03 私が撤退と言ったら絶対に

騎士の方は今回の討伐隊で編成された騎士団の副団長。本来は近衛騎士をしているイースだ。


濃い茶色の短い髪に同じ色の瞳。誠実を絵に描いたような騎士然とした青年で、伯爵家の三男だ。騎士としての実力も確かで、優良物件だと令嬢達が密かに狙っているが、根が真面目過ぎて遊ぶには面白みがないと言われていたりする。


そんなイースは申し訳なさそうにしながらもホッとした表情で駆け寄ってきた。


「フレア様……よく耐えられましたね……」


自分でも思っていたので、ふっと笑ってしまった。


彼はフレアリールの実力を持ってすれば、躾と称してレストールを地面に叩き付けることもできたと分かっているのだ。


これに対して、レストールが帰って行った方を指さしながら激昂するのが、十代半ばにしか見えない可愛らしい神官のコルトだ。


「なんで言い返さないんだよっ。あんなワガママ王子、僕にしたように張り倒せばいいじゃないか!」


初対面の折に失礼なことを言って来たので、思わず張り倒したのはいい思い出だ。


『はじめて打たれた……』


と言って目を潤ませた当時のコルトを見て、イラつくままにそこに放置してやった。それからなぜか、姿を見つけては近くにきてそわそわするので『ウザい』と突き放したこともあった。


それでも諦めず、最後には『あの時は失礼なことを言ってごめんなさい』と素直に謝ったので、頭を撫でて可愛がってやったのだ。


細い金の髪は肩口までの長さ。青い澄み渡った色の目は大きく愛らしい。背も低く、見た目は少年にしか見えないのだが、それを卑屈に考えることなく、時に見た目を最大限に使って人々を魅了する小悪魔だ。


そんな彼はレストールと同じフレアリールより二つ上の二十歳。けれどフレアリールは彼に見た目通りの対応をするのが常で、今回もカッカと憤慨する彼の頭を撫でながら答えた。


「うっかり力が入って殺しちゃったらどうするのよ」

「……手加減の問題なの……?」

「だってアレ、見た目通りの軟弱者よ?」

「そっか……なら仕方ないよね」


意図せず子ども扱いされる時は怒るが、なぜかあれからフレアリールにされるのは良いらしく、もっぱら彼の機嫌を直す時はこの方法を取っている。今回もこれで落ち着いたようだ。


「ですがフレア様、このままでは……」


不安そうにするイースに目を向けると同時にコルトの頭から手を離し、そのまま自身の頬に手を当てて溜め息をついてから思案する。


「分かってる。魔王がどんなものか知らないけど、ここまで瘴気の気配が濃いからね……守り切れるか微妙な所だわ」

「あれだけ言われてもまだ守る気でいるの? あんなのが王になったら魔王を倒した所で国は終わるよっ。切り捨てちゃっていいんじゃない?」


コルトの考えはもっともだ。だから素直に同意を示す。


「そうね。でも、王に返すって約束しちゃったのよ」

「……そんなに王が良いの……」


フレアリールが王を理想の男性としているのは、近しい者たちは知っている。


多くの者は、フレアリールがそれを理由にしてレストールを許すとむくれた顔を見せてくれる。今のコルトのように。


「それより、明日からはもっと距離を置かれるだろうし……コルト、あの聖女は使えそうなの?」


黒い瞳と、くすんだ赤い色の髪の少女。その赤い髪が、神と同じ色だとして、神官達は歓喜していたのを覚えている。


本来の聖色は浄化の焔の赤と光の黄白色を混ぜた赤味がかった黄色なのだが、異世界の聖女のそれは、フレアリールには本来の色ではなく、何かで染めた色だと分かった。


年齢はフレアリールと同じくらいだろう。その姿を初めて見た時から、一目で媚びを売る令嬢達と同じ人種だと分かった。


女で神聖魔術を扱える者は聖女と呼ばれる。


現在、聖女と呼ばれるのは異世界から来た彼女を入れて、この大陸で数えてもわずか四名。そのうち一人はそろそろ寿命が来ると言われていた。五十年に一人現れるかどうかの確率。貴重な存在であることは分かるだろう。


そのため大切に聖教会に囲われ、育てられるのだが、異世界の聖女となればまた特別だ。世界を救った存在と語り継がれる者なのだから、特にもてはやされる。


その上にあの髪色だ。それを勘違いしてしまったのだろう。神官達も必要以上に構うため、彼女は完全に調子に乗っていた。


「全然ダメダメだよ。異世界の聖女だって周りがちやほやするから浮かれてるけど、フレアの五分の一も魔力がないんだもん。魔力操作も下手くそだから、五の力で良いところを百出しちゃうようなおバカだね」


だからこそフレアリールがついてくる事になった。伝説の異世界から来た聖女ではあるが、その実力は信用できない。それを補うために重鎮達に頼まれて同行することになったのだ。


「それに、僕はアイツ大嫌い。何か訳わかんない事言うんだ『ツンデレでカワイイ』って。アイツに可愛いとか思われたくない」

 

ムッとするその顔が可愛いなと口にはしない。けれど思わず、またコルトの頭を撫でてしまった。それからふと引っかかるような気がした。


「ツンデレ? あら? 何だったかしら。ちょっと聞いた事があるような……まあいいわ。けど困ったわね。それだとすぐに魔力切れを起しそう」

 

問題児のお守りの上に未熟な聖女の補佐。改めて考えると頭が痛くなってくる。


ああいう人種をフレアは昔から『自由人』と呼んで嫌っていた。


「心配なのはそれだけじゃないんだ。ちょっと周りの動きが怪しくて……気のせいならいいんだけど」

「どういうこと?」

 

コルトは頭に置かれていたフレアリールの手を宝物のようにそっと自身の手で掴み、胸の前で包み込むように両手で握った。


その時の表情が暗く影っており、この上にまだ面倒事があるのかと顔をしかめる。


「うん。なんか一部の魔術師と神官が出がけに司教達に呼び出されてたみたいなんだ。フレアは、目の色のこともあって、あいつらに嫌われてるし……嫌な予感がするっていうのか、何か気になるんだよね……」

 

聖女と呼ばれながらも、聖教会の庇護ひごに入らない唯一の聖女。それがフレアリールだ。


お陰で王都の大半の神官達には煙たがられている。聖教会も呪われた色の瞳を持つ聖女を認めるわけにもいかないというのもあるのだろう。


「分かった。気を付けるわ」

「本当に? フレアって自分のこと、いっつも二の次じゃん。すっごく不安」

「ならコルトが守ってね」

「も、もちろんだよ! フレアばっか苦労するのはおかしいもん!」

 

フレアリールが笑顔を向けると、コルトは恥ずかしそうに目をそらしながらもそう宣言した。


そんな様子を見ていたイースが微笑みを浮かべる。


「フレア様、いつもそうして笑っていらしたら誤解もないのですよ?」

「そう? 腹黒い奴に見られるから、あんまり笑うなってお兄様にはよく言われたのだけれど」

「……それは実際、何か企みながら笑っていらしたからでしょうね……」

 

イースは困惑しながらもそう指摘した。これはさらりと流し、頭を切り換える。


「何はともあれ、明日が本番ね。無理はしないように騎士達に伝えてくれる? 聖女や神官達がいるからって神聖魔術を頼っちゃダメよ。瘴気が濃くなると神聖魔術の力は弱くなるって言われてるから」

 

今現在、瘴気が湧いてくる土地にいても平然としていられるのは、神官達が必死で浄化の術を展開しているからだ。


これにフレアリールも密かに力を貸していたりするが、気付いているのはコルトくらいだろう。既に瘴気の影響で神聖魔術が上手く働かなくなってきているのだ。


「神官達だけじゃなく、今回ついてきた魔術師達もあまり実戦はしてきてないから、魔力の配分とか出来ないと思うのよ……なんとか支えるけど、私が撤退と言ったら絶対に撤退するように騎士達には徹底しておいて。他の人達は私の言葉を聞かないからね」

「はい。その時は引き摺ってでも撤退すると団長も覚悟しています。お任せください」

 

現状、フレアリールの命令を聞くのはコルトのようにフレアリールが行くのならと志願した年若い神官の数人と騎士団。彼らは、フレアリールを呪われた者としてではなく、一人の頼れる仲間として見てくれる数少ない者達だ。


討伐隊を率いるレストールと聖女は勿論のこと、魔術師と大半の神官はフレアリールの言葉になど聞く耳を持たないだろう。それだけ、悪しき神の色は忌まわしいとされているのだ。


「頼むわね。コルトも絶対に魔力切れにならないように気を付けて。他の子達にも伝えておいてちょうだい。いいわね?」

「うん……フレアもだよ? 一緒に帰って、シェンカ辺境伯領に行くんだからね。王都のバカなジジィ共から、国一番の聖教会の座を奪ってやるんだ」

「ふふっ。それは楽しそうね」

 

夜は更けていく。不安を募らせながら、そうして運命の日を迎える。

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