ピンポンダッシュ
梅干しじいさんの家は、学校の帰り道にあった。とっても怖いおじいさんで、怒ると赤くしわくちゃになるからそう呼ばれているらしい。
ピンポンしてダッシュで逃げるイタズラなんて、本当はしたくなかった。テルはスリルだとかコツだとか意味分かんないこと言っているけど、ぼくからしたら何が楽しいのか全然分かんない。それでも、転校してきたばかりで仲間はずれにされるのが怖かったんだ。
「タカシ、早く押しちゃえよ。」
テルたちはおじいさんが怖くて、ずうっと遠くにいる。待っていてもどうにもならないから仕方なく、えいってと押すと「こらぁー」と言っておじいさんが出てきた。どうやら待ち構えていたみたいだ。
「はっ、はっ。つかまえたぞ。はて」
諦めてぐったりしているとおじいさんのしわしわの顔が覗き込んできた。
「おまえ、シュウか。」
おじいさんは別の人と勘違いしているみたいだった。違うとは言えず、とっさに「うん」と言った。
「大きくなったな。まあ、入れって。」
おじいさんはぼくを大きな手で押すようにして家に招いた。テルが「幽霊が出る家」って言ってたからビクビクしていたけど、全然そんなことなかった。明るくて広くて田舎のおじいちゃんの家と同じ匂いがした。
ぼくが目を伏せていると、テーブルの上でコツンという音がした。
「シュウ、好きだったろ。ここまで会いに来てくれたからな。」
おじいさんはお皿にのった鯛焼きを出してくれた。鯛焼きは大好きだった。ぼくは「ありがとう」と飛びついたけれど、ふと、シュウじゃないのに食べていいものか迷った。
「どうした。腹でも痛いのか。」
これはシュウのための鯛焼きだ。もしかしたらシュウはこれが楽しみにしているかもしれない。でも、おじいさんにぼくの正体がばれてしまうのはマズい。ぼくはシュウとして食べなきゃいけなかった。いい気持ちじゃなかったのに、鯛焼きは一口かじると甘くておいしかった。
「うまいか。」
ぼくが「うん」と言うと、おじいさんはニヤニヤと楽しそうにぼくを見ている。
と、窓の後ろにテルがいた。ぼくは、声を上げかけた。
「さっき一緒だったのは友達か。恥ずかしがり屋のシュウにも友達ができたか」
と、おじいさんは目をしょぼしょぼさせながら言っていた。テルがいることがバレてないのはよかったけど、騙しているのだから全然いい気分じゃなかった。
「おじいさん、怒らないで聞いてほしいんだけど、ぼく本当はタカシって言うんだ。テル君じゃなくて。」
きゅっと、目を瞑った。怒られる、と思ったのにどういうわけかおじいさんは大きな声で笑った。
「なんだ。そんなことくらい最初から気づいてるわ。」
ぼくは驚いて声が出なかった。
「あんた帰り道でいつも寂しそうだったろ。ちょっくら声かけたみたってわけだな。悪く思うなよ。あんたもイタズラしたんだからおあいこだよ。」
おじいさんはまた笑った。ぼくは一気に気持ちが軽くなった。
それからたくさん話をした。シュウというのはおじいさんの子供らしい。おじいさんはもう一度、子育てしたい気分だと言っていた。どういう意味か分からなかったけれど、おじいさんもぼくと一緒で寂しいみたいだった。
そうしているうちに夕方になっていた。もともと帰りたかったのに、いざその時間になるとどうしてだかぼくは寂しかった。
「タカシ、また来いよ。」
おじいさんがぼくの肩に手を置いた。その瞬間、ぼくはとっても嬉しくなって「うん」と大きな声で返事をした。
一週間たったある晴れの日。ぼくはおじいさんの家にいた。
「タカオおじいさんーーー。」
梅干しおじいさんじゃなくてちゃんとした名前を呼んだ。今日はテルもいた。ぼくが謝ろうと誘ったのだ。テルは恥ずかしそうに顔を伏せている。
タカオおじいさんは、あのしわくちゃの笑みでぼくたちを待っていてくれた。
ぼくはテルと顔を見合わせ、おじいさんの家に上がる。
「もうピンポンダッシュは止めようね。」
「うん。」
それからぼくたちは正しい理由でピンポンを押すことを決めた。
童話ものがたり 佐藤苦 @satohraku
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