第144話 とびらの
次に会ったメドリは腹に穴が開いていた。
穴の中は真っ暗で、何も見えない。それは穴というよりは黒塗りされているようにも見えたけれど、小さなメドリは穴だと言った。
「お、お、おまえもももも、てててきき……!」
「落ち着きなよ」
穴の開いたメドリは私を見るや否や敵意むき出して恐ろしい目を私に向ける。
つかみかかろうとする手を止めたのは、鎌を持つメドリ。鎌を持たないほうの手だけで、穴の開いたメドリの両手首をつかみ押さえつける。彼女も案内についてきてくれるみたい。
「はなななしてて……!」
「それはちょっとできないかな」
穴を開いたメドリは捕まれた手を振りほどこうとするけれど、鎌を持つメドリの力は強く、腕を動かしただけになる。
そのまま、片手で腕を捻じ曲げた。
「ぃっ……!」
穴の開いたメドリは声にならない悲鳴を上げてその場にうずくまる。
それを起こしたメドリは何事もない様子で踵を返し、歩みを再開する。
「え、ちょ、ちょっと!」
私は見てられずにうずくまるメドリに駆けよる。
「大丈夫?」
そう尋ねるも、彼女の目には敵意しかなく、私をただ唸り声とともに睨めつけるだけだった。
そんな目をされたら、私も下がるしかない。もし治せるなら治してあげたいけれど……ここには回復魔動機もなければ、魔力もない。
「……ごめんね」
一言、謝罪を口にしてもう大分先へと進んだ二人のメドリを負う。
メドリがメドリを傷つけた。
最初に敵意を向けたのは穴の開いたメドリだったかもしれないけれど、自分で自分を傷つけている。でも……これはよくある行為なのかもしれない。ここがメドリの心の空間だとするなら、彼女はよく自分を責めてしまう人だから。
次に出会ったのは、両脚のないメドリだった。
彼女は私たちのことを、憐みのこもった目で眺めて、下の方に腰掛けていた。
もちろん下といっても、今いる場所から下というだけなんだけれど。
彼女は一体どういうメドリなんだろう。
今までのメドリも、すべてメドリだということなら、それぞれがメドリの何かではあるはず。それを知れれば、さらにメドリを知ることができる。
けれど、今まで見たメドリがどういうメドリなのかはわからない。
一番わかりやすかったのは、さっきの穴の開いたメドリだけれど、それでも私に敵意を向けていることしかわからない。
「その、あなたはどんなメドリなの? あなたたちも」
私は両脚のないメドリに問う。
同時に小さなメドリと鎌を持つメドリにも。
沈黙があたりを包む。
それを破ったのは両脚のないメドリの声。
「……私にそんなことわかるわけないだろう? あんたはわかっているのかもしれないけれど、私はわかってないぜ」
それに同調するように、小さなメドリと鎌を持つメドリも頷く。
きっとその答えはどのメドリに聞いても同じ答えが返ってくるのだろう。そんな感じがした。なんとなく、メドリが言いそうなことだと思ったからかもしれないけれど。
「あんたは、何しに移動してるんだ?」
「今はここを案内してる」
「ふーん……よくもまぁそんな無駄なことを」
無駄なこと、なのだろうか。
彼女の声は同情の感情が色濃く、本気でそれを言ってるのが分かる。そう言われた小さなメドリも特に反応を示すことはない。まるでそう言われるのがわかっていたみたい。
「その、私としてはここにいるメドリ全員に会いたいんだけれど……」
私としてはこの空間から出ることもそうだけれど、それと同じぐらいすべてのメドリに会いたいとそう思い始めている。メドリのことをすべて知りたいなら、それぐらいのことはしたい。
「どちらにせよ、全部無駄さ。なにをしたって、なにを思ったって世界は変わらない。変えられない。そんな無駄なことはやめて、おとなしくしておくのが吉だぜ」
「そうかな……」
「そうさ。でも、全員のメドリに会いたいなら一つ言っておくことがある。黒い繭には入るな」
両脚のないメドリは言いたいことを言った後に、助言をこぼす。
けれど、その意味は私にはわからない。
「でも……その中にメドリがいるなら……」
「黒い繭には入らないほうがいい」
「そうだよー、そこは行っちゃいけない」
私の意思は小さなメドリと鎌を持つメドリにも否定を返される。
そこはそんなに恐ろしいところなのかな。けれど、それでも、メドリがいるなら私は会いたい。会ってもっとメドリのことを知りたい。
そのあともいろいろなメドリと出会った。
顔のないメドリ。手足と体が離れているメドリ。燃え盛るメドリ。目が黒いメドリ。輪が周囲に浮かぶメドリ。立ったまま呼吸すらしないメドリ。ずっとうつぶせのメドリ。仮面を付けたメドリ。手足に手錠がかかったメドリ。裸のメドリ。寝ているメドリ。自傷するメドリ。
いろいろなメドリがいた。
その中には明るいメドリも、暗いメドリもいた。けれど、多くのメドリは多くを語らない。あまり私とは話してくれない。
けれど、話してくれた時は、メドリのことをもっと知れたようでうれしかった。
目が黒いメドリは、何も見たくないけれど、すべてが見えると言った。
輪が周囲に浮かぶメドリは、みんなを幸せにしたいといった。
裸のメドリは、その、かなり恥ずかしいことを連呼していた。
そのすべてが私の大切な記憶となっている。
「ここが最後。これ以上は行きたくない」
「これは……?」
そこには扉があった。
扉は小さく、押せば簡単に開きそうに見える。
「この先は封じられた私がいる」
「鍵がかかってるからいけないけどねー」
「そうなんだ……」
それなら是非入ってみたい。
彼女のすべてを知りたい。
メドリはそれを望まないかもしれないけれど……そんな些細なことを考えるのはもうやめた。今はただ私の願いを果たすだけ。
「案内はここまで。それじゃあ」
「ばいばーい」
そう言って小さなメドリと鎌を持つメドリは去っていった。
あの2人にはとても助けられた。
特に小さいメドリがいなければ私は何もできなかった。結局状況はほとんど何も変わってないけれど、今できることはメドリを知ることだけだから。でも、それさえできるならここから出る必要はないのかもしれない。
そう思ってすぐに思い直す。
ここにいるメドリ達はメドリの一要素なのかもしれないけれど、結局メドリじゃない。私が真に理解したいメドリはやっぱり現実のメドリ。ずっと一緒にいてくれた彼女でなきゃ。
「よし」
心に整理をつけて、扉に手をかける。
けれど、簡単に開きそうに見えた扉は鍵がかかっていて、開くことはない。
これじゃあ入れない。そう思った時、私の手には鍵があった。まるで最初から私が持っていたかのように自然に。
私はそれを自分でも驚くくらい自然に鍵穴に差し込み、扉を開く。もうなんども、同じことをしてきたかのような感じがした。ここに来たのは初めてなのに。
意を決して扉をくぐる。けれど、そこには思ったよりも普通の光景が広がっていた。普通のと言っても、この空間にとっての普通だけれど。
もうかなり慣れた色のない世界。
色がついているのは私と、メドリだけ。
その時、後ろから何かが動く音が聞こえた。
「ぇ」
そうして振り向いたとき、そこには黒く染まり切った巨大な粘液の塊のようなものが存在していた。
一瞬敵かとおもったけれど、それはありえないはず。ここにいて、色のあるものであるならそれは、メドリなはず。そう思うと、この塊もとても美しいものに見えてくる。
そのまま黒い粘液は、私の頭上の空間を這いずり、通り抜ける。
ここになら、彼女たちの言っていた黒い繭もあるかもしれない。
そうすればもう少し、メドリのことが知れる。
そう思って黒い粘液の後を追いかけた。
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