22 君も必要だ
大聖国の聖女と大司教がこの国に向かっている。
それは、確実に腐敗した王都の教会を一新できる最強の一手だ。
「その噂はどこまで知られていますか?」
「シェンカの情報統制はすげえからな。まず漏れてねえよ」
シェンカでは、兵の訓練法などもそうだが、機密とされている事が外に出ることはない。それだけ、情報をしっかりと管理しているということだ。
「それは、聡さんだから仕入れられたということですか?」
「そういうことだ。ギルでもまだ無理だな」
「……」
得意気に笑う聡から視線を受け、ギルセリュートは悔しそうに目をそらした。とはいえ、怒るでもなく、反論することもない。それは、自身の力不足を理解しているということだ。
「いずれはギルもできるようになるさ」
「……そのつもりです」
そんな師匠と弟子の関係が羨ましかった。
しかし、そこで思い出す。
「……殿下は王宮に戻ってくださるのですよね?」
ここまで聞くことはなかった。シーリアは夫である王に会う気があるようだったのだが、ギルセリュートはあまり普段から話さないらしく、そういう話も口にしなかったのだ。
ギルセリュートはゆっくりと顔をフレアリールの方へ向ける。
「母さんはともかく、俺は王宮に未練がない」
「王位を継ぐ気がないと?」
「……」
ここまできたらはっきりと問おうと思った。それに気分を害したようには見えない。
「俺は一度死んだことになっている。現状で戻ることなどできないだろう。周りが許さないはずだ」
現在は、国王派とレストールというより、王妃派に分かれている。勢力的には王妃派の方が強い。だからこそ、王も思うように動けずにいるのだ。
「ですが、今の第二王妃派のほとんどは教会と繋がっています。聖女と大司教が来られるならば、そこは潰せるでしょう」
それを見越しているからこそ、この聖女が向かっているという情報を知られないよう、注意をフレアリールの噂の方に向けたのだ。
「勢力は一気に国王派へ傾きます。お父様が動かれたということは、おそらく遊学に出ていらした王弟殿下も戻って来られるでしょう。事は一気に片が付きます」
ギルセリュートが殺されたとこで、王位継承権を持つ者は二人。第二王子であったレストールが第一位。そして、王弟であるマーラス・ヴェンリエルが第二位だ。
しかし、マーラスは第二王妃というか、女嫌いで有名だ。その上、彼は根っからの研究者。瘴気に強い作物の研究や、土壌の改良などに興味があり、婚期もそれで逃した。貴族としては変人だ。
ただしその変人。実は武芸の天才でもある。研究者という一面を見れば、ひ弱な男に感じるだろうが、そうではない。彼にならばついていきたいという騎士や兵は多い。
遊学から帰ってきた後は、軍部を取りまとめると約束している。そうなれば、取り締まりも厳しくなり、貴族達も大人しくなるだろう。
「マーラス殿は頭がよろしいものね。あの方
、本気になれば国の一つや二つひっくり返すことも可能でしょうに」
「王弟殿下がお帰りになれば、他国の動きも気にせずに国内を平定できますからね。ですから、殿下にお戻りいただければ、全てが丸く納まります」
「……」
フレアリールも、酷いことを言っているように感じている。これまで、王宮とは無縁に森で生きてきたギルセリュート。そんな彼に、自身と母を殺そうとするような者のいる所へ戻れなど、非情に過ぎるだろう。
「私は領にこもるというのに、あなたを王宮へという理不尽さは理解しています。ですが、王にはあなたとリア様が必要なのです」
王はずっと耐えていた。第二王妃が命じたことだと察してはいても、それを証拠もなく罰することはできない。王は私怨で動いてはならないのだ。それをしたら、本当に国は傾いてしまう。
その苦しみが分かるからこそ、フレアリールはシーリア達が生きていると知って嬉しかった。
第二王妃を、王として正しく罰することができるからだ。
ギルセリュートを真っ直ぐに見つめる。
嫌われたって構わない。それが国のため、信頼する王のためになるのならば。それが、フレアリールの愛なのだ。
「……君もだ……」
「……私?」
ギルセリュートの呟きに耳を澄ませる。
今度ははっきりと聞こえた。
「君も必要だ」
「……」
「そうね。あの人にも、私たちにもフレアちゃんが必要だわ。だから、領地に引っ込むなんてできないわよ?」
シーリアにも、にこりと笑まれて宣言された。
「へ?」
自分はギルセリュートに王位を継いでもらおうと説いていたはずだ。それでなぜこんな話になるのか。
「君を手放す気はない」
「えっ、えっと……っ」
どういう意味だろうか。真剣な眼差しにフレアリールは動揺する。
「まだ戻ると決めたわけではないが……もし戻るならば、君も連れていく」
「いえ……私のお役目はなくなるはずです……レスト殿下の教育も、殿下が王位を継がれるならば必要ありませんし……」
レストールが王位を継がないならば、教育係はもう必要ない。婚約もそれありきだったのだから。
「それならフレアちゃん。ギルの教育係になってくれればいいわ。だってこの子、このままだとすっかり暗殺者よ?」
「あ……」
聡に責めるような目を向ければ、そっぽを向いてわざとらしく口笛を吹いていた。
「ということだから、そうなるとフレアちゃんがギルの婚約者ってことになるわねっ」
「そ、それは違うかとっ」
慌てて訂正を図るが、ギルセリュートが頷いていた。
「俺はそれでいい。よろしく頼む」
「ねっ。これで安泰だわ♪」
「ええ~……」
どうしてこうなったと呆然とするフレアリールの足下では、リオが子猫姿で呑気に欠伸をしていた。
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