25 顔を上げてちょうだい

リガルは驚き、震えていた。


当然だろう。死んだはずの人が現れたのだ。それも、自分達が殺した者。間違いなく今まで感じたことのない恐怖体験だ。


「あ~、落ち着いてちょうだい。怖いわよね。びっくりよね。しまったわ……」


他の者達も大方そんな様子だ。これでは馬から落ちてしまう。


「フードできっちり顔を隠しておくんだったわ……」


復讐に来たとでも思われて当然だ。


彼らは片腕や片足が動かない。リガルも左腕が使えないらしく、馬の手綱を片手で握っている。そのため、走ったままでは魔術が使えなかったらしい。


後方で魔獣達に攻撃している者達は上体が不安定だ。恐らく、片足が使えないのだろう。よくここまで落ちずに来たものだ。


馬が相当きっちり調教されているのかもしれない。


動揺していては戦いにも差し支える。そこで、シーリアへ目配せする。フレアリールが近付いて話をすると怯えるかもしれない。なので、彼女に任せるのだ。


「御者さん。この先の拓けた場所まで行きましょう。付いてきてちょうだい」

「あ、は、はい!」


白銀のユニコーンに乗った乙女など、女神のようなものに見えるだろう。


同じ白銀の長い髪をなびかせながら駆け出したシーリアに、惹き寄せられるように御者は馬車を走らせる。


馬車が向かえば、騎馬の者達もついていく。それを見送り、振り返るリガル達へ目を向けないようにしてこれを追って来ようとする魔獣の前に立ちはだかった。


「パルファ。遊んでおいで」

《ウォン、ウォ~ン♪》


パルファから飛び降り、行っておいでと言えば、大喜びで魔獣の大群に突っ込んで行った。


少しずつ下がりながら場所を移動し、戦いやすい場所へ。


先頭で戦っていた聡とギルセリュートも下がってきた。


「こりゃあ、おかしいぞ。数が減らねえ」

「……目がおかしい」

「目ですか?」


戦いながらそれを確認する。確かに、意思を感じられないような、そんなおかしな目をしていた。


「まるで洗脳でもされているようですね……」


そこでパルファが楽しそうに飛び跳ねながら意思を伝えてきた。


《ウォン、ウォン、ウォン☆》

「え? 変な匂い?」

「嬢ちゃん?」


あそこから変な匂いしたんだよね~という感じの意思と視線を受けて、そちらへ目を向ける。


それは馬車の行った方角だ。


《ウォ~ン? ウォン?》

「好きなような、嫌いなような匂いって……」


確認するように馬車の方を向く。そして、頷いた。


「リオ、分かる?」


一緒になって馬車の方を肩口から見ていたリオに確認する。リオはジッとそこを見つめていた。


《分かる。取ってくる》

「お願い」


リオが小さい子猫姿のままヒュンっと一目散に駆けて行った。


「変な臭いって……大丈夫なのか?」


仮にその臭いによって魔獣達が変になっているのなら、リオが聖獣であっても影響があるのではないかと聡は気にしたらしい。


「パルファ達も大丈夫みたいだから……多分?」

「確証ないんかよ!」

「大丈夫ですっ。多分の要素は一割くらいなので!」

「お、おう……」


ツッコミが嬉しくて張り切って答えてしまった。引かれたのは不本意だ。ちょっと落ち込んだ。


とはいえ、このは早く何とかしなくてはならない。そこで考えたのはギルセリュートだった。


「あれが異常状態だとすれば、神聖魔術でどうにかならないか?」

「確かに何とかなるかもしれません。やってみます」


フレアリールは、広範囲の神聖魔術をかける。すると、憑き物が落ちたように魔獣達の狂気が消えた。その気を逃さず、ギルセリュートが威圧すると散り散りに逃げて行ったのだ。


「お前は機を見るのが、相変わらず上手いな」


それは、王になるものとして一番重要な力。それが備わっているのだと知って、フレアリールはますます、彼を王にと考えるようになった。


馬車の方では、無事に何かを見つけたらしいリオの前で、ソレが燃えていた。


「リオ、あったのね」

《袋が下にくっ付いてた。燃やしておいたよ》

「ありがとう」


臭いも出すことなく白い浄化の炎がソレを一気に燃やしてしまった。


落ち着いたところで、馬から降りた魔術師や神官達がフレアリールの後ろで土下座していた。


「フレア様っ。お助けいただきありがとうございます! それと、お帰りなさいませ!」

「え?」


怯えていたのではなかったのか。それを確認するように頭を上げない彼らを見つめるが、震えている者はいなかった。


「……頭を上げてちょうだい」

「はい!」


リガルに続き全員が頭を上げたが、その瞳にも怯えの色はなかった。あったのは歓喜だ。じわじわと涙が滲むのが見えて驚いた。


「フレア様っ……申し訳ありませんでしたっ。我らが浅はかであったばかりにっ」

「……いいのよ。あなた達は苦労したようね。手足が動かなくなっても、よく腐らずにいたものだわ」

「はいっ。シェンカの方々に身体強化の術を教えていただき、このように馬までお借りしました。こうしてここまで来られたのも、全てフレア様のお陰です」

「……そう……?」


これはちょっとマズイ気がしていた。


否、悪いわけではない。シェンカにはこんな風に患っている者は多いので、慣れているといえば慣れているのだが。


「嬢ちゃん。なんか教祖みたいだな」

「言わないでください……」


昔から、シェンカでは髪と瞳の色を変えていてもフレアリールを神聖視する者が多かった。土下座も良く見る。


「あれだな。土下座って日本独特のやつだと思ってたが、けっこう自然な感じでなるのな」

「冷静な分析もいらないです……」


そこに、騎士が一人近付いて来た。


「仕方ないですよ。フレア様の前では、足に力が入らなくなりますから」


笑いながら言われて苦笑する。


「威圧してないわよ?」

「はははっ。分かっていますよ。ただ、こうなってからしっかりと立てるようになるのが一人前の証だとシェンカでは教えていますし、悪いことではありません」

「あ、これで力量測ってんのか。シェンカって変わってんなあ」


どういう感心の仕方だと聡を少し睨んでおく。


それから視線を騎士へ戻した。


「久し振りですね。カルロ副隊長」

「はっ! 再びこうしてお会いできましたこと、神に感謝いたします!」

「そういうのいいから」

「お変わりなくてホッといたしました」


そう口にしながらも、嬉しそうに目を少し潤ませたのは確認できた。どれだけ思われていたか自覚し、恥ずかしくなったのは秘密だ。


そこでようやく馬車からシーリアに手を取られて一人の少女が出てきたのだ。

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