06 報告を聞こう

何年か振りに雲が晴れ、青い空と太陽を取り戻したことで、聖女達の魔王退治が成功したのだと国中が喜びにあふれていた。


王であるアグナトーラ・ヴェンリエルも、これで民達は飢えずに済むのだと、政策の見直しを始めていた。


そして、早く討伐隊と共に今回のことに尽力してくれたであろうフレアリールが帰ってくるのを心待ちにしていたのだ。


「本当に、あの子には一生頭が上がりそうにない」

「ええ。あのようにまだ若いご令嬢に、国の命運を託すなど……申し訳ないことです」


執務室で書類に囲まれながら、宰相のイグラと話し合う。その間も手はずっと動き続けていた。


「その夫として与えられるのがあれだしな……ギルが生きていれば……」

「陛下……」

「せめて、あれに同調するバカ共を一掃しなくてはな。あの子が二十になるまでには必ずだ」


アグナトーラはフレアリールの才能を知ってから決めていたことがある。


それは、無能な息子とかつて正妃であった妻と息子を暗殺した第二王妃を餌にして、貴族達の選別をすること。


レストールや第二王妃を持ち上げ、利用しようとする者を優先的に調査し、腐敗した貴族達を処分する。


すでにこの国では王侯貴族への民達の不満は爆発寸前だった。アグナトーラや宰相、主立った大臣達は、悪化する環境による飢饉や凶暴化する魔獣の対策に手一杯。


その裏で教会や一部の貴族達は不正や民達からの搾取に精を出していたのだ。そういった腐った貴族達は、必ずといっていいほどレストール達の肩を持っていた。


ある意味わかりやすい。だが、手も中々回せずにいたのだ。しかし、これで本格的に摘発を始められるだろう。


「はい。それで……本気なのですね」

「もちろんだ。あの子に王位を渡す。バカ息子と王妃は幽閉すればいい。綺麗にした国を、あの子に貰ってもらうのだ」


フレアリールが二十才になったら、レストールと結婚させる。そして、レストールではなく、フレアリールに王位を継いでもらうのだ。


今でも多くの民達に愛される令嬢だ。受け入れられるだろう。大臣達もフレアリールならばと思っている。信頼も篤い。


「きっと簡単には受け取りませんよ? あの方はそういう方です。あの伝説の宰相の一族の娘ですから」

「そうだな……いや、それはまだ後で考えればいい。まずは国の掃除だ。それと、帰ってきたあの子に土地でも渡そうか」

「辺境伯領の隣に良い土地がありましたね。シェンカ卿が嫌がりそうです」

「いい、いい。なんなら国土の半分任せるか。結構な人数が捕縛できそうだしな」

「やり過ぎると、あの方に国を渡す前に国が割れますよ。しっかり調整しましょう」

「む、そうだな」


そうして、窓から入ってくる陽の光を愛しく思いながら、フレアリールが帰ってくることを二人は待ち望んでいた。


◆ ◆ ◆


魔王が討伐されたとされる日から七日が経った。その日、先触れもなく討伐隊が帰還した。


「なぜ連絡がなかったのだ? 凱旋のパレードの予定だっただろう」


本来の予定ならば、先触れが来て王都手前から凱旋のパレードをする手はずだった。しかし、どうしてか先触れがなく静かに王都へ一行が入ってきたのだ。


王と宰相は慌てて謁見の間へやってきた。そこには、討伐隊のリーダーである近衛騎士団長のキリエと副団長のイースがいた。


「報告を聞こう」

「はっ……」


キリエは頭をあげることなく、報告を始める。あったこと全てを苦しげに、時折詰まってしまう息を何とか吐き出しながら続けた。


見れば、隣に膝をつくイースの手は固く握られ震えていた。


「……以上が報告となります……フレア様をお助けできず……申し訳ございませんでしたっ……っ」

「「……」」


キリエもいずれはフレアリールを王位にという王達の計画を知っていた。だからこそ、改めてそれを口にしたのだ。


「っ……フレアが死んだ……だと?」


王は自分が口に出しているという自覚さえ無いほど呆然としていた。


宰相も動揺しながら、この場をどうにかしなくてはと二人を下げる。


「陛下……っ」


その時、レストールが数人の取り巻きを連れて飛び込んできた。いつもならばそんな行動を一応は制止するはずのキリエとイースも端に寄っただけで一切動かなかった。


それを見た宰相は、近衛騎士さえ王家を見限ったことを理解した。


「父上っ、魔王は討伐されました。多くの魔術師と神官達が怪我を負いましたが、やり遂げましたっ」


開け放たれたままになっている扉。その先から自信満々な様子の聖女が、教会から駆けつけたらしい司教と司祭を引き連れてやってくる。


その後ろには、暗い表情の神官や魔術師達がいる。半数以上が騎士達に体を支えられていたり、杖をついていた。


続々と討伐隊のメンバーがやってくる。同時に、討伐隊の帰還を知った貴族や大臣達が集まってきていた。


「アヤナの浄化の技は素晴らしく、まさに聖女としか思えません! 私は彼女の誠実さと勇気に心打たれました」


これにレストールの側まで来たアヤナが当然のように答える。


「いやですわ。レストール様がいらしたから頑張れたのです」


うふふ。あははと見つめて褒め合う二人に、王と宰相は怒りでキレはじめていた。


しかし、一番にキレたのは後ろからやってきた討伐隊のメンバーだった。


「そこの異世界の聖女は何もしていない」

「そうだ! フレア様を見殺しにして、なぜ笑っていられる!」

「あの地を浄化されたのも、魔王を倒してくださったのも全てフレア様だ!」


誰もが恨みのこもった目でレストールとアヤナを見ていた。


「っ、わ、私はやるべきことはやったわっ」

「おいっ、誰が王の前での直言を許したっ」


アヤナとレストールが振り返る。それと同時だった。


数人の騎士と魔術師、神官がそれぞれレストールと司教、司祭達に殴りかかったのだ。


「きゃぁぁっ」

「ぐっ」

「お、お前たちっ」

「なっ、なにをっ!?」


さすがに女であるアヤナには手は出さなかったが、全員、渾身の一撃だった。レストールは気絶していたし、何もされていないアヤナは腰を抜かしていた。


そして、一同は王へと頭を下げる。代表で口を開いたのは魔術師のリガルだった。なんだか以前の雰囲気と違い、別人のように見える。


「御前で失礼をいたしました。ですが、我々は例え死罪になろうとも、彼らを許すことはできません。真の聖女であられたフレアリール様は、最期のお力で北の大地全てを浄化されました。あの方の功績を、さも自分たちのものであるように言葉にする……それは絶対に許せるものではありません!」


多くの者たちが涙を流していた。フレアリールを亡くした悲しみ。裏切った自分たちの命を救ってくれた彼女の思いを、無駄にはできないと拳を握る。


「甘言に乗り、愚かにもあの方の命を奪った我々ではありますが、この命全てをフレアリール様が願った未来のために使うと、あの地で誓って参りました」


深く頭を下げる一同に、レストールの取り巻き達は距離を取る。その強い思いに、近寄りがたさを感じたのだ。


因みに気絶したレストールは放置。誰も手を差し出さなかった。


「陛下……どうか、我らにお命じください。あの方の願う未来のためならば、いかようにも」

「……」


王は拳を握りしめたまま、大きく息を吐き出してから告げた。


「っ……シェンカ辺境伯領へ行け。そこで何を成すかは考えれば良い。お前たちの思うままに……それがフレアリールからの課題だろうからな……」

「っ……はいっ。必ずや、あの方の真意を汲み取ってみせますっ」


そうして、一同は謁見の間から去っていった。騎士たちも全て。王宮を後にしたのだ。唯一、残ったのはキリエとイースだけだった。


「お前たちは良いのか?」


レストールが転がり、アヤナや司教、司祭達もそのままに、王は二人へ声をかけた。


「陛下をお守りするというのが、あの方の望みです。そう……お預かりいたしました言葉がございます。『役目を果たせず申し訳ありません。陛下による一日でも長い治世を願っております』とのことです」

「っ……そうか……っ、すまんが仕事を頼む。レストールを部屋へ運んでくれ。お前の信のおける者を選抜し、見張りに立てて監禁してほしい。誰とも接触は許さない。王妃ともだ。一切部屋から出すな!」

「はっ、承知いたしました!」


これに、取り巻き達は慌てていた。しかし、王には何かを言える雰囲気ではない。鋭い視線が気絶するレストールへ向けられていた。


「司教殿。その異世界の娘を連れてお引き取り願おう。今後、その娘も含め、王宮への立ち入りを禁ずる」


アグナトーラは、アヤナを聖女と呼ぶことさえしなくなっていた。


「なっ、何をおっしゃるのですっ! それでは神聖魔術を提供することはできませんよっ」

「構わん。私が知らぬとでも思ったか? 多くの身寄りのない民達を唆し、その娘の召喚の儀の折に生け贄としたであろう。そして今回だ……聖女や罪もない人々を殺すような神官など、神官ではないわ!」

「っ!?」


まさか、知っているとは思わなかったのだろう。これは、フレアリールによってもたらされた情報だ。今の反応を見れば間違いないことがわかった。


「精々、その娘を大事にすることだ。召喚した者としての責任も取れぬなど、人としても失格になるからな。せめて人ではあってもらいたいものだ」

「っ……し、失礼するっ」

「えっ? ちょっ、なんなの!?」


司教達は、半ば引きずるようにアヤナを連れていった。このどさくさに紛れて取り巻き達も姿を消し、謁見の間には王と宰相だけとなった。


「……陛下……」

「……」


アグナトーラは右手で目を覆う。最悪の結果にグルグルと目が回っていた。


「……あの子が死んだ……そんなこと……っ」


受け入れられるはずがない。何一つ今までの恩を返すこともできず、それも出来損ないとはいえ、息子によってその命が奪われたなど、発狂してしまいそうなほどの怒りが湧いてくる。


グッと奥歯を噛み締め、左手の拳は爪が食い込んで血が滴るのも気にならないほど握りしめていた。


その時、ふっと風を感じた。


謁見の間の中央に、メイド服を着た女性が一人現れる。それに気づいた宰相が驚きの声をあげた。


「き、君はシェンカ卿の所の……っ」


それを聞いて、アグナトーラは右手を目から外す。そのメイド服は、王宮のものではない。顔に見覚えがあった。確か、フレアリール付きのエリスという名のメイドだ。


「フレアリール様は必ずお戻りになります」

「っ!?」


その言葉は確信があるように聞こえた。


「あの方は真の聖女です。このようなことで死ぬことなどあり得ません。必ずお戻りになります」

「……」


表情を見て感じた。確信があるわけではない。ただ、信じたいのだ。


「シェンカ卿から伝言を預かっております」

「っ、聞こう」

「『フレアは簡単には死なない。三年は待つつもりだ。その間に、国を立て直すことができればフレアを王家に渡す。できなければ遠慮なく切り捨てる』とのことです」

「……そうか……わかった。私も信じてみよう……卿にすまないと伝えてくれ」

「承知いたしました」


メイドは、瞬きのうちに消えた。その身のこなしは、王宮の暗部にも引けを取らない。


「……感謝しなくてはな……」

「はい」


希望をくれた。なにもかも放り投げてしまう所だったアグナトーラを正気付かせた。それがシェンカ一族の力だ。言い方は乱暴でも、そこに意味がある。


「国を立て直すぞ。あの子が帰ってきた時に恥じぬようにな」

「承知しました」


信じたい。けれど、生き返るなどということを信じられるはずがない。それでも、信じたいのだと、アグナトーラは希望を胸に顔を上げるのだった。


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読んでくださりありがとうございます◎

次の投稿は明日の昼頃です。

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