第147話 ぜつぼう
「あぁ……! なんで、なんでなんで! もう、もうやだ! やだよぉ……なんで……私、やだ……」
泣き声が聞こえる。
メドリの声が。
つぶれた右目の痛みが、うまく動かなくなった左手が、全身からあふれ出る血と魔力が、ここが現実であることを告げる。荒れ狂う魔力の気持ち悪さが、私の身体を蝕む。
首はまだひりひりするけれど、これはメドリの、ここにいる現実のメドリがつけてくれた傷の一つ。この感じなら、あの空間に行ってからほとんど時間は経ってない。
彼女と魔力接続はまだ途切れていない。
正直、なんでいきなり魔力接続ができたのかはわかってないけれど、これがなければ直接メドリの手で殺してもらうことは叶わなかった。
今までにないほど深い魔力接続だからメドリの感情を感じる。沢山の混ざり合った感情を。
悲しみ。恐怖。不安。絶望。喪失。
「めど、り」
身体に少しずつ力が戻ってくる。
怪我の痛みは引かないけれど、こんなもの大したことじゃない。
けれどまだ私の声は小さく、彼女には届かない。
うずくまり、頭を抱え、涙を浮かべるメドリには。
「やだやだやだ……なんで、なんでこうなるの、なんでこんな……」
泣いて悲しむメドリも可愛いけれど、そんな顔をして欲しくない。でもきっと、彼女から笑顔を奪ったのは私なんだろう。それでも私は身勝手に彼女に私の隣で笑っていて欲しいって願ってしまう。
同時にメドリに敵意を、悪意を向けられたいと願う私もいる。ほとんど彼女が人に向けなかった感情を私に、私だけに。
「メドリ」
「っ……ぁ、ぁの……ちが、ゃ……ぅ……」
私に気づいたメドリは小さなか細い声をあげる。
弱々しく、怯えた目で私を見る。私の足元を。目を合わせては、くれない。
悲しくもあるけれど、それ以上にメドリがそこにいる実感を得られるのが、とても心地よい。あの空間で会った彼女たちとはやっぱり違う。現実のメドリからだけ感じるこの感覚。
「メドリ」
ほんの少しの距離を、少しずつ縮めていく。
私が一歩を踏み出すたびに、メドリの身体の震えは強くなっていく。
彼女の感情も、どんどん恐怖が強くなっていく。
私がそんなに怖いのかな。怖がってほしくない。安心してほしいのに。どうしよう。どうすれば、それを果たせる? どうしたらいい?
わからない。そんな難しいこと、私にはできない。ただ私にできることは、ただ私の心のままに。私の心に正直になって、言葉を紡ぐことだけ。
「いろいろなメドリに会ったよ」
「ぇ……? なぃ、っる……の?」
小さく、本当に小さく困惑の嗚咽を漏らすメドリに言葉を続ける。
「妄想かもしれない。想像かもしれない。でも、確かにいろんなメドリ達を出会ったよ。メドリの、心の中で」
心の中だったというのは私の推測でしかないけれど。
そう続けようとして気づく。
私の足元を見るメドリの目には大粒の雫が溢れていた。
思わず謝ろうとする前に、メドリの小さな絞り出したような声が響く。
「ぃっ……ぉぇ、ごめ、なさぃ……ごめん、なぁい。こ、ぉぅんな、ぁた、しで、ごめぇ、さぃ……ぉ、こ、ころ、そうとして、ぉえんな、ぁい。も、ぉう、こぇい、いぃよぅ、き、き、きぃらいに、ぁいで……」
その声はほとんどなにを言ってるのかわからなかったけれど、謝ってることだけはわかる。謝ることなんてないのに。メドリは何も悪くないのに。少なくとも、私には謝る必要なんてないのに。
どうすれば、どうすればいいんだろう。抱きしめたい。こんなに震えて、おびえているメドリを抱きしめたい。けれど、おびえさせているのは私で。
「触れてもいい?」
そう聞いても、帰ってくる言葉はない。
もしかしたら、拒絶されるかもしれない。もう致命的なところまで私を拒絶しているのかもしれない。でも、きっと、あの場所がもし、心の中だとするなら。
「触れる、よ」
痛む身体を動かして、メドリの手に触れる。
久しぶりの、本当に久しぶりのメドリの手。手と手が繋がって、温もりが伝う。
久しぶりでも、懐かしいとは思わない。ただ、こうしている時が一番幸せで、安心するってそうさ確認できる。メドリもそう思ってくれていたら、それ以上に嬉しいことはない。
もう少し、深く。
もう少しだけ。
腕を回す。
メドリの背中に。
メドリの頭を、私の胸の中へ。
抱きしめて、紫髪をなでる。
けれど、メドリの震えは止まらない。
それどころか、強くなっていく。涙も溢れて私の血と混ざっていく。
「……ごめんね。謝るのは私のほうだね」
メドリが軽く首を横に振る。
けれど、謝るなら私のほう。この状況は私のわがままがすべて生み出したことなんだから。
「メドリは、心の中なんて見られたくなかったよね。ごめんなさい」
「……ぅ」
「でも、でもね。私は、いろんなメドリと出会えて、もっとメドリのことが好きになったよ。そう……好きだよ、ずっと」
この感情が恋や愛なのかは知らない。
わからない。私にはわからなかった。きっと、ずっとわからないまま。
でも、メドリのことはずっと好き。昔からずっと好きで、今のほうがもっと好き。それは、何にも変わってないはずなのに。私は一体、何を悩んでいたのかな。
「……ぅ、そ」
メドリの身体の震えは少し弱くなって、嗚咽交じりの言葉を、弱々しく紡ぐ。
「う、そは、やぇて、よ……そ、ぉんな、けなぃ。わぁしの……わたし、のこころ、ぃて、す。すき、な、て……」
「嘘じゃないよ」
「うそ、うそ、うそだよ。だ、ぁって……こんぁに、みに、みにくく、て、きた、なくて……きもち、きもちわぅい……」
「そうかもしれないね。でも、そんなメドリも好きだよ」
どんなメドリだって、好きになれる。
もしメドリがどんなものになったとしても、それがメドリだと信じられる限り私は好きになれる。きっとそう。そんな単純なことにどうして今まで気づかなかったんだろう。
「そ、それに……わた、私は……こ、ころ……いに、ぁを……ころ、ころし、そうで……」
「いいよ。メドリになら殺されても。でも、直接手で殺してね」
メドリの体温を感じながら殺されるなんて経験できるなら、私の命ぐらい投げ捨てる価値のあること。それがメドリの願いなら。
「な、なんでなの……私、こんなに……ひど、ぃ、こと……した、のぃ……」
「ううん。酷いことなんて何もなかったよ。全部」
メドリのしてくれたことは全部祝福でしかない。
私にとっては、そう。メドリの存在も、メドリが見せてくれた景色も、してくれた行動も、聞かせてくれた言葉も全部、どんなことだって祝福。
「私、メドリのこと何もわかってなかったかもしれない。ううん、これからも全部わかるのは無理なのかしれない。でも、ずっとメドリのこと好きだよ」
「う、そ……うそだよ。み、んな、みんな私のこと、きらいに……きらいになって、いくんだから……」
「そんなことない。そんなことないよ」
言葉だけじゃ、信じてくれないかもしれない。
けれど、今の私にできることは言葉を並べることだけ。
「私の全てをあげる。私の心も、魔力も、身体も、全部、メドリに捧げる。ううん、捧げたい。私はメドリのもの。メドリが笑ってくれるなら、メドリが安心してくれるなら、私はなんだってやるよ」
「そんなの……そんなこと……なら、いにあの……」
メドリの手が私の胸に触れる。
そこから、魔力が、メドリの魔力が急速に私の中へと入ってくる。私の心を見ようとしている。私が無意識にやったように。それを私が拒む理由はない。私の全てをメドリの下へとさらけ出す。
それは数秒のことだった。
メドリの意識が、ここではないどこかへと行って、帰ってくるまで。
戻ってきたメドリの心には恐怖と不安の他に驚きと期待を孕んでいた。
「イニア……み、みんなのこと……忘れちゃったの……?」
「そう、なのかも。わからないけど、メドリのことを覚えているなら、それでいいよ」
それ以外のことはきっとどうでもいいことのはず。
私が何を忘れたんかなんて、忘れてしまった私にはわからないけれど、メドリ以外のことなら。
私の答えを聞いて、メドリはとても嬉しそうな表情をしてくれた。
まだ怖がっているけれど、その表情を見れただけで、忘れた意味があるもの。私にはメドリのこと以外に、何も価値なんてないんだから。
「……信じても、いいの?」
「うん」
「また、殺そうとしちゃうかも」
「いいよ」
「また、ひどいこと言っちゃうかも」
「大丈夫」
「また、嫌いだなんて、思っちゃうかも」
「それでも……メドリが好きだよ」
いつのまにかメドリの震えは消えていた。
メドリは私の目を見て、私と目を合わせて、強い期待とともに願いを放つ。
「なら、なら……私と1つになつて……1つになって一緒に死んでくれる?」
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