23 笑う練習をしましょう
フレアリールは、改めてギルセリュートという人がどんな人物なのかを確認することにした。
表情は読みにくい。そして、話しかけなければ基本口を開かない。
師匠である聡も見た目は同じだ。ただ、身内認定されるとそれなりに話しもするようになる。同郷であるフレアリールとは、気楽に話してくるので、それほど無口な方という印象はなかったのだが、やはりそこは暗殺者だ。
町に寄った時などで情報を得ようと動く場合は極限までに気配も表情も消す。そして、印象の操作もしているのだろう。
それとなく聞き込みをすると時の演技も上手かった。
シーリアと二人で離れてそれらを観察しているとよくわかる。
「今のは元貴族の設定ですね」
「家を継げなかった四男ね。商業ギルドに就職した子って感じがしたわ」
「リア様……さすがです」
「ふふっ」
こうして、いつの間にか設定当てを楽しむようになっていた。
すると、弟子であるギルセリュートも師匠に負けじと頑張り出す。
「技術職の弟子ですか。随分と苦労している感じが出ていますが……」
「職人には寡黙な人が多いもの。演りやすいのね~。けど、やっぱり表情があまり変わらないわね」
「なんでああも変化がなくなったんだか。俺にも分からん」
「……ダメなのか……?」
フレアリール達にダメ出しされ、普通に落ち込んでいた。
どのみち、彼には次期国王になってもらわなくてはならない。フレアリールもこのままではいけないと、既に教育係の気持ちで口を出す。
「殿下は表情筋が死んでいますね。笑う練習をしましょう」
「う……こうか?」
笑っているつもりらしいが、ぴくりと口の横が動いただけだ。
「動いてませんよ……もっと意識しないとダメですね。手で引っ張ってその状態を保ってみてください」
「む……ん、ん?」
すぐ元に戻ってしまう。持ち上がらないらしい。何年笑ってないんだろうか。
それを思うおと、出会った時に吹き出すように笑ったのが、本当に珍しいことだということを思い知った。
「あらあら。本当にそこ、死んでるわね~」
「リア様……楽しそうに言うことではないです……」
常に口角上げっぱなしな母親がいて、なぜこうなってしまうのか。
幼い頃に殺されそうになったという、心の問題もあるかもしれない。とはいえ、微笑くらいはできるようになってほしいものだ。
道すがら、そうしてギルセリュートともよく話すようになった。
そうなると、ずっと気になっていたらしい指摘も入る。
「その……殿下ではなくギルと呼んでくれないだろうか……どうも呼ばれ慣れなくてな……」
シーリアにも言われたので、いつかは言われるかなと思っていたのだが、予想より案外早かった。
こちらも一応は呼ぶ心の準備はできていたので問題はない。
「はい。ギルさ……っ」
「様もいらない。なにより、俺は君に教わる方だろう?」
さすがに様は今後の事も考えて付けたかったのだが、そう言われてしまっては従うほかない。改めて一度口を閉じてから口にした。
「…….わかりました。では、ギル」
「っ、ああ。それでいい……ありがとう……フレア」
「っ……」
少し照れくさそうに言われるのは、ちょっと予想外でドキッとした。
ちなみに、予定通りシェンカ領には一度入ろうとしたのだが、良くない噂を聞いて急遽、隣の領へ入って情報を集めていた。
今は待機中。思わぬ時間ができてしまったが、それはそれで良かったように思う。
そして、ここで足止めを食っている理由なのだが、人を待っているのだ。
「ここを通る予定なのね」
シーリアが切り立った崖の上から下にある細い街道を見下ろしている。
「リア様、大丈夫ですか? 気分が悪くなったりしていません?」
「ええ。ああ、心配してくれてるのね。ありがとう。でも大丈夫よ。あの時からしばらくは怖かったのだけど、いつまでも引きずるのも良くないもの」
シーリアとギルセリュートは、二人で避暑地に向かおうとしている時に、乗っている馬車ごと崖から落とされたのだ。
その上、火矢までかけられたと聞いた。
「私もギルも、高い所が苦手だったのだけど、それを克服するためにもあのお家の形にしてもらったのよ?」
最初はちゃんと地面に普通に家を建てたらしい。だが、シーリアがこのまま森で暮らすのならばそういう恐怖も克服すべきだと言ったらしい。
そこでどうせならばツリーハウスの方が安全も確保できるからと聡が考えて作ったのだという。
「あのヒュッて感じが心地いいのよね~」
「よく師匠に上から突き落とされたな。今はここから飛び降りても、魔術も使えるから平気だと思う」
自信満々に言われても困る。シーリアまで下を覗き込んでうんうん頷いている。高さは確実に二階建ての家の高さほどはある。
アトラクション感覚なのだろうか。
「……聡さん……」
「いや、だって、強くなりたいって言うから……ちゃんと下に藁っぽいやつ大量に敷いてたぜ?」
「当然です!」
「……ですよね……」
反省してほしい。
こうして注意しているフレアリール自身も、実は人のことを言えないのだが、今はそれは言わないでおく。
その時、リオが突然肩に飛び乗ってきて告げた。
《むこうから魔獣に追われてる馬車が来るよ》
慌ててそちらへ目を向ける。
これに気付いて聡が目を細めて確認していた。
「間違いねえな……あれが聖女の乗ってる馬車だ」
まだ襲われてはいないようだが、魔獣はしっかりと馬車を追っていた。
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