第148話 かいほう

「うん。いいよ」


 その答えを聴けるのか、それが私の中での彼女への最後の審判だった。

 イニアの心の中で、私が彼女との繋がりを断とうとしない限りは抵抗はされないということはわかった。けれど、一緒に死んでほしいという願いは、その中に含まれていしまうかもしれないって思っていたから。


 恐怖で震えていた身体はまだ少し寒い。

 怒りを食らうことへの恐怖が、好きが嫌いへと変わってしまったことへの恐怖が、私の心を震わせて、精神が決壊していたけれど、今はまだ大丈夫。

 久しぶりのイニアの身体の、手の温もりはとても懐かしいものに感じる。

 心を落ち着けて、イニアと混ざっている魔力を練る。


「……本当に、いいの? 私と一緒に死んでも」

「うん。メドリと死ねるほど幸せなことなんてないよ」

「そっか。そうなんだ……それじゃあ、やるよ」


 黒い精霊からもらった魔力への知識、余った魔力を全部使って、私の魔力とイニアの魔力を編んでいく。少しずつ2つの糸を1つにするように。これをすれば、私とイニアは表面上、同一生物と見なされ、私を分解している魔法の対象に成れる。


 試したことなんてなかったけれど、もう何度も触れてきたイニアの魔力なら、これぐらいのことはそう難しいことじゃない。

 彼女の力強い魔力が私の中へと入ってくる。彼女の意思も。

 全部混ざることは叶わなかったけれど、これで。


「抱きしめて」


 抱擁の力がさらに強まる。

 イニアの腕の中で、濡れた目を閉じる。


 私の見たイニアの心の中は、白い空間で、その中にイニアがいた。心の中の彼女は私を見ると、たくさんのものをくれた。求めたものはすべて。あの空間の地図。彼女の記憶、知識。私への感情。他の人への感情。

 一番驚いたのは、他の人を、私以外の人を知らないこと。今のイニアは他の人を知らない。他の人の知識がない。他の人に言われた言葉、見た目、何をしていたか、どんなかかわりを持っていたか、そのすべてはなくなっていた言われて思ったことや、されて思ったことは、感覚としてあるみたいだったけれど。


 その原因はわからないけれど、きっと破裂した右目や血まみれの身体に関係があるんだろう。でも、そんなことに興味はない。私にとって重要なのは、彼女の中にはもう私以外誰もいないこと。彼女の中からはみんないなくなっている。今まで出会ったたくさんの人が。


 きっとその人たちも昔はいて、それが地図の周りの黒い部分だった。でも、今は黒く塗りつぶされて消えている。私はそれがすごくうれしい。今のイニアには私しかいない。私だけしか見えていない。私のこと以外、考えられないようになっている。しかも、私を好きと言ってくれる。思ってくれる。


「よかった……殺さなくて……」

「そっか」

「うん……そうじゃないと、またこうやって抱きしめてくれなかった」


 魔力がかなり深く接続した私たちに、言葉は不要だけれど、私はあえて声を出す。

 またあの音を聞きたくて。


 イニアが私の頭をなでてくれる。

 忘れていた。

 この感覚を。

 忘れようとしていた。

 もう得れないと思っていたこの感覚を。

 忘れないと、この感覚を切望して、苦しくなってしまうから。

 けれど、今はもう求めなくても得られる。


「気持ち良い……」

「よかった。もっと撫でていた方が良い?」

「うん、ずっと……」


 ずっと理由を気にしていた。

 イニアの言葉の裏を、言葉の理由を。どんな理由で、どんな目的で私を、って。

 でも、もういらない。彼女の心があれですべてだとは思えないけれど、それでも、イニアは私が好きで、私をずっと好きでいてくれる。何をしても。

 きっと私が誰かを殺しても、イニアを殺しても、イニアの大切なものを壊しても、私が死んでも、私がいなくなっても、ずっと私を好きでいてくれる。どんなにひどいことをしても。

 そんなイニアを、そんなイニアだから、私も。


「私、イニアが好き」

「嬉しい。ありがと」


 私の言葉を聞いたイニアが嬉しそうな顔を見せる。

 きっとその顔は私以外には見れない。私だけ。私以外の人に好きと言われても、そうはならない。同時に、嫌いと言ってしまった時のあの顔も見れるのは私だけ。私だけが彼女の心に触れられる。

 他にもあの子たちなら、彼女の心を動かせたかもしれないけれど、もうあの子たちはイニアの心の中にはいない。私だけ。私だけの心。私だけを見てくれる心。私だけを好いてくれる心。それを捧げてくれたことが、嬉しくて仕方がない。


「私もメドリが好きだよ」

「うん。ぅん……」


 その言葉が聴きたかった。

 ずっときいていたい。その言葉ずっと待っていた。

 イニアが私にその言葉を言ってくれない。言ってくれても、それを私は受け取れない。私が本心から、安心して受け取れるその言葉を聴きたかった。


「信じるのって、こんなに楽なんだね」

「そう?」

「うん。イニアを信じ切れたら、こんなに楽で、安心できるなんて思わなかった」

「そうなんだ。それなら良かった。そう言ってくれると私も嬉しい」


 何の疑いもなく、何の不安もなく、言葉を受け入れる。

 イニアの好意を疑わなくていい。言葉も。魔力を通じて流れてくる心も。


 昔の私はどうしてあんなに疑っていたんだろう。

 怖かった。ずっと怖かったから。

 信じて、そのあと失うのが。

 けれど、もう失うことはないから。


 体をよじって、イニアと目を合わせる。

 彼女の片目の瞳の中には私だけ。イニアは自分のことすらほとんど考えていない。私のことばかり。私とのことばかり。


「ねぇ、キスしよっか」


 私の言葉に、イニアが何かを言う前に、私は唇を奪う。

 許可はいらない。彼女は私のものだから。

 拒絶される恐れもいらない。彼女は私のものだから。


 突然のことに、イニアは驚いた表情を見せる。でも、同時にとても蕩けた顔を見せてくれる。そんなに気持ち良いのかな。でも、もし気持ち悪くても、やめはしない。イニアなら、私を拒絶しない。私の気のすむまで、したいことをさせてくれる。


 久しぶりの口づけの味は、とても新鮮に感じられる。

 ここまで深くイニアと繋がったことはないというのもあるし、ここまで素直に快楽を受け取ったことはない。もっと、深く。もっと、強く。


 イニアの感情を。私のことが好きだという感情を。

 もっと欲しい。もっと貪りたい。もっと喰らいつくしたい。


「ぅんっ……」


 無防備なその口の中に、舌を捻じ込んで、彼女を喰らう。

 私のための、私だけのためのキス。きっと酷く自分勝手だけれど、私が心地いいから、それでいい。イニアを味わいたい。私の、私のだけのものになったイニアを。

 どうしてこんな、意味のない行動がこんなにも気持ち良いのだろう。

 イニアもどうしてこんなに幸せそうな顔をしているのだろう。


「っ……」

「はぁ……ぁ……」


 私が満足したとき、イニアの頬は真っ赤に染まっていて、お互いの息は荒く、けれど、静かに見つめあっていた。

 どのくらいそうしていただろう。ただお互いを見つめて、指を絡めて、心を通じて。ただ、なんとなく何もしなくていい時間が過ぎていた。

 いや、何もしたくない時間だった。ただ、そこに私たちがいるだけで良い。そうしていたい。他のことは全部邪魔で、私たち以外のことはすべて忘れて、ただそこに二人でいる。そんな時間がただ流れいく。


「好き」


 何度も聞いて、何度か言った。

 もう、どちらの言葉かもわからず、ただ心地良さだけが私の中にある。

 私は結局、どこまでいっても駄目な側の、良くない側の、存在しないほうがいい側で、親からの愛も、友からの友情も、誰かへの恋も感じることはできない。どこかが壊れているのか、どこかがおかしいのか、わからないけれど、こんな私でもいい。ううん。どんな私でもいい。

 イニアの絶対的な好意があるから、どんな私でも、私がどんなに嫌悪した私でも、それでいい。イニアの前でなら、私でいい。


「もうすぐ、終わりだね」

「うん。私にもわかるよ」


 少しずつ私たちの魔力は、大気中へと霧散していく。もう少し、もう少しで終わり。こんなにすぐ終わってしまうことに、なぜだか少しも勿体なさを感じていない。ここで終われる。イニアと。私を好きだと言ってくれる人と。イニアがほかの人を知る前に。


「最後まで、一緒にいてね。独りには、しないで」

「ずっと一緒にいるよ。メドリと私がいなくなる時まで」


 もう独りには戻れない。

 この感情を持ってしまったら。

 これはあの薬と一緒。

 使ってるうちにもう捨てれなくなって、それと一緒に死ぬしかなくなってしまう。

 でも、気分が良いからいい。

 これでやっと。

 私は、これで……


 魔力が急激に高まり、魔力がさらに混ざる。私が編んだよりも深く。

 イニアが、メドリが、私たちが、私が少しずつ薄くなっていく。

 ……あぁメドリと一緒に死ねることが、こんなにも嬉しいなんて。

 これでイニアをここで終わらせて、私の、私だけのままにしておける。

 私は何て幸せなんだろう。大好きな人にすべてを捧げれただけじゃなくて、それを受け入れて、こんなにも使ってくれるなんて。私のことを好きだと言ってくれるなんて。

 

 好きだと言ってくれてありがとう。

 好きを返してくれてありがとう。

 本当にずっと、心から、好き。

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お花畑で中毒少女は のゆみ @noyumi

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