第131話 きょうふ

「敵……?」

「昔のことですけどね」


 そう聞いた途端、強張っていた身体が少し緩んだ。

 昔……戦争があったというあの話なのかな。


「まずは最初から話しましょう」

「最初?」

「戦争の最初です。といっても、その頃はまだ私が生まれていないので伝聞した話にはなりますけれどね」


 まだ生まれてない……作られる前ってことかな。

 エスさんは元々なんで作られたんだっけ……何か言ってたような気がするけれど、忘れてしまった。どうでもいいことだと切り捨ててしまった。


「ある時、2つの国の間で戦いが起こりました。理由は正解には記述されていませんが、恐らく資源を巡って戦いになったのだと推測されます」


 なんだか……どの時代もあんまり変わらない。

 その昔、私が生まれる前に起きた戦争も、そんな感じの理由らしいし。


「その戦いは長期に渡り、片方は魔導機の発展に力を注ぎ、もう片方は魔力生物の発展に力を注ぐことになります」

「魔力生物って、魔物のことだよね? あれが、あんなのが兵器だったの?」


 魔物は見境なく人を襲う。襲わないものもいるけれど、大抵は人をというか、魔力の持つものを襲う。


「はい。昔はなんらかの方法で魔物達を操っていました。その技術は私にはわかりませんが。私は魔導機側で作られましたからね」

「じゃあ、魔物を操っていた人達が魔法使い……ってこと?」

「いえ、そういうわけではありません。まず私の知る人で魔力が流れる人はいませんでした」

「え……」


 そんなわけはない。

 咄嗟にそう否定したくなった。

 魔力がないと人は生きていけない。魔力に変換するために水を飲んで、食べ物を食べる。それに子供を産む時だってそう。何をするにも魔力が必要なのに。


「皆さん魔力を持ってはいました。しかしそれは少量でした。それに大量に魔力を持てば、それこそ身体が持たない」

「じゃ、じゃあ……私達は、どうして、こんな……」

「それはですね。あなた方がそう調整されたからです。魔力生物の研究の結果と言った方がいいでしょうか」


 魔物と……一緒……?


「つまり元々はあなた方は私と敵対する兵器だったというわけです。それが今は、魔力を持たない人類は滅び、あなた方のような魔法使いが繁栄している」

「じゃあ……それこそなんで……エスさんは私を……」


 助けてくれるのかわからない。

 敵だったというのなら、どうして助けてくれるのか。


「それは私の使命が人類への貢献だからですよ」

「で、でも……私は……兵器、なんでしょ?」

「それはもう昔の話ですよ。今はもう、あなた方が人類でしょう。それに」


 そこでエスさんは1度言葉を区切る。

 少しの沈黙が流れてゆく。


「それにそういう使命なんてものを省いたとしても、私はあなたを助けたいのですよ」


 エスさんはそう言った。照れたように早口で。

 

「じゃあ……エスさんは敵じゃない……の?」

「はい。ただこういう理由から魔力に関してはよくわかりません」

「なんだ……」


 小さな魔導機を握りしめていた手から力が抜ける。

 怖かった。

 裏切られるんじゃないかって。

 けど、そんなことはなくて。


 やっぱり、裏切るような人は私だけ。

 私だけがこんなにも醜い。


「とりあえず様子をみましょう。何かあればすぐ言ってください」

「うん……ありがとう」

「それでは、行きましょうか」




 なんだか重大そうな歴史の秘密を聞いてからも、いつもどおり時は進む。

 私の旅はずっとエスさんに任せきりで、たまに魔物へと魔法を放つけれど、ただそれぐらい。危ないことは全部エスさんに任せている。


 ここの魔物は強力で、エスさんの用意した装備でも倒せないようなものもあった。その度に、いくつかの装備が犠牲になった。

 そんなものに私が何かをできるはずもなく、ただ眺めているだけだった。


 最近はずっと、私は何をしているのかと考えてしまう。

 帰ろうとしている。イニアのところへ。

 それが良いことなのか、悪いことなのか、また考えそうになる。

 何も与えれない私が、エスさんのような人の善意を全て奪うことが良いのかわからない。イニアのような綺麗な心に触れていいのか。イチちゃんやナナちゃんのような輝く子達にも。


 全て私が触れると汚れるような気がして。

 そんなことを考えるな。そう言い聞かせて。


 いつのまにか集落へと辿り着いていた。

 久々に自分の足で歩いて。まだ完全に回復したわけじゃないけれど、歩くぐらいならできるようになった。まだ走ったりするのは難しいけれど。


 集落は意外と大きくて、人の入りも結構ある。

 3メートルぐらいの壁に囲まれていて、恐らくあれで魔物の進行を防いでいるんだと思う。ここの魔物にあんな壁が効果あるのかはわからないけれど。 


「ぅー……」


 小さく白い息を吐く。

 今から人に会う。

 集落の人に。


「大丈夫ですよ。いざとなれば私がサポートします」

「……うん」


 外から来る人は初めてなのかな。

 歓迎は……されないと思う。

 私なら歓迎しない。


 ここの人達がいつも出入りしている門へと着く。

 車は近くの森へと置いてきたし、そこまで警戒されずに入れると思う。そう、信じてるけど。


「こ、こんにちは……」

「うん? みない顔だな」

「はい。その、少し旅に出てまして」

「あぁ、それで怪我をして帰ってきたのか。大変だったな」

「え? あ、まぁはい」


 少し違うけれど、まぁ大体同じようなものだと思うし……


「一応持ち物検査をする」

「は、はい」


 持ち物検査?

 魔導機とかは持っててもいいのかな。

 もしダメって言われたらどうしよう。


「持ち物はこれだけか?」

「まぁ、はい」

「そうか。ならいいだろう」

「あ、ありがとうございます」


 なんだか……思っていたよりすんなりと入れてしまった。

 もっと色々厳しい審査みたいなものがあると思ってたけど、こんなものなのかな……?


 入った先は小さな建物がいくつもあって、いろんな人がいて賑わっていた。見たこともない食べ物っぽいものや、武器も置いてある。

 よく見ると通る人はほとんど武器のようなものを持っている。ここら辺はそういう探索者の集まりというエスさんの予想はあってたみたい。


「どうしよう……」

「まずは寝る場所や拠点が必要でしょう。近くの宿屋へ行きましょう」


 私が思わず漏らした疑問に応じるようにエスさんの声が耳元から聞こえる。この小さな通信魔導機はこういう時はすごく便利。


「多分……あそこかな」


 文字は少し違う程度で助かった。

 もし前の集落みたいに全然違ったらどうしようかと。


「値段は……あ、お金……」


 そういえばお金を持っていない。

 一応通信魔導機に紐づけた金ならあるけれど、多分そんなのは使えないだろうし……それにまず単位が違う。


「何か売ってお金に替えるのはどうでしょうか」

「……できないよ」


 まず相場がわからないし、それにどこで売ればいいかもわからない。そんな知識もない。何を売ればいいかも。

 私にそんな能力はない。


「ですが、何かしなくては」

「わかってるよ……! わかってるけど……」


 どうしたらいいかわからない。

 一体を何をしたらいいの?

 教えてよ。教えてほしい。教えてくれたらその通りにやる。私にできることを教えてほしい。もっと具体的に、簡単なことを。


「では、どうするのですか?」

「……とりあえず歩くよ」


 そしてまた私は歩き始める。

 逃げるように。

 目的地は決まってる。

 ただ一直線に進む。

 なるべくイニアに近いところに。


 たしかエスさんが解読してくれた地図によれば、この街を越えると広い雪原が広がってるらしい。そこを抜ければ、魔力壁につける。

 魔力壁に着きさえすれば、後はどうとでもなる……はず。


 問題はその前の雪原。

 雪原は私が学校で習った通りなら、強力な魔物がいるはず。その魔物にはきっとエスさんも対抗できないと言っていた。

 だからできれば雪原を通らずに魔力壁まで行きたい。その方法があればいいけれど……もしなければ、見つからないように急いで抜けるしかない。


 雪が少し積もっている道を歩く。

 道はしっかりと舗装されてるとは言い難いけれど、歩けないほどじゃない。とは言ってもまだ完全に治りきってないこの足だと結構辛い。


 ふと、路地裏に視線を向ける。

 そこにはおそらく身寄りもお金もない人がそこにはいた。怪我をしてる人もいる。こんな寒い中、ずっと外にいるなんてきっとすごく辛い。

 けれど、私に何かできることはない。

 私には何もできない。


 せっかく街に入ったのに人を見ると途端に怖くなってしまった。これだけたくさんの人がいるのにイニアがいてくれない。急に怖くなって、不安になって、エスさんにも当たってしまって。


 人の目が、人の声が、人と関わるのが怖い。

 集団の中で孤立する感覚を覚える。

 どこからか笑われている気がする。どこかで悪口を言われている気がする。

 怖い。

 怖くて私は、何もできないまま、ただ歩き続ける。

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