第134話 あきらめ

 起きてその姿を見て私は何も思えなかった。

 何も思うことはなかった。


 目の前のものが、視界に写っているものが何か理解できない。

 視界からは巨大な身体と無数に生えた牙、大きな角に、こちらを睨む眼、どこまで続くか見えないぐらい長い尻尾。昔絵本で見た竜と似た姿が見える。

 けれど魔力を感じれない。そこに本来あるはずの強力な魔力反応が感じれない。だから何も思えなかった。ただの風景と捉えていた。


「っ!」


 その異常性を理解した時、私は咄嗟に魔導機を起動しようとした。

 私の魔力が杖型魔導機へと流れ込み、魔法領域の展開を開始する。したはずなのに。


「な……」


 魔法領域が感じ取れない。展開できなかった。

 魔法領域が展開できない時、そういう時は大抵別の魔法領域がすでに展開されている。この竜の展開している魔法領域によって私の魔法領域は抵抗すらできずに消えてしまった。


 どうしようもない。

 力が抜けて座り込み、竜を見上げる。

 遥か高みにある竜の目が私をとらえている。

 私も殺されてしまう。


 精一杯頑張った。頑張ったよね。私。

 ここで死んでしまっても、仕方ないよね。

 もう諦めても、許され、る。


 立って逃げるべきなのかもしれない。必死に走って活路を見出すべきなのかもしれない。でももう疲れた。疲れて、何もしたくない。

 やっと、終わり。

 昔の私のせいで始まったたびもやっと終わる。


 全部私のせい。

 たくさんの罪を生み出してきた。

 やっとこれまでの罪への罰がくる。終わらせてくれる。


 最後の罪は約束を守れなかったことになる。イニアともう一度会うって約束したのに、私はここで失敗してしまった。その罪の清算の仕方は知らない。

 けど仕方ない。竜と出会ってしまったから仕方ない。

 私にはどうしようもないことだったから。


 終わりを待つ。

 けど、いつまでたっても小さく期待していた終わりは来なくて。


「ぇ」


 竜はそんな私を一瞥したかと思えば、すぐに背を向けて地中へと消えていった。あれだけの巨体が通ればできるはずの大穴はなぜかすぐに消え、何の痕跡も残らない。まるで最初から竜なんていなかったみたいだった。


 終わりは消えてしまって、何もなかったみたいに時が流れていく。

 けれど、それでも確実にエスさんは破壊されていた。


 この魔動機の残骸が、エスさんだったもの。

 私の力じゃ直すこともできない。

 別れを言う暇もなかった。

 私はずっと助けられてきたのに。

 何もできず、終わってしまった。


「ごめんなさい」


 ただ小さくそういうことしかできなかった。

 それから、どのぐらいうずくまっていただろう。


 やっぱりいつまでたっても現実からは逃げられなくて。

 過去の私の決断が私を苦しめる。


 あんな決断を、あんな覚悟をしなければなかった。

 私は意思を保てるほど強くない。

 私はいつまでも中途半端で、うまくいかない。


 頭が痛い。

 もうやめたい。


 でも、そんな決断はできなくて。


「っ」


 結局割り切って進むしかない。

 こんなとこに居続けることができるくらい、私の勇気はない。

 ただ無作為に、昔の私の意思に沿って進むだけ。


 いくら歩いても、はるか先にある魔力壁は一向におおきくならない。

 あとどのぐらいあるのか。あとどのぐらいこんなくるしいことをつづけなくいちゃいけないのか。

 考えてもわからなくて、また終わりを待っている。


 けど、あの竜の影響か霧の影響かはわからないけれど、私を終わらせてくれるような魔物はいない。巨大な崖から飛び降りる勇気もなく、やっぱり昔の私に依存して、従って歩いている。


 思えば、ずっと私は何かに依存してきた。

 自立するということができない。自分を守るために、誰かのせいにするために、誰かの判断や意思に依存してきた。 

 親の理想に依存して、諦めて。

 イニアの好意に依存して、初めて私の意思で決断して。

 エスさんの決断に依存して、すべて頼るものを、依存先を失った。


 依存先を失った寄生体の私が最後に依存したのが過去の私なんて、なんだかおもしろい。何が面白いのかなんてわからないけれど。


 途方もないほど歩いて、小さな木を見つける。

 多分あそこには、紫色の果実があるはず。


 ほしい。ほしいけれど、どう見ても先客がいる。

 あれは、なんだろう。

 

 息を殺して、遠くからそっと様子を伺う。

 そこには小さな魔物の群れがいた。

 群れといっても、数匹程度だけれど、二対の翅に大きな爪をもっている。

 小さなガルバイエ種みたい。ここに定住してるのかな。


 多分、彼らがいる限り私があれを手に入れる日は来ない。

 つまり、戦わないと……


「……はぁ」


 小さく白い息を吐いて、身体の魔力の状態を確かめる。

 ……うん。大丈夫そう。少し、気になる感じがあるけれど、許容範囲。


 魔動機に魔力を流して、魔法を仮起動状態にする。

 そのままゆっくりと近づいていく。

 魔物たちは岩の陰にいる私には気づいてないようで、果実を夢中でかじっている。


 魔法は多分、数発しか打てない。

 それで仕留めきれなけなかったら……


 そんな恐怖を抑えて、魔法を起動状態にする。

 瞬時に魔法領域が展開され、電撃を放つ。

 電撃は狙い通りに広範囲に広がり、魔物たちを一掃する。それでも全部を倒しきるには至らない。


 倒し損ねたのは他の個体より少し大きな個体。

 彼らは攻撃を仕掛けてきた私を認識すると、翅を羽ばたかせて、私に攻撃を仕掛けてくる。まだ距離があるおかげで、1匹ずつよく狙えば倒せる。魔力効率が悪いのが少し怖いけれど。


「あと6匹……」


 魔力を魔法に変えて、落ち着いて狙う。

 緊張で動機がしてくる。頭痛もひどい。失敗しそうで怖い。

 そんなことを考えながら、魔法を放つ。

 そうしてる間にも魔物は迫ってきていて、魔力が震えそうになる。


「あと、1匹……!」


 最後。最後の1匹。

 そう思ったのがよくなかったのか。

 心のどこかで慢心してしまったのか。

 それとも恐怖と緊張でか。


 そこで私は魔力の制御を誤った。

 制御を離れた私の魔力は空中で霧散して、無に変える。


「ひっ」


 急いで私はその場から飛び避ける。

 けれど、少し間に合わなくて、腹のあたりを爪が切り裂く。

 赤い血があふれ出てきて、焼けるような痛みが全身に伝わる。


「ぅ」


 痛い。とても痛い。

 でも躱した。躱せた。


 そうしてる間にも魔物は方向展開して、再度私を切りつけようと迫る。

 再度、魔力を練る。今あるありったけの魔力を魔法へと変換する。


 そうして魔法は起動する。どくん、私の中の魔力が変な揺れ方をする。

 黒い霧が空中に出現し、魔物を包み込む。


「ぇ?」


 私の疑問をよそに、黒い霧は鈍い爆発音のようなものをあげ、魔物を粉砕する。


「な、なにこれ」


 痛みを抑えて立ち上がる。

 一応周囲を警戒するけど、敵の類は見えない。

 どちらにせよ今来られたら勝てないだろうけれど。


 ざっくりと切られた腹を抑えながら、さっきのことを思い出す。

 私は別にあんな魔法を使おうとしたわけじゃなかった。

 いつもの電撃を使おうとしたのに。


 いや、無我夢中だったから別の魔法が出たかもしれない。それならまだわかる。でも、あんな魔法は知らない。それに魔法発動時の違和感……魔法の効果もそう。


「もしかして……」


 さっきの変な魔力の流れを今の少ない魔力で再現する。


「うわっ」


 すると手の中に小さな黒い霧が現れる。

 これは、あれだ。

 前に廃墟で出会った黒い精霊。

 私の中に入ったあの精霊は、私の魔力の一部となっていた。

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