20 悔しかったんでしょう?
馬車の中では、ギルセリュートが外の御者席にいる聡やフレアリールの会話に耳を澄ませていた。
とはいえ、機密性能を重視した作りの馬車だ。時々、微かにしか聞こえない。
聡の作った馬車は、座席が乗合馬車のように縦に配置されている。
側面に長椅子があるのだ。縦長の馬車のため、その椅子をベッドにして眠ることができる。
乗り降りは後ろと前。前方のドアで乗ったまま御者を変われる。ちなみに六人乗り。
ギルセリュートの前。右側には母親であるシーリア第一王妃が膝に子猫姿のリオを乗せて微笑んでいる。
二人とも、出発する前に髪だけは黒く染めていた。外に出る時は同じように染めていたので、今はもうそれほど違和感はない。
「気になるのね」
「っ……」
不意に声をかけられたことで、ギルセリュートは顔を上げた。母親ではあるが、とても若々しい見た目。二十半ばの息子がいるようには見えないだろう。姉と言っても通る。
「誤魔化さなくていいのよ。フレアちゃんのこと、気になるのよね?」
「……っ、知ってたのか……」
「もちろんよ。誰のお母さんだと思ってるの?」
ギルセリュートは、幼い頃から王宮を離れていたことで、民達と変わらない暮らしと言葉遣いをしている。
シーリアのことは『母さん』と呼んでおり、聡のことは『師匠』と呼んでいた。
「フレアちゃんが婚約した頃から、あなたよく王都に行ってたでしょう?」
「……それも知ってたのか……」
まさか、シーリアにばれているとは思わなかった。訓練のために外に出ていただけに見えるはずだったのだ。
「悔しかったんでしょう? あなたの初恋のフレアちゃんが第二王子の婚約者になったこと……」
「っ……」
フレアリールとは、今回初めて会ったのではない。
聡に技術を教わるために出かけた時。王都に向かう幼いフレアリールに傷を癒してもらったことがあるのだ。
あれは、フレアリールの七歳を祝うお披露目のために王都へ向かっていたのだろう。
その時、十四歳だったギルセリュートは、十五歳までにある程度の技術を修めようと必死だった。そして、ヘマをしたのだ。
夜になり、動くことすらできずに森の中に潜んでいたギルセリュートを、たまたま近くで野営していたフレアリールが見つけたのだ。
そして、優しく傷を癒してくれた。
ギルセリュートはそれまで神を呪って生きていた。自分たちを追い詰め、父を苦しめる者をのさばらせておく世界を憎んでいた。
力を欲し、がむしゃらに生きていたギルセリュートの前に現れたフレアリールは、まさに女神だった。
『あせってもいいことはないそうですよ?』
そうクスクスと笑いながら幼いフレアリールは神聖魔術を苦もなく発動させていた。
『ケガをするということは、それだけムリがあったということです。ムリをして手に入れたものは、すぐにきえてしまうものですよ』
言い終えると、フレアリールは静かに野営地へ戻って行った。その毅然とした姿勢と笑みをギルセリュートは忘れることができなかった。
「好きなのよね」
「……分からない……けど、あいつと婚約したと聞いた時……レストールを本気で殺そうと思った……」
自分と母を追い落とした女とレストールを憎んでいた。
いつかは必ずこの罪を償わせてやると決めていた。けれど、フレアリールとレストールが婚約したと聞いた時、目の前が真っ赤になった。
「師匠に止められてなかったら、絶対に殺してたと思う……」
「でしょうね」
聡もそんなギルセリュートの気持ちに気付いていたのだろう。だからあえて二人の情報を集めるように言った。
暗殺者として、何事にも動じない心を持つ訓練だと言ってそれを課したのだ。
「けど……殺さなかったことを、後悔したのも確かだ」
一年前。レストールによってフレアリールが殺されたのだと知った。
その上、レストールは異世界の聖女と婚約を望んだのだ。今度こそ許せないと思った。
けれど、その時に知ったのだ。
王やシェンカ辺境伯、多くの者たちがフレアリールが生きて戻ってくると信じていることに。
ならばせめてそれまで生かしてやろう。そして、フレアリールが戻ったのならば、謝罪させて死んだ方がマシだと思えるほど苦しめた後に殺してやろうと決めた。
「今もそう思ってる?」
「……」
決めていたのに、今は怒りに満ちて荒れ狂っていた心が凪いでいる。
それはきっと、フレアリールが笑っていたからだ。
「よく分からなくなった……今はどうでも良いと思える……彼女が笑っていてくれるなら……」
あの笑顔が消えないのならばこのままでも良い。
聡とばかり話すのは少し落ち着かないが、それでフレアリールが楽しいなら許そう。
「ふふっ。そういうところ、あの人にそっくりだわ。受け身な感じがちょっとイラッとするのよね~」
「……っ」
歌うように言われた最後の言葉は、横を向いてしまったために聞き取りにくかったが、ギルセリュートにははっきりと聞こえていた。
きっと王宮に戻れば、第二王妃やレストールを御しきれない父王に殴りかかるだろう。
シーリアは普段は聡の言う所の『おっとり天然系』だが、実はナイフや短剣片手に魔獣を切り刻めるほどの実力があった。
「母さんこそ、父さんを殺さないでくれよ?」
それほどいつもは言葉を口にしない寡黙なギルセリュートも、これだけは言わずにはおれなかった。
「いやねえ。愛する人を殺すような狂人じゃないわよ? お母さんをそんな目で見てるなんて、酷い子ねえ」
「……師匠が母さんだけは怒らせるなって言ってたぞ?」
「あらあら、珍しく喋るじゃない? でもそうね~。あまり怒らせないでちょうだいね?」
「はい……」
多分、この人が一番現状にイラついているのだと、ギルセリュートは初めて心から理解した。
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読んでくださりありがとうございます◎
つづきは昼の12時頃。
よろしくお願いします◎
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