第138話 こんだく
その場所への、強力な魔力の発生した正確な場所はわからなかったけれど、向きはわかる。その向きへと歩みを紡ぐ。
あれは絶対にメドリの魔力と同じ流れだった。同じ魔力パターンだった。
きっとほかのだれも気付かない。明日になったら忘れてるぐらい一瞬だったけれど、私にはわかる。私だけがメドリの魔力を覚えてる。
問題は現状の装備じゃ、そう遠くに行くのはきっと難しいということ。
もともと、私が万全の状態でも踏破することはかなわない可能性が高い道なのに、今の私は魔法が使えない。武器は魔導剣だけ。弱い魔物ならともかく強力な魔物相手では何とも心もとない。
食料や水はそれなりに持ってきたけれど、いろいろ考えると5日もここにいることは難しいかもしれない。それまでに魔力発生地点まで行けたらいいけど……それにその場所まで行っても、同じ場所にメドリがいるかはわからない。捜索用の道具は持ってきたとはいえ、あまりに離れていると見つけられないかもしれない。
ともかく、なるべく消耗避けて早く移動するしかない。
メドリが生きている。その事実だけで恐怖を乗り越えられる。
もうすぐ会えるかもしれない。早く会いたい。
でも、やっぱり少し怖い。
とても怖い。
メドリは今まで私のすべてで。
メドリが私の世界の根幹にあるもので。
メドリと会って、今の私をメドリは許してくれるのか。
彼女と会えば、私はまた迷わずにいれるのか。
また心が変になることもなく、彼女のそばにいることだけが正しいと信じ切れるようになるのか。
……私は、今まで彼女にどんな感情を向けてきたのか。
そんな今までの疑問が、メドリに会えばなくなる。
解決するかはわからない。けど、彼女はきっと答えてくれる。
でもそれで、メドリが私を嫌っているという答えが出たら。メドリが私を必要ないと言ったら。
「ぅう」
首を振って、いやな方向に進みだした思考を断ち切る。
これ以上考えちゃいけない。
これ以上思考しちゃいけない。
私の今考えるべきことはメドリに会うことだけでいい。
そのために道を歩くことだけで。
ともかく私が事切れるまで私は歩き続けることしかできない。
会えば私の、私のすべてが決まる。怖いけれど、会わないという選択肢はない。
今の私にはそれ以上考える気力も体力も何もない。
少しづつ確実に歩みを進める。
幸い見渡しは悪くなく、周りに魔物の姿も見えない。
かなり寒いけれど、そこまで歩みを進めるのに影響はない。
夜になるまでにはなるべく足を進めておかないと。
「……っ」
息をのむ。
小さな音がどこからか聞こえた。
私の出す音じゃない。
耳を澄ます。
周囲を見渡す。
……いた。茂みの中から少しはみ出た角を見つける。
いつのまにあんな近くまで……きっと隠れてここまで近づいてきたんだろう。
そして狙いはきっと私。
よくよく考えてみればこんな見晴らしのいい場所に立ってどこにも魔物が見えないなんてことがあるわけない。きっとここはあの魔物を狩場。何も知らずに迷い込んだ者を奇襲して喰らう。
でも、先んじて気づけたのはよかった。逆に私が不意を突ける。
問題は不意を突いたところで勝てるのか。
「ふぅ……」
息を吐いて、荒ぶる魔力を抑える。
やるしかない。きっと逃げることは叶わない。ここでやるしか。
ゆっくりと何も気づいていないように歩みを再開する。けれど、私の手は魔導剣の柄にかかりいつでも刃をてんかいできるようにしながら。
もっと近づかないと剣は当たらない。今の私じゃ。
もう少し。もう少しだけ……
その瞬間、視界の端で何かが動く。
それが何かを確認すよりも早く、衝撃が私を襲い、視界が回転する。
さらにもう一度衝撃が走り、そこで自分が吹き飛ばされたことを理解する。
「ぐ、ぁ……何……?」
急いで回復魔動機を起動しながら、視線を回す。
そこには角の生えた四足歩行の魔物が私をにらんでいた。
その角はさっき私が注視してみていたものとよく似ている。でも、私が見ていた茂みは確実に変化がなかった。つまり。
「にひきめ……!?」
気づかなかった。一匹見つけて、その一匹だけだろうと高をくくっていた。
身体が熱い。いや、腹? 痛い。
血が。でている。まずい。
追撃が来る。
一瞬の判断だった。
その時私は迷わず、私の中を荒ぶる魔力に触れ、魔法を発動した。
なぜ発動できたのだろうと疑問に思う暇もなく、魔物の攻撃が来る。
跳躍して気づく。自分の魔法の弱さに。
けどそんなことは考えてる場合じゃない。
考えてる暇もなく、魔物の二手目の攻撃が来る。
空中で最大限身をひねり、視界を広げ、もう一匹のいた場所を確認するが、すでにそこに魔物の陰はない。すでに場所を移している。
それでも今は目下の魔物の対処に意識を割かざる負えない。
おそらく着地した隙をねらってくる。
でもそれなら、私にもやりようがある。
着地と同時に足に力を籠め、再度跳躍する。今度は、向かってくる魔物のほうに。
これなら衝突のタイミングをずらして、虚をつける。
流れ際に放った一撃はしっかりと魔物の頭を二等分することに成功する。
「はぁ……はぁ……これであとは」
もう一匹。
どこにいるかはわからない。
早く決着をつけないといけないのに。
私の魔法はもう長くない。
自分でわかる。
身体の疲労感もそうだし、何より全身を駆け巡る魔力がもう悲鳴を上げている。
今にも座り込んで、泣き喚きたい。
でもまだ。もう少し。
「っ!」
一瞬の交錯だった。
いつの間に近づいていたのだろう。瞬きの隙に、魔物の死体が動いたかと思えば、もう一匹の魔物が懐に飛び込んでくる。
角が刺さり、左肩に強烈な痛みが走る。
まさか死体の陰に隠れてくるなんて。
「ぶぉぅおお!」
痛烈な鳴き声を上げ、とどめを刺そうと動き出す魔物に急いで剣を振り下ろす。
私の有り余る魔力で強化された一撃は魔物の命を刈り取るには十分だったようで、それ以降魔物が動き出すことはなかった。
そして私の魔法も切れる。
「ぅぇ、ぁあっ!」
いろいろ考えなくちゃいけないことも、しなくちゃいけないこともある。
けれど、その瞬間、思考がはじけ飛んでいた。
何も考えられない。
腹からあふれ出る血も。
左肩を貫通し、首に迫りそうな傷が生み出す痛みも。
私を現実に引き留めるほどの力はない。
何も考えたくない。
すべてが苦しい。
頭が?
身体が?
魔力が?
苦しい。
しんどい。
気持ち悪い。
喚いている。
いろんな雑音が聞こえる。
何も聞こえないのに。
「か、かか、かいふぅ……!」
冷静になろうとするけれど、うまくはいかない。
なろうとしているのかも、自分がどこにいるのかもよくわからない。
何を考えているの。
一体、何。
私は。
何。
「めど、り」
震えた手を抑えて、一瞬戻った思考とともにありったけの鎮静剤を足に差し込む。
それでもすぐに私の意識は混濁の中に吞まれていく。
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