第133話 むちゅう
竜の領域に本当に竜がいるのかは知らない。
竜の領域は薄く霧に包まれていて全貌が見えることはない。
観測機器を使えば、遠くに強力な魔力反応があったり、空を飛ぶ竜の影を見たという証言もあるけれど、それらが本当に竜のものかなんて誰もわからない。
竜なんてはっきりと見たことある人はいないし、仮にはっきり見たことがある人がいたとしても全員死んでしまっているんじゃないかな。
「竜も昔の人が作ったんでしょ?」
「はい。戦争後期に作られた魔力生物の最高傑作でした。魔力親和性が高く、私の現在の装備では勝つ見込みは限りなく0です」
「そっか……じゃあ合わないようにしないとね」
どうすればいいかはよくわからないけれど。
お金を稼ぐために色々したついでに色んな人に聞いてみたけれど、あまり良い情報は得られなかった。使えそうな情報は、竜の領域から来る魔力の流れが弱くなる時期があるということぐらい。その時期にこの領域を超える人が多いらしい。
と言ってもその時期はこれから数ヶ月後らしいけれど。
そんなのは待ってられない。きっと待っていたら、私は何もできなくなってしまう。
そんな情報が1カ月ほどで手に入ったのは運がよかった。たまたま出会った人が優しかったからだけれど。いきなり現れた私みたいな人ととも一緒に仕事をしてくれた。仕事は難しくて、失敗も多かったけれど、お金は手に入った。
そのおかげで私は住む場所もあったし、情報だって手に入った。
仲良く……できた自信はないけれど。彼らはきっと私を仲間だと思ってくれていたはず。結局それを信じ切ることはできなかったけれど。
竜の領域は一面白に包まれている。
雪の中をゆっくりと歩く。ここら辺はまだ浅くしか積もってないから私のまだ治りきっていない足でもいける。
本当は車を使いたいけれど、魔導車の魔力反応は結構大きいから竜に感知されてしまう可能性が大きく上がる。それは避けたほうがいい。幸い食料や水をゆっくり運ぶぐらいならできそうだから、そこは助かるけれど。
やっぱりきっと1人じゃどうにもならなかっただろうな。
大量の荷物を抱えて、こんなに道の悪い場所を歩けたとは思えない。
それにきっと魔物だって出る。これをどうやって一人で行くつもりだったんだろう。きっと何も考えていないかっただけだろうけれど。
いや、多分きっと……全部わかっていたはずなんだけれど。全部わかっていて、見ないふりをしていただけ。
私は多分きっと、うっすらと死んでしまいたいと思っている。
消えてしまいたいといったほうがいいのかもしれないけれど。
だから、何かと理由をつけて、危ないところに行こうとする。
イニアに会いたいだなんて、ただの言い訳な気がする。多分きっと、あの時……
「いや」
やめておこ。
どうせ考えたって、また夢の内容がひどくなるだけだろうし。
薄い霧の中歩くのは結構怖い。
「隠れて!」
耳元でエスさんの声が響くと同時に近くの岩肌の陰に身を隠す。
それから数十秒して、風の音が強くなり、規則的な音が周囲を支配し始める。
何が来る。
何かが。
竜……?
霧が蠢く。風に揺られ、霧の中から巨大な肉体が姿を表す。
いや、身体は大きくない。私と同じぐらいの体から細く長い手足、そして同じく細く長い首が伸びている。けれどその首に付いている頭はとてつもなく大きい。
「くぅるう……」
変な鳴き声を上げながら、細い手足でバランスを取りつつ私たちの方へと近づいてくる。頭がゆらゆらと揺れて、なにかを探してみるみたい。
きっと見つかれば死ぬ。
そうわかる。それぐらい強力な魔力反応がある。私の使う魔法じゃほとんどダメージは入らない。
「じっとしてください」
恐怖に包まれながら、石の陰でエスさんの言葉を聞く。
それを信じるか信じないか以前に、動こうという気力すら感じない。
足音がゆっくりと近づき、通り過ぎる。
巨大で異質な魔物はそのまま霧の中へと消えていく。
無限かと錯覚するような時間だったけれど、見つからずに済んだみたい。それとも獲物ですらないと見逃されたか。
「もう少しじっとしていましょう」
今にも走り出して逃げ出したい気分だったけれど、エスさんの言う通りにした。そうした方が私のせいじゃなくなるし、今の足の状態じゃ長くは走れないことを思い出したから。
「くらぅぁああ!!!」
「ひっ」
大きな鳴き声が聞こえ思わず声が漏れる。
十中八九さっきの魔物の声。
霧の中で爆発が何度か起き、強力な魔力反応がもう一つ現れて、消失する。最初はそれが別の魔物のものかと思った。けど多分あれはきっと。
「やられました。車が破壊されました」
「やっぱり……食糧は?」
「あの爆発だと全滅でしょう。やはり1度戻りますか?」
戻る。あの街に。
あの街は良いところなんだとは思う。私なんかによくしてくれる人もいたし、住む場所も働く場所も見つかる。でも、イニアには会えないから。
「ううん……行くよ。このまま」
「わかりました。では進みましょう」
また一歩を踏み出す。
車の中に置いていた食糧は無くなってしまったけれど、まだ手持ちの食料がある。これがあれば、数日は大丈夫。その間に食べれるものを見つければ良い。
「あれが竜ってわけじゃないんだよね?」
「はい。竜の力はあんなものではありません。私の現在の装備ではさっきの魔物にすら勝てなかったわけですが」
「そっか……なら仕方ないよ」
そう仕方ない。
どうしようもない。
このまま私が死んでしまっても、それは私のせいじゃない。ただ仕方がないこと。
そのまま時がすぎ、日が暮れて、あたりは暗闇に閉ざされる。夜は流石に動けない。見つけた木陰に身を隠して、時が過ぎるのを待つ。
本当は寝ておくべきなんだろうけれど、寝れないまま時間だけがすぎていく。暗闇の恐怖というものもあるけれど、ずっと幻聴が鳴り止まない。
腕の傷。
腕の傷を撫でる。
こうすれば少しは落ち着く。
イニアを感じる。
そしていつの間にか日が昇り、明日が来る。
日が昇っても霧に閉ざされたこの場所はそこまで明るくなることはないけれど。
「これは食べれそうですね」
平原のところどころに生えてる木には時々紫色の実がなっていた。それを食料にする。水分も多少取れるし、これさえあればとりあえず大丈夫そう。
なんだかんだ順調に旅路は進む。
さまざまな魔物が現れた。角の生えた魔物。異質な翼を持つ魔物。全身から触手が生えている魔物。
隠れて、逃げて、やり過ごす。戦ったら勝てない。
私は戦力外だしエスさんもあの魔導車に武装を集中させてたから戦闘力は大きく落ちている。
そうして歩いてれば時期に霧が晴れ始める。
地形が大きく変わることはないけれど、これで道に迷うことはなくなる。魔物の数も次第に少なくなっていく。
「ここからは今までに比べれば楽な道のりです」
ここまで5日ぐらいかかった。
ずっと視界がない恐怖ともこれでおさらば。それに強力な魔物も少ないらしい。
だけど距離としてはここからの方が長い。相変わらず草木の少ない場所。幸いところどころに巨木が見える。あそこに行けばなんとかなると思う。
「少しやすみましょう」
エスさんの言葉に返事すらする気も起きずただ頷く。
多分きっと私はすごく疲れていた。だから何も考えることができなくて、岩陰に座った途端力が抜けて眠ってしまった。
つまり気づかなかった。そこで何が起きたのか私は知らないままで。
起きたらエスさんに姿はなく、そこには魔導機の残骸だけが転がっていて、目の前には巨影があった。あまりにも自然に、いや自然そのままに、そこに竜の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます