第137話 ここまで

 1週間ほどかけて街全域をくまなく調べたけれど、メドリが見つかることはなかった。予想通りといえばそうなのだけれど、落胆をしないわけじゃない。

 それにこれ以上は。


「もう……」


 これは私の中で決めていたこと。

 それを2人に話さないといけない。

 きっとイチちゃんとナナちゃんは反対するだろうけど……なんとか説得しないと。


「2人とも、少しいいかな?」

「うん! 何?」


 部屋の中で仲良く話す2人に声をかけると、イチちゃんはいつものように冷静に、ナナちゃんは元気が溢れる笑顔で私をみる。

 2人はきっと私が今から言うことを想像していないと思うと、少し言うのを躊躇う。けれど昨日考えて結論を出したはず。私の冷静になりきれてない安定しない思考で。


「私はこれから竜の縄張りに行って、はぐれ都市に行く」

「わかった! じゃあ私達も、」


 当たり前のようにナナちゃんは一緒に来ると行ってくれる。だけど、それじゃだめ。だから私は言わなくちゃいけない。


「ううん。2人は来ないで」


 ナナちゃんの表情が驚きに染まる。

 イチちゃんはあまり変わらない。きっと予想していたことなのだろう。


「え……なんで!?」

「これから先は、」

「危険だから、でしょう?」


 私の言葉を引き継いだイチちゃんの言葉に頷く。


「そんなの今までだって……!」

「違う。違うよ。これより先には、何もないから」

 

 これ以上先にあるのは、竜の縄張りを抜けた先にあるはぐれ都市だけ。そこに行くには徒歩で竜の縄張りを抜けなくちゃいけない。

 街道らしきものがないわけじゃないけれど、そんなものは気休めにすぎない。本当に次の都市に行こうとするならタイミングと知識と運、その全てが必要になる。そして私にはそのすべてがない。ないけれど、もうそこにしか行くところはないし、立ち止まることもできない。


「私のことなのに2人ともたくさん助けてくれたよね。すごい助かった……ううん、助かってる」

「だったら!」

「でも、これ以上は本当にだめ。これより先に進んだらきっと、私は死んじゃうと思う。それは2人の助けがあっても」


 これはほぼ確実だと言える。

 魔法もほとんど使えない。

 薬漬けの病人を背負っていけるほど、この先は甘くない。


「その時、2人がきていたらきっと2人とも道連れにしちゃう。それは嫌だから」

「死んじゃうだなんて、そんなのやだよ!」


 ナナちゃんの泣きそうな叫び声が部屋の中で響く。

 その声でも私の心は止められない。私はもう考えれない。私はもう進み続けるしかなくて、進み続けるということは死地へ向かうということでもある。


「2人を助けたのは、私が助けて一緒に死んで欲しかったからじゃないよ。もう十分。これから先はもう、私1人で」

「なんで!? みんなで生きて帰ってきたらそれで……」


 本当にそれができればよかった。

 メドリを迎えに行ってみんなで家に帰る。それからのことはそのあと考えれば良い。みんなで家に帰りさえすればきっとどうにでもなる。


 けれど、私は、私にはきっともうそれはできない。

 メドリへの気持ちがわからなくなり始めた私にはもう。

 きっと今、メドリが目の前に現れて家に帰っても前と同じようにはいかない。メドリと話すことが、会うことが必要で、それ次第ではもう全てが終わるかもしれない。


「……死ぬ気なの?」


 イチちゃんが聞いてきたのはそれだけだった。

 そう問われるとまだわからない。死にたいとか、死にたくないとかそういうのより先にメドリと会わないといけないという思いが先行している。メドリに会うために行動しないと私はもう、多分完全に自我が保てなくなる。


「まだわからない、かな」

「そう。ナナ、もうここまでだよ」

「なんで? なんでよ。イっちゃんは助けたくないの?」

「……私も、お姉ちゃん達をできる限り助けたいとは思ってる。でもそれはできる限り。これ以上はもう、難しい。これより先にナナが行くっていうなら、私が止める」


 イチちゃんは覚悟のこもった声でそう語る。

 それにナナちゃんはあっけにとられたような表情を見せる。


「でもでも、だって」

「今でもお姉ちゃん達のことは恩人だと思ってるし、大好きです。でも私には大切にしたいものの優先順位があります」

「うん。わかってるよ。それでいいから。大丈夫」


 イチちゃんがそう言ってくれてとても助かった。

 きっと私ひとりじゃ、ナナちゃんを説得することはかなわなかっただろうから。


「ナナちゃん。ごめんね」

「そんなこと言わないで……言わないでよ……!」


 どんどんナナちゃんの声が泣きそうになっていく。

 そんなつもりじゃなかったのに、申し訳なさが募る。


「今まで2人ともありがとう。それじゃあ、ね」

「うん……ありがとう」


 ナナちゃんはすすり泣いてしまって何も話せない。

 それでも私はこうしたほうがよいと信じてる。私は結局2人にほとんど何もできなかったけれど、2人が私と一緒に死ぬことだけは違うと思うから。




 明朝に私はひっそりと準備をし、外に出る。

 2人もエスさんもおいて1人で、町の外へと向かう。

 エスさんには2人の護衛を任せた。エスさんはあまり乗り気ではなかったけれど、それでも頼み込めば納得してくれた。


 最悪でも死ぬのは私1人でいいように。

 私のわがままについてきて死ぬのは、よくない気がする。


 久しぶりに1人な気がする。

 また胸のざわめきがひどい。

 少し懐かしさを覚えるけれど、思い出したくもない記憶でしかない。


「お姉ちゃん!」


 嫌な感傷に浸っていると、後ろから声が聞こえた。


「またね!」


 後ろを振り向ければそこにはナナちゃんが手を振っていた。

 きっと昨日はずっと泣いてたのだろう。目元は赤く腫れている。

 でも笑顔で手を振っていた。

 またねとそういって、私との、私たちとの再会を待っていると言って。


 きっとそうはならない。

 そうはならないとわかっているけれど。

 私は手を振り返す。


 そうすれば隣にいたイチちゃんも手を振って。

 手を振って、私はまた歩き出す。

 背を向けて、歩き出す。

 これ以上みていると、ありもしない希望にすがってしまいそうだから。


 道を歩き、中心街の外に出て、外壁の外へと向かう。

 外壁の整備はほとんどされてなくて、警備の目もなく、すんなりと通り抜ける。

 そこはもう竜の領域。ここからがとても危険な場所。なるべく早くいかないといけない。


 それなのに私は足を止めていた。

 涙が止まらない。

 本当にどれだけよかっただろう。

 私とメドリと、イチちゃんとナナちゃんのみんなで過ごす。何の憂いもなく、ただ一緒にいられればいい。それだけの願望とともに過ごせたら。


 でもきっと私にはもうできない。

 私の願望の形が見えなくなった私には。メドリへの感情が見えなくなった私にはもう、できないこと。


 その時だった。

 私がそううずくまっていた時。

 それは起きた。


「な、なに?」


 強力な魔力の流れが暴れだす。

 大気も地面もすべての魔力がそれに反応している。

 すべてがゆがんでいるよう。


 けれどそれはすぐに収まる。

 まるで何事もなかったかのように。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 でもあれは、あの魔力の流れは。


 私が何度も求めた。

 私のそばにずっといてくれた。

 メドリの魔力の流れ。


 その瞬間、私の行き先は変わった。

 もう今にも吐きそうな気持ちをこらえ、一歩を踏み出す。

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