第136話 ふめいな

 夢の中にいるような日々が過ぎてく。

 メドリにはいまだに会えなくて。

 イチちゃんとナナちゃんがいてくれたけれど、心の孤独は埋まる気配は見せなくて。


 でも……まだメドリに会うべきなのか迷っている。

 そして、毎回合わないと何もわからないという結論を出している。

 私の心がわからないまま。メドリの心も。

 私は……本当にメドリを幸せにしたいと思っているのかな……ずっとわからない。私はもしかしたら、メドリと幸せになりたいんじゃないのかな。メドリを利用して幸せになりたいだけなんじゃないのかな。


 そんなの……そんなのでいいの?

 そんなのじゃだめなはず……そんなのじゃ愛とは言えない。

 でもだからと言って、どんなものが愛なのか私にはわからない。


 メドリを愛してはいない。依存しているだけ。


 あの時、セルシアさんに言われた言葉よみがえる。

 今でもずっと考える。

 でも、なにもわからなくて。


 愛とか、依存とか、関係性とか、心とか。

 もう全部わからなくて、なにもわからなくなって心がくらくらしてくる。

 全部投げ出したくなる。

 そのたびに鎮静剤を腕に刺す。


 一度なくしてしまった腕に。

 あの時……魔物に奇襲を受けたときに回復魔法がなかったらとおもうとぞっとする。あの魔物は、魔物の王の影響なのか強くて、何とか倒せたけれど、私も重傷だった。

 魔物の王が再出現したときに何か大切なものをなくした気がするけれど……


 私はそれすら思い出せなくなってしまっている。

 こんな私で、本当に……


「イっちゃん 見て! すごい!」

「わぁ……」

「お姉ちゃんも!」

「……ん? うん、今行くよ」


 ぼぉっとしていた心が、2人の声で少し戻ってくる。

 夢の霧が切れることはないけれど、現実が少し眼前に迫る。


 そこには眩い虹色の光があって、移動のために乗っていた魔車がトンネルから抜けていたことを知り、その虹色の光が魔力壁の色であることを理解する。もうこんな近くまで来たと思いつつ、ここに来るまでにすごい時間がかかったとも思う。


 近くでみる魔力壁は恐ろしいほどの存在感を放っている。

 確かに2人がはしゃぐのもわかる気がする。

 なんというか、神秘的な圧倒感というものを感じる。

 けど、それも今の私には心をざわつかさせる要因でしかない。


「このままあの壁を抜けるんだよね?」

「そう。でも、ほんとに抜けれるの……」

「大丈夫だよ! たしか、なんとか防壁? みたいなのがあるって言ってたし!」


 少し不安そうなイチちゃんにナナちゃんが励ます。用語はうろ覚えだけれど、それでもイチちゃんは元気が戻ってように見える。

 きっと大切な人が大丈夫と言っているなら、大丈夫だと思えるのだろう。私も、確かそうだった気がする。メドリが大丈夫って言ってくれたら、私も大丈夫だと思えた気がする。


 この2人なら、どんな困難も2人で支えあっていける気がする。

 きっとそうなる。


 私たちは、どうなるかわからないけれど。


「オーパーツによる魔力防壁ですよ」

「そう、それ!」


 エスさんがナナちゃんの言葉を補足する。

 そんな3人の楽しそうな会話は、今の私には少ししんどくて、鎮静剤を使い、目を閉じる。


 鎮静剤の使用量を数えなくなったのはいつからだろう。

 もう貯金もだいぶん使ってしまった気がする。

 小さなことで心が揺れ動いてしまう。不快感と虚無感が身体を支配して、暴れだしそうになってしまう。


 メドリと約束をしたはずなのに。

 鎮静剤はなるべく使わないほうがいいって。

 もう完全に手放せなくなってしまっている。




 目を開けると、そこは魔力壁を越えた先だった。

 そこには大きな街があって、さらに向こう側には、雪の積もる台地が広がっている。


 今から行くのがあの街だけれど、事前情報だとあまりいい話は聞かない。

 駅周辺や、町の中心部は魔力壁を越えてきていたり、お金持ちが多かったりして治安はよいみたいだけれど、そこから少し離れると、あまり法の効力が強くない場所になるみたい。


 けれど、私はそこを越えて、メドリのところに行かないといけない。

 未だに正確な位置はわかっってないけれど……


「何があるんだろ……楽しみ!」

「ナナ……はしゃぎすぎ。何のために来てるかわかってるの?」

「イっちゃんは楽しみじゃないの?」

「楽しみじゃないといえば……噓になるけど……でも」

「いいよ。2人とも。大丈夫」


 まだ反論しようとするイチちゃんに私が口を挟む。

 イチちゃんの言うこととは、メドリの捜索のことだと思う。もしかしたら、この街にメドリがいるかもしれない。そういうことを言っているのだと思う。


 でも別に私は2人に楽しんでほしくないわけじゃない。

 私に無理してついてきてもらってるのだし、そんなこと言えない。それに2人にはずっと笑顔でいてほしい。


「メドリは私が探すから。2人は楽しんでおいで」

「それはだめだよ! 危ないし、それに一緒に探したいから!」

「街中だから大丈夫……ってわけじゃないけれど、なんとかするよ。だから……」

「だめ。私たちがお姉ちゃん達を助けたいの。だから」

「……それなら、ありがとう。私はずっと2人に頼りっぱなしだね」


 もう何度も同じような会話をした気がする。

 毎回2人の強い意見に流されてばかりで、助けられてばかり。

 私は、何もできていない。


「いいの。お姉ちゃん達が、私たちを助けてくれたから」

「その恩返し!」


 2人はそう言ってくれるけれど、私は何もできていない。

 あの時は確かに2人を助けたのかもしれないけれど、あんなの大したことじゃない。彼女たちが恩を感じる必要なんてないのに。


 魔車が駅着き、私達は外に出る。

 街の空気は暗く、濁っている。

 少し気持ち悪いけれど、眩しいよりは全然ましだと思う。


 無駄に白い街中を進んで、宿へと向かう。

 中心街だから高いのかと思っていたけれど、思ったほどではなかった。……いや、きっと高いのだろう。この街の人にとっては。

 宿に荷物を置いて、すぐに外に出る。


 今日の目標はこの街の探索。

 この街にメドリがいるなら、それが1番良い。


 今にも倒れそうな身体に鞭を打ち、街の中を歩く。

 白い街は街の中心部から離れるにつれ、少しずつ汚れ、埃を被っていく。路上の人の量も増えていく。路地に座り込む人の量も。


 視線が痛い。

 その視線がうるさくて、心がまたざわめき始める。

 

 けどきっと、これは仕方ないこと。

 ここにいるには私たちはあまりにも場違いすぎる。

 恐らく一目で中心街から来た者だとわかる。犯罪に巻き込まれそうで怖いけれど、進むしかない。メドリがいるかもしれないから。


 メドリを探すと言ったって私1人では探しきれない。

 目視で探すなんて明らかに見落としが出る。

 だからいつもエスさんが探してくれる。エスさんの探知機能によって、メドリの魔力パターンを判別して探す。ここでも私が役に立つことはない。


 こう見ると私は何もできていない。ただついてきているだけ。なら、やっぱりメドリにも何もできていなかったんじゃないかな。


 そんな思考ともに街を歩く。

 歩くとともに少しずつ空気が悪くなり、魔力が濁る。その度に鎮静剤を打って、暴れ出しそうな魔力を鎮める。


 結局何も起こることはなく、帰路に着く。今日もメドリには会えない。それが悲しい。悲しくて辛くてしんどい。

 けれどメドリと会う時のことを想像するたび、少し……少し怖くなる。


 もしかしたら私はもうメドリには受け入れてもらえないかもしれない。もう好きとは思ってくれないかもしれない。いや、きっとその可能性の方がずっと高い。

 その時に私は、私は正気でいられるのかな。いや、きっといられない。それが怖いけれど、きっとそれが私への罰だから。

 

 メドリの綺麗な心を汚してしまった私への罰だから、私はメドリに会わなくちゃいけない。どれだけ怖くても、それが私の罪だから。

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