02 どうしてくれよう……

大陸の中央にある大国『ヴェンリエル』


勇者と聖女が興した歴史ある国だ。


肌寒い夜の風を感じる丘の上。そこに立って向かい会うのはまだ年若い二人の男女だった。


金の長い髪をなびかせる青年を前にして、フレアリール・シェンカは数日前に覚悟を持って王都へ一人向かうと決意した日のこを冷静に思い出していた。


その理由は、目の前で不機嫌をあらわにする自国、ヴェンリエル王家の血を引いた人物の現状に呆れているからだ。


「お前が聖女などと、僕は絶対に認めない!」


この言葉は、初対面の頃から言われてきた。その時にはっきり伝えたはずだった。



『お好きにどうぞ』



元々、自身で聖女だと申告した覚えはないし、フレアリールは認めた覚えもなかった。


面倒なお坊ちゃんの癇癪かんしゃくを聞き、暗いことをいいことに空へと視線を投げる。

 

分厚い雲が星や月の光を遮り続けてどれだけの月日が過ぎただろう。それは昼間も変わらず、淡い光しか感じることができないでいる。


当然、農作物は充分に育たず、食糧難が予想されていた。


そんな時、聖教会では悪しき神の化身が現れたのだと騒ぎ立て、ついに異世界から聖女を召喚した。これによる多くの生け贄という犠牲者がいた事が伏せられていることを、フレアリールは知っている。

 

空を覆っているのは雲ではなく瘴気だ。


晴れることのないその瘴気についての長い調査を経て、先日ようやくそれが生まれ、また帰っていく場所を特定した。


そして、そこに存在する悪しき神の化身――魔王を討伐するために彼らは今、荒れ果てた北の大地に足を踏み入れていた。


「たかが神聖魔術を並みより使えるというだけで聖女面をして、多くの者に取り入るような浅ましい者が聖女だと名乗るとは、おこがましいにもほどがある!」


国、引いては世界の命運を託されているというこの大事を前にして先ほどから怒鳴っているのは、ヴェンリエルの第一王位継承者レストール・ヴェンリエルだ。

 

はっきり言おう。彼には二つ名がある。


その名も『ハリボテ王子』


黙っていればそれなりに見目が良いのだが、その実態は我が儘で甘ちゃんな坊やである。年齢は今年二十歳と、良識ある貴族達には、そろそろキツいお灸を据えてやらなくては次期王として大問題だと認識されるようになる頃だ。


もっと早く気付いてもらいたかった。


「聞いているのかフレア! 僕はお前とは結婚しない。お前のような高慢な女が王妃になどなるべきではない!」

 

それではお前の母親は何なのだと恫喝どうかつしてやりたい気持ちを抑えるように、腹に力を入れて堪える。

 

第二王妃である彼の母親は、高慢を絵に描いたような人物だ。元侯爵令嬢であり腹黒く、自分を認めない人間には容赦しない。第一王位継承者である王子の母となった今でも、世間知らずなお嬢様であり続けているのだ。


「僕が愛しているのはアヤナだ。異世界に来て不安で仕方がないというのに、この国のために魔王と戦うことを決めてくれた彼女を、勇者の血を引く僕が守らなくてはならない」

 

どこか遠い所を見つめながら、そう口にするレストールに冷めた目を向ける。良いように騙されているとも知らず、自身と彼女の境遇に浸っているのだからどうしようもない。


「それなのにお前は、彼女を助けようともしないでなぜついてきたんだ! 今更、点数稼ぎなど卑しいぞ!」

「……」


ついて来た理由の一つは、目の前で現在色ボケ中の王子の監視のためだ。それも、王からの直々の要請である。断れるわけがない。


誰が好き好んでこんな場所に来るものか。瘴気しょうきに侵されているこの大地は実りをもたらさない。良いところといえば強い魔獣や魔物が出るところだろうか。


けれど実家とは違い、国の騎士達がいる手前、フレアリールが前に出て思いのままに暴れる訳にもいかない。その上、引き連れているのは騎士を除けば実戦経験に乏しい者たちばかりの大所帯。そんなお荷物を引き連れて来たいわけがない。どうせなら一人で狩りを楽しみたいのだから。


フレアリールは男だったならば宰相にと言われるほどの才女だ。ただし、ストレス発散に魔獣の狩りに一人で出かけるという破天荒な令嬢である。身内からは若干戦闘狂の疑いをかけられている。


はなはだ遺憾いかんである。


それは抜きにして、国王と重鎮達がその才を見込んでレストールの婚約者にしたのはフレアリールがまだ十歳の時だった。


その頃にはもう才覚を現していたフレアリールは、少々夢見がちで騙されやすく、おだてられやすいレストールのお目付役であり、教育係だった。


第二王妃の一子である彼は、王妃に甘やかされまくって育った。周りにちやほやされ、年頃になってからは令嬢達に言い寄られるのが当たり前。そんな中、フレアリールだけは厳しく対応していた。正しく次期王となれるように仕上げる。それが彼女の役目であったからだ。気に入らないと思われるのは、ある意味当然だと諦めた。


国王に望まれればそれに答えるのが貴族のあり方だ。フレアリールは、子どもであってもそれが理解できる頭を持っていた。しかし、媚びることしか知らない他の貴族や令嬢達、王妃や当人にそれを察せられるわけがなく、フレアリールは彼らにとってずっと悪者だったのだ。


「お前はいつもそうだ。婚約者だからといってに乗るな! お前のような性格が悪くて愛想のない女など願い下げだ!!」


再びそれはお前の母親のことを言っているのではないかと指摘したくなる。それも我慢だ。


大きな手振り身振りで声を張り上げる様は、もはやフレアリールには一人芝居にしか見えない。


淡い月の光はあるが、雲に覆われた夜は暗い。それは、遮蔽物のない丘の上であってもそれほど変わらない。けれど、きっとレストールの姿は遠目でも確認できるだろう。聖女とレストールは白を纏っているのだから。


「まったく、父上には困ったものだ。お前のような悪しき神の色の瞳を持つ者を王家に入れようなどと……呪われたお前が聖女なはずがない!」

 

一方のフレアリールは、ほとんど黒い色でまとめている。その上、動きやすいように乗馬服のようなズボンにジャケット。これは、昔から着ている外出着を元に今回作らせたものだ。戦いをするのだから、目立つ色は身につけない。それが分かるほど実戦を知っていた。


髪は実際の色では問題があるので、子どもの頃から染めており、濃いめの灰色だ。黒を目指しているのだが、どうにも元の髪色と相性が悪く、灰色になってしまう。


そして、瞳の色も実は魔術で染めている。闇の魔術を使っているのだが、これも相性が悪く、なぜかレストールが言ったように悪しき神の色といわれる青黒い色になっているのだ。お陰で少々視界が暗くなる。白黒の世界とまではいかないのだが、色あせて見えるのだ。


因みに、フレアリールの本来の髪と瞳の色を知っているのは家族と一部の家臣達だけ。


聖女と呼ばれた理由は、女でありながら神聖魔術を使えるというものである。


「邪魔をするのならば、魔王と共に葬ってやるっ」


出来もしないことをよく言うものだ。それも野営中の夜中に呼び出しておいて、大声で罵倒するとは呆れてものも言えない。


ここで、いつものフレアリールならば教育係としてこう言うだろう。




『女性を夜中に呼び出すことも、大声で罵倒することも、王子である以前に紳士としてマイナスです。もう一度常識からお勉強をし直す必要があるようですね』




更にこの時、しっかりと目撃者も作り、王と宰相にチクるのも忘れない。そして最後に一言。




『また数日、王位から遠ざかりましたわね。残念です』




間違いなく嫌われて当然の対応だ。しかし、それで良い。フレアリールは今代の王が退位したならば、婚約を解消して実家に引きこもる気満々なのだから。


因みにその時は、辺境伯である父と継嗣である兄も反乱覚悟で領地を国から引き離しにかかるだろう。


こんなバカ王子が操る泥舟など、乗る気はない。寧ろ積極的に沈める所存だ。ただし、王だけは安全な場所で穏やかな余生を送ってもらうというのは決定している。


レストールの声はキャンキャンと良く響く。何事かと騎士達や神官までも起き出してきて遠巻きにしているのが気配で分かった。大半の騎士達は、寄ってきてしまった獣を退治してくれているようで、大変迷惑な話だ。


「……はあ……」


かける言葉なんてない。そろそろ寒いし、終わんないかななんて考えていた。そんな中、ふと出立する前に密かに王に言われたことを思い出す。




『もし、アレがこれ以上愚かな行動を取るのならば……見捨ててくれても構わない。もう君が辛い役目を負う必要はない。これまですまなかった……』




その時の王の疲れたような表情を見て、これまで何度か投げ出そうとした時のことを思い出した。だから今回も投げ出すことなく、全てをやり遂げて彼の息子を城へ帰そうと思えたのだ。


自分は王に甘い。あの時ひそかに『憂い顔もイイ!』なんて不謹慎にも思っていたのは秘密だ。


「聞いているのか! いいか、魔王を討伐し終わったならば、その功績でアヤナを僕の婚約者に迎える。そうすればお前などどのみち用済みだ!」


言うだけ言って野営地へ戻っていくレストール。それを見送ることなく、フレアリールは分厚い瘴気に覆われる夜空を見上げて大きく溜め息をついた。


「ったく、どうしてくれよう……」


あんな勘違い野郎、とてもではないが手に負えない。本当に敬愛するあの王の血が入っているのかも最近疑わしい。


フレアリールはただ王のために頑張ってきた。国のために、民のためにと寝る間も惜しんで働く王。明るい金の髪を撫で付け、守られるだけではいけないからと鍛錬も欠かさない大きな体。祖である聖女から受け継いだ銀の瞳は、時に冷たく鋭い光を宿す。


そんな王にフレアリールは恋をした。それが十歳の時だ。


断じて『おじ専』ではない。


彼が今でも心から愛する女性はたった一人だと分かっている。その人と最愛の息子は事故によって帰らぬ人になったけれど、それでも忘れずにいることを知っていた。


そんな誠実な想いも、何もかもがフレアリールには愛しく思えた。だから、彼の願いは叶えたい。一生を王のためだけに仕えて生きようと思った。


「さすがに、不純だったかな……」


折れそうな今の心と現在の状況は、恋という不純な動機への罰だろうか。頭を冷やそうと風に吹かれていれば、そこに騎士と神官がやってきた。

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