第143話 しんぱん
「大丈夫?」
声が聞こえて、目を開ける。
そこにはメドリがいて私を見つめていた。
白い服を着て、長い紫髪を持っている。
けれど、その姿はとても幼い。私の記憶でもかなり昔の……
「立てる?」
「う、うん……」
状況を飲み込めず、出された手をそのまま取る。
彼女の目にはさっき私の首に触れていた時のような必死さや焦りはない。ただ穏やかに見ている。けれど、私を捉えているようには見えない。まるで建物を見ている時のような……
「え?」
周囲を見渡して、思わず疑問の声が漏れる。
周りは灰色一色の場所だった。明らかに今までいた場所じゃない。色を持つのはメドリだけ。
その小さなメドリも、魔力を感じない。私の目が何も捉えない。辺りからも、何も感じない。ここには魔力がない。
魔力が完全にない。そんな環境で人が生きていけるのは知らないけれど、とりあえず苦しくはない。
ふと気づく。
苦しくない。そう、苦しくない。
いつもの魔力による苦しみがない。
私の体内からも魔力が消えている。
「なに、これ」
傷ついていたはずの左手も、血の涙を流していた右目も、どちらも治っている。いったい何が……
もしかして死んで魔界に来てしまったのかもしれない。いやでも、意識があるってことは死んでないのかな……? いやでも魔界って意識を持っていくんだっけ……
「ここは……どこ?」
「さぁ? わからない。私が今どこにいるかなんて、私にはわからない」
混乱する私をよそに小さなメドリは言葉を続ける。
無機質に、感情の弱い音と共に。
やっぱり、なんだか……
「けれどわかっていることもある。ここは行き場の失った私の、私たちの場所」
私たち?
周りには誰もいない。他にも誰かいるのかな……
「……それもあなたが来たから変わってしまったけれど」
「そう、なんだ」
彼女とどうやって、何を会話していいのかわからない。
まず彼女はメドリなのか……正直あまりそうは感じない。姿形は昔のメドリにそっくりだけれど、魔力が感じれないからメドリと話してる感じはあまりしない。逆に言えば、少しはメドリのような感覚もある。
だからどういう心で話せばいいのかわからない。
メドリには教えて欲しいことがたくさんあるけれど、それを彼女に聞いて答えが返ってくるとは思えないし……
「どうやってここに来たの?」
「私は最初からここにいたよ。最初がどこかと聞かれても困るけれど……あなたはこれからどうするの?」
「どう……」
私のしたいこと。
それはさっき解が出た。
メドリのことを知る。
いろんな難しいことを考えていたけれど、全部私には過ぎた悩みで、きっと考えたって仕方がない。私がどう思っているかなんてのはどうでもよくて、結局私は、彼女のことさえ知れればいい。
いろいろなメドリを知りたい。
嬉しそうなメドリも、楽しそうなメドリも、悲しんでいるメドリも、怒っているメドリも。
もちろん、メドリが楽しくて嬉しい方が私も嬉しいけれど、他のメドリも大切なメドリであることに変わりはない。さっきの怒ったメドリを見せてくれたのは、嬉しかった。
彼女が怒ったところをあんまり見たことがない。
いつも私を励ましいてくれて、優しくしてくれた。
でも、そんなメドリが私に怒って、私を殺そうとしてくれるなんて。
とても嬉しかった……けれど、あんな顔は私以外には見せないでほしい。あれを見れるのは私だけ。私以外の人がメドリにあんな顔をさせたら、私はその人を許せない。
酷く自分勝手だけれど、これが私の気持ち。今も昔もそれだけだった、はずだから。色々なものが、余計なものが多すぎたんだ。今も昔も、私はそれだけでいい。
「私は、ここからでたい……メドリのところに行きたい」
「……? もう来てるよ?」
「え? いや、その……」
何を言っているのかわからない様子の小さなメドリに対して、どうやって説明するべきか悩む。彼女にしてみれば、自分がメドリなのかもしれないけれど……私にとっては違う。
「……もしかして、わかってないの?」
「な、なにが?」
「私は、私だよ。私の一部で、私のすべて、そして私ではないもの」
「えっと……?」
次に疑問の声を上げるのは私の番だった。
小さなメドリが何言っているのか、私には理解ができなかった。
「少し、案内してあげる」
そういって小さな背を向け歩き出す。
ちょっと待ってと言うよりも早く、彼女は足を止め言葉を付け加える。
「あと、ここから出られるのかはわからない。そんなこと考えたこともないから」
そういうとこちらを待つことなく歩みを再開させる。
ついていくか、一瞬悩んだけれど、今は彼女以外に手がかりもない。
それに……なんだか少し、メドリのような感じがする。彼女はメドリじゃない、それは見たときからわかってた。
でも他人でもない。もし他人なら、その瞬間殴りかかっていたかもしれない。他人がメドリを騙るなんて行為は許せない。けれど、彼女には不思議と怒りも何もわいてこなかった。
何も感じない灰色の空間を歩く。地面や空といった感覚もなくて、けれど何故か歩みを進めることはできる。この灰色の空間でどこに行こうというのか。その答えは意外とすぐに表れた。
灰色の空間では色のあるものは目立つ。
特にそれがいつも求めていた紫髪となれば尚更。
「メドリ……?」
そこには、空中に腰掛けるメドリがいた。
まだ遠めだけれど、明らかに今より高いところに座っている。何もないのに。
どうやって行くのだろう。そう思った時、小さなメドリが空中を歩き始めた。
「どうやって……!?」
「ここでは地面や床はあなたが決められる。あなたの足を踏み出す場所が歩く場所」
それだけ呟いて、彼女はさらに上へと歩いていく。
彼女の言いたいことはつまり自分の歩きたいところに地面が出現するということ。そんなことがあり得るのかわからないけれど、やってみるしかない。
恐る恐る一歩を踏み出す。
その一歩は空中で止まる。今までの地面より高いところで。
そのまま、一歩ずつ確実に高度を上げていく。
上がった先にはさっき遠目で見たメドリがいた。今度は小さくはない。今と同じくらいに見える。
彼女はずっと座りっぱなしで、どこか遠くを見ているよう。私たちの方へは少しも意識を向けてはくれない。
「……ぇ」
そして彼女には両腕がなかった。
心配になるけれど、彼女も、小さなメドリも気に留める様子はない。
「これも私。私とは違うけれど、確かに私ではある」
「もしかして……」
「次に行きましょう」
生まれた疑問を吐き出すよりも早く、小さなメドリが声を上げる。
私たちが目の前を通っても、両腕のないメドリは無反応で、ただ虚ろな視線を虚空へとむけるだけだった。
私の中で生まれた疑問は、次の邂逅で答えが示されることになる。
「これも私」
「これとは酷いな~、これでも私なのにさ」
次に現れたのは大きな鎌を持ち、白い服を着て、紫髪を持つメドリだった。
大きな鎌を持つメドリは、いつものメドリよりも明るい。
「なんだか……元気だね」
「うん。それが私だからね。私のそういうところの私だから」
「やっぱり」
やっぱりそう。
ここには色々なメドリがいる。そして、きっとそのすべてがメドリ。
私がさっきから感じているこの感覚……彼女たちがメドリとは違うけれど、メドリっぽく感じる理由。それは彼女たちがメドリの一部だから。
だからつまりはここは、いうなればメドリの心の中。
そこに私はいる。
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