第145話 しずんで

 扉の先には、色々なメドリがいた。

 黒い粘液をたらし、触手を持つメドリ。

 血と肉が混ざり合ったメドリ。

 艶のある白い球体のメドリ。

 魔力が複雑に絡まり破損していたメドリ。


 異形なものもたくさんいたけれど、透明なメドリだけは普通のメドリの形をしていた……と思う。透明なうえに、近づけなかったからほとんどわからなかったけれど、透明の向こう側は色がついていたから影だけは見えた。それを見る感じは同じように見えた。


 透明なメドリはずっと踊っているみたいだった。

 姿形は見えないけれど、透明な影がそんなふうに見えた。

 時折笑い声も聞こえて、楽しそうな姿に、心底見惚れていた。見えなかったけれど、感じることができた。


 あれを見れば、メドリはやっぱり笑って、楽しそうにしてるのが1番だってそう確信できる。でも、その時私は隣にいなくちゃいけない。そうじゃないと彼女の楽しそうな姿を、笑顔を見ることができないから。

 なんてわがままなんだろうと思わないでもないけれど、それが私だから。だからそれで彼女に殺されても、それは良いことのはず。私を殺して、彼女が笑ってくれるなら。それにきっと彼女の手にかかれるのは私だけ。私だけの特別なメドリを感じることができるなら、それぐらいは安いもの。


 透明なメドリを見ていてわかったことはまだある。

 透明な影の先にはこの世界の色が見えた。この灰色の世界の色は下は黒で、上の方には白が広がっているみたいだった。それもメドリの心の一要素なのかな。

 白と黒の2色。

 メドリっぽい配色だけれど、上と下の違うはよくわからない。


 他にもいろんなメドリを見たけれど、結局メドリのことを何一つわかってない気がする。いろいろなメドリのいる意味が、理由が私には何一つ。

 そんなんじゃだめなのに。もっと彼女を。

 ……あれ? どうして私はそんなに彼女のことを……


「違う違う」


 首を振って思考に入り込んできた疑問を振り払う。

 それは考えなくていい。考えないほうがいい。

 私は疑問を持たなくていい。

 彼女を知ることは、私を知ること。

 何も疑問に思わなくていい。


「……ん」


 今、ひとつわかっていることは、メドリにも、メドリ達にも、存在理由や意味が分かっていないということだけ。それなら……私があえてそれに理由をつけるのは無粋かもしれない。

 もしかしたらそれが彼女ということなのかも。

 ううん。そう結論を焦らなくてもいい。

 まだ全員に会ったわけじゃないんだから。


 彼女達の言う黒い繭。

 それはここにもなかった。

 この異形のメドリ達の中にもいない。

 ここにいなければ一体どこにいるんだろう。

 あんな扉があるから、封じられたメドリ達の集まりかと思ったけれど……きっとこのメドリ達もまた1要素になっている気がする。私が今まで見てきたメドリの中にこの異形達の存在を感じたことがある……気がする。

 

 でもその黒い繭のメドリはもっと見えないところのメドリなんじゃないかな。あれだけ他のメドリ達に忠告されたし……

 本当は彼女達の言うことを聞いて開けないほうがいいのかもしれないけれど、私はもうそういうことはやめることにした。わがままな自分だから、全てメドリのことで満たされていたい。


 とは言ってもどこにいけば良いのかはわからない。

 私もなんとなくこの空間のことがわかってきて、周囲の私、じゃなくてメドリの数もわかるようになってきた。彼女達それぞれがどこにいるのかも。

 その感覚を信じればまだ会ってないメドリはここにはいない。扉の先に戻っても同じ。まだ行ってない新しい場所に、黒い繭があるはず。


 ……誰かに聞いてみるのが早いかな。聞いたら答えてくれるのかはわからないけれど。

 扉をくぐり、来た道を引き返す。

 今まで会ってきたメドリ達は相変わらずそこにいて、変わる様子もなく、色々な感情を私へとむける。けれど、その瞳はどこか私を見ているようには見えない。ずっとそう。最初からだれも私を見ている感じがしない。

 私の中の何かを、見ている感じがする。


 最初に目覚めた場所には、小さなメドリがいて、彼女に黒い繭の場所を問う。

 返ってきた答えは予想と違っていた。


「黒い繭の場所? もう気づいてるでしょ? でも入らないで」


 もう気づいてる?

 私はもう、その場所に行ったことがあるってこと?

 じゃあやっぱり、あの扉の先のどこか? いや、小さなメドリは私が扉の先に行ったことは知らないはずだし……


「気づいてないよ……あの、教えてくれないかな?」

「できない。けれどもう見たことがあるよ」

「あの扉の先にあるの?」

「そうかもね。扉の先もこっちも空間としてはそう変わらない。ただ表裏なだけだけだから」


 見たことがある。表裏。気づいてる。黒い……黒いところ。


「あ」


 あった。黒いところは、いつもそこにあった。

 あの時に気づくべきだった。

 そして、ここと扉の先が表裏一体なら、ここにも。


「ありがとう!」


 小さなメドリに礼を言うと、私は下へと歩いていく。

 上に歩けるなら、下にだって歩ける。当然のことなのに、私はずっと、この小さなメドリのいる場所が地面、一番下だって思い込んでいた。


 黒い繭は下にある。

 扉の先の透明なメドリを介してみたあの光景、下は黒く、上は白い。

 きっと、あの黒がそうなんだ。

 あれならずっと見えていた。ただ色がついていないからわからなかっただけで。


 一歩、また一歩と足を進める。

 どこまで下がればいいのかはわからなかったけれど、とにかく下に。

 するとある瞬間に、視界が一気に暗くなる。


 次に私の目が光をとらえたとき、景色は想像してたものとは大きく事なっていた。

 黒い繭の大きさからして、中も大きいのかと思っていたけれど、そんなことはなくて、中は異様に小さく、部屋一つ分ぐらい。一面黒い場所の真ん中にメドリがうずくまって、足を抱えて、髪で視線を隠して、存在していた。


 このメドリが、黒い繭の中にいるメドリ。

 見た目は一番見慣れた、私の良く知るメドリ。少し髪が長いような気がするけれど、肉体の損傷はなさそう。そして、彼女で最後。一目見たときに分かった。今いるメドリはこれで全員会ったことになる。


 急にこの場所に現れた私に気づいているのか、気づいていないのか、こちらに視線を向けようとはしてくれない。けれど、ここまで近づけたのなら、近づけない系のメドリではないと思う。

 

 今。今この瞬間に、この空間で一番大切なことが待っている。

 今まで見てきたメドリ達は全員、どこか感じたことのある雰囲気を持っていた。きっと私が会ったことのあるメドリ達。その時はメドリの要素としてでしかなかっただろうけれど、この空間じゃなくて、現実で会ったことのある人たちだった。

 けれど、この子は違う。この子はきっと一度も会ったことのない。メドリの中で一番深い底にあるメドリ。


 今までのことは結局ここに来るためのものでしかない。

 彼女との対話が、私たちの望みの形を、成れ果てを決める。

 別に今までのことが重要じゃないわけじゃない。けれど、彼女がこのメドリ達の中で一番知らない。私がここで与えた影響がどれぐらいメドリ自身に影響を与えるのかわからないけれど、もしそうなれるなら、私のすべてを。

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