26 シュリアスタと申します
それは可愛らしい少女だった。
金の長い髪はゆるくウェーブがかかっており、瞳は銀。それを見て、王に似ていると思った。
突拍子もない想像ではあったが、手を引くシーリアが泣きそうな顔をしているのに気付いてまさかと思う。
その少女が、こちらを見てふわりと笑うと駆け寄ってきた。
「お助けいただきありがとうございます。わたくし、シュリアスタと申します。フレア様にお会いできるなんて、夢のようですっ」
「え~っと……」
キラキラとした目で見上げてくる少女、シュリアスタに、フレアリールは戸惑う。
彼女は童顔で背が低いが、確かフレアリールより一つだけ下なはずだ。
「と、とりあえず、少し落ち着いて話をしましょう。彼らも休息が必要だと思いますから」
「はい!」
なぜだか感激された。そして、シュリアスタは馬車から出てきた初老の男性に駆け寄ると、喜びながら報告していた。
「本物です! 本物のフレア様でしたっ」
「そうですね。ほら、少し落ち着くようにと言われたのではありませんか?」
「そ、そうでしたっ。落ち着きましょうっ」
全然落ち着きがなかった。
そこで、フレアリールはクスクスとその様子を見て笑っていたシーリアへ声をかける。
「あ、あの……リア様? あの方はもしや……」
「ええ。ギルの妹……私の娘よ」
「そうでしたか……」
彼女を身籠った時、第二王妃はレストールを産んで間もなくの頃だった。
本格的に第一王子であるギルセリュートを邪魔に思うようになった頃であり、シーリアは危機を感じていた。
だから、シュリアスタを死んだこととし、王宮から逃がしたのだ。
「私の出身は隣のウルティル国。第二王妃が手を出せるような場所ではないわ。だからお父様に無理を言って生まれたばかりのあの子を引き取ってもらったの」
「無茶をしますね」
「ふふ。でも大正解だったわ。聖女になるとは思わなかったけれど」
彼女は神聖魔術を使えるようになり、すぐに聖女としてこの国からは更に遠い大聖国へ引き取られていった。これで、第二王妃に知られたとしても、完全に手を出せなくなったのだ。
「王にはこのこと……」
「言ってないわね。言ったら守ろうとするでしょう? そんなことしたら、第二王妃に悟られそうだったもの。私はシュリと連絡を取っていたけれどね」
「なるほど……」
夫をも信用していないというか、もしかしたら、怒っていたのかもしれない。
「あの女を制御できない人になんて任せられないと思ったのよ」
「……理解しました……」
やっぱり怒っていたようだ。
そこでふとギルセリュートの方へ目を向ける。彼はじっとシュリアスタを見ていた。
「ギルは知っているのでしょうか?」
「ええ。課題の一つとしてシュリアスタを調べるようにとね。きっちり調べてきていたわ。手紙も何度か届けてもらったもの」
「……本当に、聡さんは何をやらせてるのか……」
完全にそっち系の育て方をしているではないかと呆れてしまう。
王子としていずれ戻るかもしれないとは考えなかったのだろうか。
とはいえ、エリスのこともあり、考えていてもそういう育て方しかできなかったのかもしれない。そして、おそらくその予想は外れていないだろう。
「な、なんだ?」
フレアリールの視線に気付いて、聡が動揺する。責めるような感情はしっかりと入っていたらしい。
「改めて、聡さんの教育方針の問題性について考えていました」
「このタイミングでっ?」
あれを王子に戻せるだろうか。
自分はどうして、こうも苦労させられなくてはならないのかと嘆息するのだった。
◆ ◆ ◆
聡とギルセリュートで調べたところ、馬車の車軸の所に、魔獣を狂わせる匂い袋が仕掛けてあったらしい。
明らかに悪意を持った何者かの仕業だ。
「走っていくうちに振動で口が開いていくようになっていたようだな。仕掛けられたのは、だいたい半日くらい前だろう」
「ウルティルの国内ですね……その頃ですと、教会に寄っておりました……」
大司教が肩を落としていた。
現在フレアリール達は、大司教とシュリアスタの二人を聡が出した特別製の馬車に乗せ、そこで話しをしている。
とはいえ、ドアは開け放たれており、すぐ外に話を聞けるようリガル達もいた。
そのリガルが申し訳なさそうに口を挟む。
「このヴェンリエルに近い教会は、異世界の聖女こそが真の聖女だと考えているようなのです……」
これにより、教会内でも分裂が起きているらしい。
これにシュリアスタが憤慨する。
「信じられませんわ! 真の聖女というのならば、フレア様ですのに!」
「い、いえ、私もそう思っているのですが、残念ながら、フレア様を聖女と認めない者が多くてですね……」
美少女に責められてリガルもタジタジだ。助けに入ったのは大司教だった。彼は弱ったような表情でフレアリールに頭を下げる。
「申し訳ありません、フレア様。その……聖女の力を持ちながら教会に入らないというのが気に入らないと言う者がいるのです……」
「それは前々から聞いておりましたので、お気になさらず」
聖女なのだから、教会で守られているべきだと声高に言ってくる者もいた。そういう者は、よくオハナシをすれば、それ以降は口を出して来ない。国内ではもう誰もこの件に関しては口にしなかった。
「その意思統一化のためにも、こうして今回シュリアスタ様と指導して回っているのです」
「ヴェンリエル王都の神官に対する訴えは、こう言っては申し訳ないのですが、良い口実になりましたわ」
おかしいという情報は届いていても、教会は動こうとしなかったのだそうだ。大司教も簡単には動けない。
事なかれ主義というのだろうか。面倒ごとは率先して避けて通る主義の者が大半だったのだ。
だが、直接リガル達が来て訴えたことで、うやむやにすることができなくなった。更には聖女であるシュリアスタ自らが出ると強行したのだ。
ついでにここに来る間に、多くの教会を回って来たという。護衛としてリガル達も大いに役に立ったようだ。
明らかに教会の聖女が乗っているという見た目にもならないのも良かった。
「抜き打ち視察ですか」
「はい! 突然の訪問で慌てる神官達はとっても面白いのですわっ。ご一緒にどうでしょうか、フレア様!」
「ものすごく興味があります」
「まあ! さすがはフレア様ですわ!」
何がさすがなのかは分からないが、楽しそうな企画ではある。
「では、このまま王都までご一緒しませんかっ?」
結構グイグイ来る子だなとちょっと引いた。
「いえ……一度シェンカに行きませんか? 先ほどの匂い袋の件もあります。このまま王都へ行かれるのは良くありません」
調査も必要だろう。誰が敵なのかははっきりさせるべきだ。そう冷静に対応しようとしているのだが、シュリアスタは感動のあまり立ち上がった。
「っ、わたくしのことをそんなに心配していただけるなんて! フレア様っ、フレアお姉様と呼ばせてくださいませ!」
「……え……」
「それは良いわね」
「お母様もそう思われますのね!」
「ええ。もちろんよっ」
「……え……」
何を推奨してくれているのかとフレアがシーリアとシュリアスタを困惑げに見つめる。そんな中、リガル達は違う意味で混乱していた。
「……お母様……? というか……あの方はまさか……」
そして、一同はふと思い出したようにギルセリュートを探す。彼は気配を消していたため、意識しなくては認識できなかったのだ。
「あの銀の髪と瞳……ま、まさかっ。シーリア王妃様と、第一王子様では!?」
「あ、あいつら今気付いたんかよ」
「気付かれないようにしていたはずだが?」
「もう隠れる必要ねえだろ。お前、普通に自衛できっし」
「……たしかに」
情報解禁というわけだ。
「生きてっ、生きていらしたのか! はっ、だからフレア様がっ。これでこの国は安泰です!」
「我ら一同、全力でお二人をお守りいたします!」
「未来の王と王妃を王都へ!!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
「え……なにこれ……」
誰も否定しないし、勝手にリガル達は盛り上がっている。端ではカルロ副隊長が男泣きしていた。
「フ、フレア様が戻られたばかりか、ようやく相応しいお相手を見つけられたっ。これで暗殺訓練から多くの者が戻ってきますっ」
レストール暗殺計画が進行していたらしい。一体、どれだけの人にレストールは命を狙われているのだろう。それでも未だに生きているというのは、ある意味すごいと思う。
「なあ、前も思ったけど、シェンカってどこ行こうとしてんだ?」
「……私も知りたいです……」
この後、とりあえずはシェンカに向かうということで話はまとまったのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
つづきは明日0時頃です。
よろしくお願いします◎
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