第五章 帰郷と家族

27 わたくしが始めたのです!

シェンカ辺境伯領。


それは謎の多い地だった。


「魔獣の気配がすんのに、全然襲ってこねえな……こんだけ大所帯で動いてもとか、どうなってんだ?」


聡も、このシェンカ領にはほとんど来なかったらしい。不思議を通り越して不気味だと顔をしかめていた。


「情報とかも仕入れていないんですか?」

「ここ怖いもんよ……」


シェンカ辺境伯お抱えの暗部は、どこよりも隔絶した実力派集団。彼らは、領外からやって来る同業者に敏感だった。そのため、聡はこちらを探らせないためにもなるべく避けていたようだ。


「エリスに会いに来るとか。理由は作れたでしょうに」

「独り立ちした娘の職場に男親が顔を出すのって、嬢ちゃん的にアリか?」

「ナシですね。なるほど」


心配ではあるが、そのは我慢していたらしい。行ったらきっと手痛く叩き出されただろう。


「そんで? ここ、どうなってんだ?」

「この辺りの魔獣は強いですが、その分賢いです。そこで少々オハナシをしました」

「……野生だよな?」

「はい。まごうことなき野生です」


笑顔で答えるフレアリールに、聡は引いていた。構わず説明する。


「あちらからやってこれば、迎撃するということを覚えてもらいました。それはもう、根気よく兵達で隅々まで回って教え込んでいきました」


シェンカは魔獣達との共存を望んだのだ。調教とも言う。


「相容れないものもあります。ですが、同じ大地に生まれ、生きるものです。話せば分かるものだと」

「なに? いきなりなんで聖女っぽいこと言ってんだ?」

「あ、違いますよ。『とりあえず、何が相手でもオハナシから始めましょう』というのが、当家の家訓の一つなのです。それと『話してダメなら力を示せ!』というのが続くのですが、それを実行しただけです」

「……」


すごく宇宙人でも見るような目で見られた。未知のものに対する恐怖と興味。素晴らしい葛藤が見える。


「お陰で節度ある関係が出来上がりました。まあ、魔獣達がこちらの力量を理解したとも言いますね。おかげで『ナメられなくなるまで戦って来い』なんていう兵達の中間試験もできました。合格するまでひたすら森を彷徨い歩く大変な試験です」

「……大変……」


果たして、それだけのことなのだろうかと聡は考える。


実ははじめからこれらの話をリガル達も聞いていた。馬車に並走していたのだ。


「お、恐ろしい場所だ……」


彼らもシェンカのことはほとんど知らなかった。正確な情報は暗部によって入ってこないのだ。


シェンカ辺境伯は、昔から有事の時にしか出てこない。彼が動けば必ず誰かが捕まる。辺境伯は不正により民達を苦しめる者を許さない。


フレアリールをというより、シェンカ辺境伯を気に入らないと思っていた人は多い。教会関係者だけではなく、王宮関係者にもいる。リガルも元はそうだった。


フレアリールが普現魔術を使えることは知られていなかったが、宮廷魔術師達の在り方など、彼の師匠である魔術師長とフレアリールは何度も議論をしていた。


その中には、リガルが次の魔術師長には相応しくないという会話もあったのだ。


今の彼ならば何が足りず、相応しくないと言われていたのかも何となく理解している。特に今は反発しようとは思わないようだが、苦手意識はあるらしい。


多くの貴族達が、シェンカを避けるのも同じような理由だ。見たくもない、知りたくもないと思い込み、そのために彼らはシェンカの現状を知らなかった。


「そういう、大変な努力をした者たちがいる土地ですからね。今のシェンカは、恐らくどの領よりも……どの国よりも豊かで発展した領地になっています」


これは、直接見てもらわなくては分からないだろう。


フレアリールは領門が見えてくると、フードを目深に被った。


「中に入るか?」

「そうですね……そうします。お父様やお兄様のことなので、対策はできているとは思いますが、騒がれてもいけませんので。ひたすら真っ直ぐ道なりに進んでください。半日もすれば領城が見えるはずです」

「おう」


今は聖女であるシュリアスタやシーリア、ギルセリュートもいるのだ。目立つべきではない。


フレアリールは、フードを被ったまま馬車の中に入った。


「もう領に入るのね」

「フレア様が治めておられる地の教会はどんな感じなのでしょうっ」

「……フレアが治めているわけではないだろう……」


シュリアスタの中でフレアリールはどんな存在になっているのだろう。


「まあっ、お兄様。フレア様という存在がどれほど影響力をお持ちか、ご存知ではないのですね? 他国の王族や貴族の方々がどうにかして妻にと望まれる方ですのよっ? あのハリボテ王子との縁切りの祈祷を何度行ったことかっ。百や二百ではないのですっ」


それに伴う祈祷料が教会に入り、他国への支援に回していたらしい。


「そちらから入ってくるお金や食べ物のおかげで、戦争にならなかったのですわ。最低限の支給がどの国にもできましたもの」


確かにこれはフレアリールのおかげなのかもしれない。だが気になる。


「教会はいつから縁切り祈祷など……」


一体誰が始めたのだろうと呟けば、シュリアスタが右手を上げた。


「僭越ながら、わたくしが始めたのです! あんなハリボテの顔だけ王子と婚約と聞いて、居ても立っても居られなかったのです! 毎日、朝昼夜と祈りの時間に神へ訴え続けたのですわっ」


それを聞いていた周りの者達が噂話の中で広げて行ったらしい。聖女が本気で祈るのだから、きっと成果が現れる。


そう信じて少しずつ増えていったのだという。


「フレア様以外の方との縁切りの効果は百パーセントでしたのにっ……フレア様との格の違いが結果に現れてしまったのですね。ですが、結果的には成功といえますっ。お兄様、お早く結婚をっ。わたくしにフレア様というお姉様をくださいませっ」

「っ……お前のためじゃない……」

「お兄様の無事もいつもお祈りしていましたのよ! 可愛い生き別れた妹へ最高の贈り物をするのは当然ですっ」

「どうしてそうなる……」


フレアリールはもう聞いていなかった。なんだか信じられないことを色々聞いた気がする。


そして思った。


「我が道を行く系の女子……おそるべし……」


内心動揺するフレアリールに、シーリアがいつも通りの笑顔を向けた。その手元には、リオが撫でられて気持ち良さそうに眠っていた。


「賑やかでいいわね。それに、二人ともフレアちゃんが大好きみたい♪」

「……」


彼女のように動じない女になりたいと思った瞬間だった。

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