごいです……」


エリスの声が聞こえる。今度こそ避けられるかもしれないと思わないといえば、誤魔化したことになるだろう。けれど、もう怖くなかった。きっとギルセリュートだけは、いつだって味方でいてくれると感じていたからだ。


心を落ち着け、満開になるのを待つ。


すると、その花々から光の粒が生まれ、それがフレアリールの前に集まっていく。


「フレアっ」

「大丈夫よ、ギル。みんなにも紹介するわ」


危険だと思い、ギルセリュートがフレアリールを引き寄せるが、なんの心配もいらないのだ。


《約束の時というやつかな》


集まった光から声が響いた。少し高いが男性の声だ。


光は人型へと変化し、やがて穏和な表情を浮かべた老人が現れる。


《フレア以外は、一応は初めましてだな。私はファクラム……ファクラム・シェンカだ》


腰に手を当て、ウィンクするおじいちゃん。そんなファクラムを指しながら補足する。


「ウチのご先祖様です」

「「「「「えぇぇぇぇっ!?」」」」」


彼は元宰相。シェンカという家名をもらった最初の領主だったのだ。

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