第二章 現世への帰還と自覚

07 さっきから失言が多いよ

フレアリールは暖かで手触りの良い何かに埋もれるようにして眠っていた。


周りは昼中のように明るいらしい。目を閉じていても感じるその光に、ゆっくりと目を開ける。


「ここは……」

《グルル》

 

声に反応して顔を向けると、そこには大きく立派な雄のライオンが寝そべっていた。フレアリールはその体を枕にして眠っていたようだ。しかし、その状況よりも目の前の存在の変化について目を丸くしてしまう。


「あなた……さっきの魔王よね? 黒だったのに……もしかして、酷く汚れていただけだったとか?」

《ちがう》

「……喋った?」

 

声帯から伝わるものではない。空気を通すのではない声音が頭に響いた。

 

真っ直ぐに見つめてくるライオン。そう、ライオンだと気付いた時にフレアリールは更に重要なことに思い至った。


「あら? え? この記憶……私……もしかして……?」

 

フレアリールはライオンという存在のことを思い出していた。そして、それが異世界の知識であることにも気付く。それから、マジマジとライオンを見つめた。


「本当にライオンだわ……それもオレンジ色? 私と同じ毛色だなんて……ここは白ではなかったとしても、茶金ではないの? オレンジ色なんて奇抜に過ぎるでしょう」

 

内心では、リアルにホワイトライオンを見てみたかったと、少しばかり肩を落とす。


《しろくない……ごめんなさい、おかあさん》

「……今、私の事をお母さんと呼んだ?」

《うん、おかあさん。ダメ?》

 

大きなライオンが寂しそうに顔を歪めたように見えた。とはいえ、自分よりも大きなライオンにお母さんなどと呼ばれるのは微妙過ぎる。


「ど、どうしてお母さん?」

 

冷静になろうとそんな質問をしてみる。すると、その答えはライオンではなく不意に現れた女性によってもたらされた。


「だってぇ、その子はあなたの力によって守られて再生したんですものぉ。立派に母親じゃなくてぇ?」

「……誰?」

 

語尾を鼻にかけたように伸ばす喋り方に若干苛つきながら、その女性を正面から見つめる。

 

フレアリールやライオンと同じオレンジ色の長い髪。左右、二つに分けた髪が、幼さを感じさせる。金の瞳は猫のようだ。


見た目の年齢は二十前後。ピンクの口紅とマニキュアが彼女によく似合っていた。服装は白い絹のような光沢のある布を複雑に巻き付けた少々露出の高いもの。靴はガラスのように透明なヒールだ。足の爪まで紅いマニキュアが見て取れる。

 

彼女は胸を張って、わざとらしく咳払いをしてから名乗った。


「えっへん。わたしはぁ、キャロウル。あなたがさっきまでいた世界のぉ、神様だよ♪」

「……あっそう。女神だったんだ」

 

キャロウル、またはカロウル神という名前はよく知っている。間違いなく、教会が奉っている神の名前だ。ただし、これまで女神か男神かははっきりしていなかった。


「あ~、そこはヒ・ミ・ツ♪ でも今はぁ、女神な気分~ん」

「気分なんだ……ん? 神?」

「そうよんって!? ええっ!!」

 

フレアリールと隣でのそりと立ち上がったライオンが、揃ってその神に殺気を向ける。


そして、大きく体の軸を意識しながら握った右の拳を、驚愕するキャロウル神の顔に叩き付けるーーーつもりで踏み切るのに軸にした足ではない右足で胴体を横からなぎ払った。


「ちょっ、フェイント!? ぐふっ!」

 

すかさず続けて横に吹っ飛ぶキャロウル神の向かう場所へ先回りしていたライオンが、頭突きを食らわせる。


《グルラァ》

「っ、お、追い込み!? ごふっ!?」

 

元の位置に戻ってきて倒れたキャロウル神は、潰れたカエルのような手足を曲げた状態で気絶してしまった。


「これくらいで許す?」

《いいよ》

 

頷き合い、フレアリールはフワフワとしたライオンの毛並みを撫でて堪能する。そこで唐突に半透明の四角いネームプレートが見えた。



『神獣(呼称なし)』



「へ? コレって噂の便利スキル? ってかあなた、やっぱり魔王じゃないのね」

《ん? わかんない》

 

前世の記憶にある転生ものの定番、鑑定スキルを思い出し、なるほど便利だと感心する。


同時に首を傾げるライオンのその後ろで、無様に伏せている神を見て思い至る。


「あら? 神獣なら……ちょっと、キャロウル神! この子が神獣ってどういうことよ!! 魔王って呼ばれて討伐されたわよ!? その前に止めなさいよ!!」

「うっ……ちょっ、もう勘弁してください……っ」

 

呻くキャロウル神の体をひっくり返し、仰向けにする。鼻が擦りむけて赤くなっているが気にしない。


「神獣を殺されたのよ! 神威を見せつける所でしょ!! 国の一つや二つ滅ぼすくらいの気概を見せる所じゃないの!? せめて聖教会の一つくらい潰しなさいな!」

 

間違っていたとはいえ、神の獣が倒されたのだ。それは神意を裏切った事と同義だろう。


雷の一つも落とすべきだ。


「だ、だからちゃんとこうしてここに呼んだんじゃなぁい……それより、その子じゃなくてぇ、あなた自身を鑑定してみて欲しぃのぉ」

「私を?……なにこれ……?」


手のひらの真ん中に半透明の四角いネームプレートが出た。



『半神:フレアリール・シェンカ』


 

試しにキャロウル神にも鑑定をかけてみる。



『神:キャロ・ウル』



なぜか『キャロウル』ではなく『キャロ・ウル』と見えるが、女神か男神か不明な神の名前として、なぜか納得できた。


改めてこのネームプレートは存在の種族と名が見えていると考えて良い。ならば『半神』とはどういうことか。

 

フレアリールは不可解だという表情を見せながらキャロウル神へ懐疑の目を向ける。


「見たまんまよぉ。半分神になったってことね~。その子が吸収しちゃってた邪神の瘴気をぉ、キレイに浄化たんだものぉ。それくらい当然よぉ」

「……邪神?」

 

それは、伝説で語られる悪しき神のことだろう。


「あの世界にはぁ、その昔、邪神って呼ばれたものの欠片がぁ、幾つかに分かれて封印されているのよぉ。その欠片の封印がぁ、時々緩くなっちゃうのよね~。ちゃんとお祈りして私に加護を願っていればいいんだけどぉ。ほらぁ、あなたのいた国ってぇ、中央が腐ってたでしょぉ?」

「確かに……最近は特に参拝者も少ないと聞いたわね」

 

どうやら、参拝者にお布施として結構な額の祈祷料の請求をしていたようなのだ。キャロウル神を奉る聖教会の本山は、フレアリールのいる国からは馬で三ヶ月ほどかかり、その間に三つの国がある。好戦的な国もあるので、神官達といえどそうそう辿り着けず、不正を告発すことができないのだ。


何より、貴族達が庇っていた。裏で美味しい思いをしていたのだろう。そんな事情もあり、中央の聖教会は腐っていたのだ。


「あのままじゃマズいかなって思ってぇ、この子を創ったんだけどぉ。ちょっと手元が狂っちゃって」


現状をどうにかしようとキャロウル神は、神獣を創り出した。しかし、場所がまずかったらしい。教会の近くにしようと思ったのだが、あの腐った場所に送るのはなと迷いまくり、結果、あの場所に出現してしまったのだ。


未熟な神獣は瘴気を浄化しきれず、キャロウル神も手が出せなくなってあの状況が生まれたらしい。


「……」


全部キャロウル神のせいだった。


「うっ、だ、誰にだって失敗はあるじゃない?」

「それで済まされると?」

「ご、ごめんなさい!!」


とりあえず睨んでおいた。


「……教会がある場所ってねぇ、必要だからその場所にあるのよぉ。そこが機能しなくなったらぁ、もうダメダメなの……」

「……神様って、神託下ろしたりしないの?」

 

そんな肝心な場所ならば、警告をするなり神託を下ろすべきだろう。


前世の記憶を思い出したフレアリールとしては、それが不思議だった。この世界では神託を下ろされたことがない。強くはっきりと信仰心があるのにも関わらず、そういうことがないのだ。それが奇妙に思えてならなかった。


「それね~。邪神の力の影響でぇ、地上に干渉し辛くなってるのぉ。いわゆるぅ、電波障害?ホント厄介よね~」

「はあ……」

 

頬を膨らませて怒りを表わすキャロウル神を嘘くさいものでも見るように眉をひそめて見つめること数秒。


本当にさっき反省したのだろうか。切り替えが早すぎる。


「うぅ、ごめんなさぁい。やろうと思えばできるのぉ……けどぉ、神官の子達はみんな男の人でしょ~? チャンネルが合わせ辛いのよぉ。かといって聖女とかにはぁ、神気に耐えられるくらいの強さがないんだものぉ……」

 

聖女と呼ばれる女性は、なぜか体が弱い者達が多い。すぐに聖教会へ囲われてしまうために、体力がないのだ。そして、神官長達は大抵が高齢。強い神気に耐えられない。

 

ただの職務怠慢ではないと言いたいらしいのだが、そこはどうにかするべきだろうと睨みつけた。


「ひぃっ。なんでまた怒ってるのぉ……?」

「やれたらやるんじゃなくて、何事もやれるようにするってのが私の信条なの。努力せずに自分に甘くなってる奴見るのは不快なのよね」

「ごめんなさぁい!! けど……それで前は無理して過労死したんじゃ……っ、失言でした!!」

 

怒気を膨らませると、キャロウル神は小さく屈み込んで丸まった。その目には見間違いではなく涙が浮かんでいる。


「どいつもこいつも甘いこと言ってるから、私が苦労したんでしょうが!」

 

異世界、前世での死因は過労死。昔からやれることはなんでもやろうと思ってやってきた。限界を他人に決められるのは嫌だし、決めるのも好きじゃない。

 

仕事でも時間内に『ここまでしか出来なかった』とするのではなく『ここまでやる』と決めて効率をとことん追求してやってきた。お陰で他の人よりも仕事量は増えていき、最後に破綻したというわけだ。

 

時間さえ過ぎれば給料がもらえるのだからというくらいの考えの人達ばかりの所に、一人だけで頑張っていたのだから無理に決まっている。けれど、そんな効率重視の考え方は、死んでも変わらなかったらしいと苦笑するしかない。


「でも変よぉ。どれだけやっても、上の人も見てないからほとんど評価されないのに続けるんだものぉ。あっ、Mなんじゃない?」

「……さっきから失言が多いよ」

 

喋り方もいい加減鬱陶しい。それが伝わったらしい。


《おかあさん、おしおきする?》

「して」

《はいっ》

 

嬉々として飛びついていくライオンは猫ではなく、まるで悪戯好きの大型犬だ。


「え、うそっ、やぁぁぁっ……重っ……ぅっ」

 

フレアリールは潰されたキャロウル神を見て、今度はもうちょっと余裕を持って自分だけのために時間を使って生きてみたいなと密かに願った。


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