08 戻れるの?

落ち着いたところでようやくキャロウル神が本題に入るようだ。


「は~い。それじゃ、説明しまぁ~す」

「はいはい」

《くわぁ~っふ》

 

椅子とテーブルがどこからともなく現れ、紅茶やお菓子が並べられる。そこに向かい会って座ったフレアリールの隣では、ライオンが下で欠伸をして寝そべっていた。


「あのね~。神は地上に簡単に干渉できないのぉ。けど、半神は別ぅ。だからぁ、フレアちゃんにはぁ、地上で直接、力を取り戻そうとする邪神の欠片をぉ、封印し直すか消滅させて欲しいのぉ。あ、でもでもぉ、そんなに拘束しないよぉ? 近くにあるのとか、気になったのだけで充分♪ ちょっと減らすだけで、他の残ってるのにも影響あるからぁ、二、三個でいいわぁ。あとは好きにして~」

 

簡単にまとめると、地上で近くにある邪神の力の欠片を数個、処分すればあとは好きにしていいということだ。


「戻れるの?」

 

任された事柄よりも、再び生き返ることができるのではということの方が気になった。


「当然よぉ。ただぁ、フレアちゃんが死んでから一年近く時間が経過しちゃってるけどぉ」

「……へ?」

「ここって~、ちょぉ~っと時間軸がズレてるのよね~。だからぁ、一年後? って感じ~」

 

ズレるというのを表わすために、キャロウル神が顔の前で左右の人差し指でバツを作ってズラして見せる。


周りを見回してみるが、淡い光に満たされた空間であるというだけで、時間がズレているという感覚は分からない。そこで、気になっていたことを尋ねてみた。


「そういえば、あの後のことってどうなったのかしら」

 

術を仕掛けた神官や魔術師達。それと、騎士やコルト達やレストールと聖女はどうなったのかが気になった。


「あの術で死にかけた魔術師達はぁ、今はあなたの実家の所にいるわぁ。神官の子達と一部の魔術師はぁ、決死の覚悟を決めて大聖国へ向かったみたいね~。神官長達をぉ、告発する気みたぁい。ただ、魔術が上手く使えなくなってる上にぃ、手足が不自由じゃなぁい? 結構苦労しながら、今頃ようやく辿り着いたって感じぃ?」

 

聖都と呼ばれる大聖国は、ヴェンリエルから馬で三ヶ月はかかる道のり。そこを、馬車や徒歩で進んだらしい。そのため、約一年という時間がかかったのだという。


フレアリールが命を助けたとはいえ、術の対価として一部の手足を動かす力を失った。移動や生活に支障が出ているのは仕方がない。


「あとは騎士さん達とぉ、あなたに懐いてた神官ちゃん達ね~。団長と副団長以外み~んな、あなたの所の領地に移動したわ~。もうあそこは世界一安全で安心な場所になっちゃったわね~」

「騎士も……みんなって……」

 

討伐隊に選出された騎士達は、大半が近衛騎士だった。王族を守る役目のある者達だ。それがごっそり抜けてしまったとしたら、それはかなりの大事だ。騎士自体の数も限られている。実力がなければなれないのだから、人員の補充も簡単ではない。


団長と副団長であったイースが残ったのは、王のためだろう。さすがに手薄にはできない。


「王子がフレアちゃんを裏切ったってことでぇ、完全に王家は見限られちゃったのね~。同行してた魔術師とかぁ、神官ちゃん達は煙たがられてる人達だったみたいだからぁ、そっちの人員的にはそれほど問題じゃないみたいだけど~。王都の騎士不足は深刻みたいよ~」

 

コルトのようにフレアリールのために同行すると決めてついてきた神官以外の魔術師や他の神官達は、中央で邪魔だと思われていたり、問題がある人物を半ば押しつける形で討伐隊に入れられていた。

 

王子であるレストールや聖女は騎士達が守ると信じていたが、魔王の討伐は、ほぼ絶望的と思われていたのだ。言ってしまえば、どうなっても構わない。消えたら儲けものといった思惑で送り込まれた者達。


本当に居なくなったところで問題がないように、既に調整済みだったのだろう。あのような術を切り札と称して授けるくらいだ。予想はしていたとはいえ、彼らがあまりにも不憫だった。


「まだうちに来てくれて良かったわ。お父様とお兄様なら上手く使ってくれるもの」

 

フレアリールは、彼らへの意趣返しとはいえ、あの場で消される運命だったのだと説明してしまった。


生きていたとはいえ、矜持の高い彼らを絶望させるには充分過ぎるものだ。無気力に生きるか、フレアリールを手にかけたという罪の意識を背負ってがむしゃらに生きるかしかなかった彼らに、父と兄ならば希望を持たせることができると確信していた。


「そうね~。元々あなたの所は政治が嫌になって引きこもった宰相の家系だものぉ。人の使い方とかぁ、為政者としての素質とかぁ、無駄に高いのよね~」

「無駄って……確かに、あんな辺境だと無駄かもしれないけど……」

 

シェンカ辺境伯家の興りはキャロウルが言った通り、初代は元宰相だ。中央での暮らしに嫌気がさし、当時未開拓だった王都から遠く離れた地に移り住んだのが始まりだった。


そんな宰相の名語録の一つがこれだ。



『王都も王宮も、空気悪いんだよね。目先の事しか見えない頭の悪いのばっかだし、僕が居なくても大丈夫なんでしょ? 戦争でも何でも勝手にしなよ。バカが死滅したら助けてあげる』

 


残っている言葉からは若い印象を受けるが、宰相となった年齢は五十歳。辺境伯になったのが七十歳の時だ。ただでさえ融通の利かない貴族達や、同年代の者達も頭が固い中、間違いなく異質だっただろう。



『戦争? 儲かるとでも思ってるの? 結果が出た時に双方に利益がない事で儲けが出るわけないでしょ? バカなの? ちょっと商都で働いて、今の給金と同じだけ稼げるようになるまで顔見せないでくれる?』



王にも、しれっと同じ事を言ってみせたというから大物だ。そんな人の血を引いているのだから、現当主と次期当主も只者では終わらない。

 

勿論、その評価はフレアリールにも向けられるものなのだが、本人にその自覚はあまりなかったりする。


「『バカが死滅したら助けてもいい』ってのはウチの家訓の一つだし? それまでは手を出さないようにしてるんだもの」

「その基準って難しいわよぉ……」


お陰で滅多に中央にも顔を出さないでいる。フレアリールがレストールのというより、第一王位継承者の婚約者にされたのは、そんな一族を中央に引っ張り出す意味もあったのだ。


「だから、私が婚約者になるのを容認したのよ。何百年したってバカは死滅しないんだから。私が直接中央でバカを滅ぼすって決めたの」

「それってぇ大量虐殺予告ぅ!?」

「殺さないわよ。使えるように調きょ……教育するの。人聞きが悪いわね」

「調教って、充分人聞き悪いわぁ……」


誤魔化しは利かなかったらしい。

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