04 行ってちょうだい

その昔、北の大地に悪しき神が降臨し、狂気の呪いをばらまいたという。

 

夜の色を世界から離さず、朝も昼も青黒い色で染め上げた。その色は呪いと悪しき神の纏う色。獣達や人々の肌や髪を同じ色で染め、狂気の中へと堕としていった。

 

そんな絶望の世界を救ったのが、この世界の主神カロウルの加護を受けた一人の青年。浄化と神の色である焔の赤と光の黄白色を混ぜた陽の色を持っていた。

 

光り輝く剣と、異世界から召喚された癒しの力を持つ少女と共に呪いを打ち消し、悪しき神に戦いを挑んだ。

 

彼らの力によって悪しき神は打ち砕かれ、世界に光が戻った。


ただし、大地に残された呪いの爪痕は消えることはなかったのだーーー






そこは、うち捨てられた廃城の中。城の周りは荒廃した城下町の跡が見て取れた。それなりに大きな国があったことがうかがい知れる。


ここが勇者と聖女がかつて悪しき神と戦った場所だった。


何百年と手の付けられなかったこの土地は、瘴気に侵されたまま、土や木々が青黒く染まり、人の生きられない不毛の地となってしまっていた。


《グルラァ!!》

 

そこにいたのは瘴気の濃い青を纏う小屋ほどの大きさの獣。その体には、無数の傷が穿たれているが、倒れるにはまだ時間がかかるだろう。連れてきた精鋭達は勇敢に立ち向かっていた。


「悪しき魔王め! 騎士は下がれ! 魔術師隊前へ!」

 

これを聞いて、彼らの補佐をするために少しだけフレアリールは前に出る。しかし次の瞬間、予想しなかったことが起きた。


その時の思いを表現するなら『油断した』の一言だろう。


「フレア様!!」

 

イースが今までに聞いたことのない程の大きな声を上げた。


突き飛ばされたと感じた時には、魔術師や神官達が周りに展開していた。


数時間前、一度同じように魔王に立ち向かい、不甲斐ない撤退をしたのは彼らにとって苦い記憶だ。その時は、命令も聞かずに恐慌状態になった王子と聖女、魔術師や神官達を逃がすために、フレアリールが今まで封印してきた普現ふげん魔術を使用した。


この世界では、癒しと防御を主とする神官達の神聖魔術と、攻撃を主とする魔術師達の普現魔術があり、使えたとしても、どちらか一方しか使えないというのが常識であった。


それなのに、フレアリールは両方を使えるのだ。これが異常なことであることは分かっていたし、先に使えるようになったのは神聖魔術であったので、これまでおおやけの場では普現魔術を封印してきた。非常事態であるとはいえ、それを見せてしまったのは迂闊うかつだったと言わずにはおれない。


「殿下! なんてことを!!」

 

冷静に自身の失敗を分析していれば、騎士団長であるキリエが公然と抗議した。やはり突き飛ばした犯人はレストールだったらしい。

 

おそらく、どうしたらフレアリールとの婚約を解消できるかを無い頭を使って必死に考え、この答えを導き出したのだろう。


「煩い! これで魔王は倒せるのだ! 文句は言わせん!」

 

彼は良く言えば真っ直ぐ。正直に言ってしまえば思慮の足りないお子様。黙ってお人形のようにしていれば文句のない王子様に見える。けれど、何かを考えたり自分の言葉を発すれば、今のように卑屈で臆病な表情が全面に出てしまうヘタレ王子のお出ましだ。


やはりどう見積もっても次期王には相応しくない。彼には無理な仕事だ。数少ないまともな臣下たちがひたすら迷惑する未来しか見えない。


「お前ならそれを止められるのだろう! 世界の平和のため、その力を使うべきだ!」

 

もう相手にするのも面倒くさい。思い返してみても、彼にはよく振り回された。最期までこれかと自身の運のなさに呆れてしまう。


その時、魔王とフレアリールの足下に凶悪な消滅の魔術が展開されているのに気付いた。


魔術に明るいフレアリールでさえも、すぐには解除できない複雑な魔術式が組み込まれており、解体が間に合わないのは明らかだった。


「はあ……本当、油断したわ……」


これが教会の持つ資料の中にあったのは知っている。今回同行した魔術師や神官達は最後の手段としてこの秘技を教えられていたのだろう。


「フレア! フレアぁ!!」

「ダメだコルト、弾かれるぞ!」

 

騎士団長をはじめとする騎士達がコルトを取り押さえるのが見えた。これだけ大がかりな術だ。反発も大きくなる。術に触れれば弾き飛ばされるだろう。幸い、小柄なコルトは取り押さえやすかった。

 

それから、昨晩コルトの言っていたのはこれかと納得する。けれど、きっとこの術による反動については知らないはずだ。だからフレアリールはせめてもの意趣返しとして、それを彼らに教えてやろうと思った。


「あなた方は、この場で死ぬつもりなのですね」

「何を言っている!?」

「聖女召喚の折に散々、生け贄を殺したのです。因果応報……今度はあなた方の番ということでしょう?」

 

声を上げたのは魔術師を率いる壮年の男。彼は王国魔術師長の一番弟子だ。愚かにも王子の甘言に乗ってしまったのだろう。次期魔術師長としての立場を約束するとか言われたはずだ。ただ、何より決め手となったのは、フレアリールが見せた魔術だったのかもしれない。

 

フレアリールは神聖魔術の遣い手として名が知れていた。そこにつけて見せたのが普現魔術。

 

どちらも使えるという証明は、魔術師と神官達の矜持を踏みにじってしまった。その上、フレアリールの魔力は現魔術師長よりも上だ。高い矜持を持つ彼には、衝撃だっただろう。


「この術には大きな対価が必要となるわ。この人数で発動させたとしても、魔力は足りない。そして、その足りない分の魔力は生命力を変換されるの。分かる? あなた方はもう、この術に組み込まれてしまっているのよ」


少し考えれば分かったはずだ。異世界の聖女を呼び出すためにも同じように魔力が足りずに多くの者が命を吸い取られたのだから。


「そ、それでは私達は……死ぬのか……」

「ええ。残念だわ。まだ若い才気溢れる者達もいるというのに……」

 

発動を始めたこの術を止めることはもうできない。中にいるフレアリールも、先ほどからピリピリと肌を刺す痛みを感じている。終わりは近い。


「ど、どうにかならないのか!」

「次期魔術師長と名高いあなたならば分かるでしょう。もう止められないわ。それと、不完全な発動となれば、この場所一帯は全て吹き飛ぶ。レスト殿下もこの距離ならば巻き込まれるでしょうね」

「なっ!? そんな事は聞いていない!!」

 

もう勝利を確信していたレストールは顔色を変えたようだ。その隣では同じように安心し切っていた聖女が悲鳴を上げる。今はいつものように態度を取り繕う余裕もないようだ。


「は、早く逃げるわよっ。また死ぬなんて冗談じゃないわ! レスト様!!」

「あ、ああ。騎士達、僕達を守れ!」

「でっ、ですが、フレア様がっ」

 

騎士達はフレアリールを良く知っている。訓練で怪我をした時には治療をし、時折手ずから作った料理を振る舞い労った。密かに訓練を付けてもらってもいたのだ。この場に居る誰よりも騎士達はフレアリールを慕っている。だから、レストールが彼女を突き飛ばした時、咄嗟に理解出来ず動けなかったのだ。


「このアヤナこそが僕の妃になる者だ。いいから、急いでこの場を離れるぞ!」

「そんなっ! 殿下! それはどういうことです!!」

 

レストールの言いように珍しく激昂するイース。温厚な彼でもそうなのだ。他の騎士達など完全に頭に血が上ってしまっている。しかし、このままでは彼らが危ない。

 

フレアリールは、まだ冷静さが残っているだろう騎士団長に声をかけた。


「キリエ様、構わず行ってください。そんな者でも次の王です。どうか王に伝えてください。役目を果たせず申し訳ありませんと、陛下による一日でも長い治世を願っておりますと」

「フレア様ッ……はい……っ、不甲斐ない我らをっ、恨んでください……っ」

 

悔しそうにする騎士団長を先頭に、逃げ出したレストールと聖女を半数の騎士達が追いかけていく。だが、イースは当然のように歯を食いしばって立ち止まっている。その傍には、コルトや親しい若い神官達が膝をついてこちらを見つめていた。


「コルト。お父様とお兄様によろしく伝えて。あの土地で王都に残った神官達を見返してやるのでしょう? 行ってちょうだい」

「っ……だ……やだよっ……フレアっ」

 

泣き崩れるコルトを見つめる。もうコルトにも分かっているのだ。この術が決して止められないことを。


「イース、約束よ。さぁ、コルト達を連れて撤退しなさい・・・・・・!」

「ッ……フレア様……っ、はい……承知いたしました……っ」

「嫌だ、イース! フレアを置いて行けない! フレア! フレア!!」

 

イースが残った騎士達に言って抵抗するコルトや、動こうとしない神官達を手刀で眠らせる。彼らを背負って騎士達が出て行くのを、フレアリールは静かに見送った。


その時、イース達が止まろうとする足を必死で前へと動かしているのが分かった。自分はよっぽど好かれていたらしいと確認できて、不謹慎だが嬉しかった。


「神官が役に立たなくなったし、最期にこの辺り一帯を浄化しなくちゃね……」

 

彼らが瘴気に影響されず、国へ帰れるようにしなくてはならない。それくらいならばこの術に干渉して出来そうだと判断する。 

 

しかし、既に肌は火傷をしたように紅くただれ始めていた。

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