第四章 旅路での再会

21 もう着いてしまうの?

フレアリール達は、馬車の中で寝泊まりをしたり、町に寄って宿を取ったりしながら、ゆったりとしたペースでシェンカ領の手前まで来ていた。


「明日の昼には着きそうですね」


今は昼休憩をと、街道沿いの広場でお茶をしている最中だ。


ここは旅人や冒険者達が野営に使用する場所だ。少し離れた場所には、商隊が遅い昼食を取っている。冒険者のパーティは集まって今後の予定を立てているようだ。


そんな中、フレアリール達は道中の夜の見張り中に木で作ったテーブルと椅子を馬車の外に出して優雅にティータイムだ。


時折、不思議そうにこちらへ視線が寄越されるが、フレアリールやシーリアは見られることに頓着しないし、聡とギルセリュートは極力気配を消していた。


なので実質、魔術師らしい少女とその母親が呑気にお茶をしているようにしか見えないだろう。


シーリアも動きやすい冒険者に近い革の胸当てなどしている。普段から着慣れていたらしく、とても自然に付けていた。


ここまで来るのに魔獣と戦う時もあったのだが、その時シーリアは置いてあったメイス片手に飛び出して撲殺していた。


メイスが馬車に積まれていたのは気付いていたが、まさかシーリアが使うとは思わなかった。


『スッキリしたわ』


なんとも清々しい様子で血を払う様は衝撃だった。


貴族の、それも高位貴族の令嬢の生まれであるシーリアだったが、襲撃の際に息子を一人で守り切れなかったことを悔い、聡に戦う術を教えてもらったらしい。


普段の生活する所作は品があり、戦いなどとは無縁に見えたのだが、冒険者もびっくりするほどの実力を身につけていたのだ。


因みに、冒険者としても登録していたらしく、登録が遅いにも関わらずランクもCと結構な実力を示していた。


「あら。もう着いてしまうの?」


お茶はシーリアが愛用していたらしいティーセットで出されており、飲む姿はとても優雅だ。


「せっかく馬車もとっても素敵になったのに」


馬車は、見た目は四人乗りの小さな馬車だが、今や空間拡張の魔術を施し、中は十人乗っても余裕だ。


もはや、ちょっとした小部屋になっている。今外に出しているテーブルや椅子も、いつもは馬車の中で使っており、床も一部絨毯を敷いてある。それも王宮で使うような分厚いやつだ。


そのまま寝転んでも柔らかく、野宿に慣れない者でも問題なく眠れるだろう。下手な宿の布団よりもふかふかだ。


端には調理道具も一式揃えており、家一つ移動しているのと変わらない。


冒険者としての活動もできるシーリアは、野宿にも慣れていた。とはいえ、それを見るのがフレアリールには耐えられなかったのだ。


「もういっそ、このまま旅をしながら大陸中を回るのもいいと思わない?」


シーリアは魔術ではなく、簡単な生活魔法と呼ばれるものしか使えなかったのだが、フレアリールの指導の元、魔術で即席のお風呂もできるほどになった。


本気で快適な生活ができてしまう技術と仕様。質素な生活に慣れてしまったシーリアにとっては、これ以上ないほど自由で夢のような生活が可能になってしまったのだ。


「すごく魅力的ですね」

「でしょっ。フレアちゃんも一緒に旅しましょう?」


楽しそうに言われるが、それでは困る。


「リア様……やはり戻っていただきたいのですが……」


旅立ってからシーリアとは何度も話した。他愛のない世間話だけではなく、王の元に戻り、再び第一王妃として王を支えてくれないかと。


「もうっ。お義母さんと呼んでちょうだいって言ってるでしょう?」


むくれて拗ねられる。シーリア王妃と道中口にするわけにはいかず、リア様と呼ぶことにしたのだが、それでも気に入らないらしい。


なぜか『お義母さん』呼びを推してくるのだ。


一度死んだとはいえ、第二王子の婚約者であったためだろうとフレアリールは思い込んでいるのだが、シーリアの笑みは意味ありげでよくわかっていなかった。


そして、望み通り呼ばない限り、これ以降の話は聞いてもらえない。


「お、お義母さ……ま」

「なあに? フレアちゃん♪」

「っ……」


ご機嫌になったシーリアの隣で、ギルセリュートがなぜか小さく咳払いをしていた。


「?……その……シェンカで少し滞在していただき、準備が整いましたら王都にお戻りいただきたいのです」

「その時はフレアちゃんも一緒よね?」

「あ、はい。もちろん、お送りいたします」

「ふふ…………ならやりようもあるわね……」

「……っ?」


後半はよく聞こえなかったが、どうにも嫌な予感がしたのだが、気のせいだっただろうかと内心首を傾げた。


「おっほん……あ~、いいか?」

「あ、はい。なんでしょう聡さん」


聡はわざとらしく咳払いをして注意を引くと、ギルセリュートへ目配せしていた。


「ここに来るまでに、俺とギルで王都の情報とか仕入れてたんだが……」


聡だけでなく、ギルセリュートも町へ着いた時や野営の時にふらっと居なくなる時があった。


どうにも情報収集をしていないと落ち着かないらしい。暗殺者の性なのだろうか。


「それでな。嬢ちゃんが北から戻ったって話が広がってるようなんだ」

「え?」


北の町では、神官にも見られてしまったが、フレアリールが一年も経って帰還するなど、誰も信じないだろう。


唯一信じるとすれば、シェンカから派遣された兵。オーリア達くらいだ。何より、教会はそんな噂が流れることを良しとしないはずだ。


王都の神官達は、間違いなくフレアリールを消そうとしたのだから。


「情報元はギルドだ」

「ギルド……あっ」


ギルセリュートの言葉に、フレアリールはそういえばと思い出す。


「ギルドカードは本人にしか使えない。死んだはずと言われていた君のカードを使えばバレる」

「そ、そうでした……」

「その上、君はAランク。ギルドは高ランクの冒険者の居場所は可能な限り情報共有する」


Aランクの実力者がどこに居るのか。それを把握することで、危急の時に備えているのだ。


フレアリールが依頼を受けた時点でギルドの特別な管理ボードにどこで依頼を受けたのかが記録されてしまう。


「あれは高ランクの義務だから仕方がねえよ。俺もだし。あれ、暗殺者にとっては致命的だよな……」

「聡さんもですか。いざという時のためとはいえ、油断していました……」


登録する時にこれは契約するのでどうにもならない。


「ですが、それにしても噂になりますか?」

「まあ、ギルドにも守秘義務があるからな。奴らが率先して広めた訳じゃねえんだろうよ」

「ですよね? となると……」


ギルドから漏れてここまで広がるはずはないのだ。


そこで、シーリアがコロコロと笑った。


「なら、あの人や宰相じゃないかしら? 今まで後手に回ってはいるけれど、愚鈍ではないわ。それに、ギルドから王には報告が上がるはずよ?」

「その線は高いな」

「王が……」


ここまで反撃もできずにいた王達が計った可能性は高いかもしれない。


しかし、それだけではないらしい。ギルセリュートが告げる。


「シェンカ辺境伯も噛んでいるようだ」

「お父様……なるほど。お父様達ならば、教会へ揺さぶりをかける機会を逃すはずがありません」


ほとんどこれまで王に協力しなかったというのに、珍しいこともあるものだ。


だが、フレアリールの父や兄ならば、ここぞという機会を逃すことはない。教会を叩くには、今この時にこれが必要なのだろう。


「ただ、お父様達が関わっているにしては、大したものではないのが気になります。他に何か動きはありませんか?」


嫌がらせ程度で済ますはずがないのだ。何か他に意図があるように思う。


すると聡がニヤリと笑い、とっておきの情報を口にした。


「大聖国から、聖女と大司教がこの国へ向かって来ているらしい」

「っ、それです!」


フレアリールによって生かされた神官達により、聖女と大司教が王都の教会に向けてやって来ていたのだ。

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