第130話 ゆうごう
「何もしないみたい」
黒い精霊は私の膝上のほわほわと浮いたままだった。
魔力も安定していて、何かをする兆候は見られない。
「大丈夫かな?」
「わかりません。しかし、すでに攻撃するつもりならしているのではないでしょうか」
「そう、だね」
たしかにこの精霊の力を見る限り、この距離になれば私なんてすぐに殺せそう。
さっき見た、この建物を破壊した力で。
「この精霊もメドリを助けてくれる可能性があります」
「ノクスさんのところみたいにってこと?」
「はい」
そんなことがあるのかな。
そうだと嬉しいけれど、あんまり期待しないでおこう。期待していいことなんて何もない。きっとない。
「さっき、何か言いかけてなかった?」
「はい。これを見てください」
さっきも促されて見た掠れて消えかけている文字と線の書かれた板。
これに何かあるのかな。
「これは地図です。文字は読めませんか?」
「うん……よく見ると、どこかで見たことあるような……」
これ、古語? 私はあまり得意じゃなかったから、ほとんど読めないけれど……
「文字の解読はほぼ終わりました。これに沿っていけば、きっと帰ることができるはずです」
「早いね。私達と出会った時もそうだっけ」
「はい。私が生まれた時代の言語とよく似ていますから」
そうなんだ。
その時代の人達が今の私達の祖先だったりして……でも、それならどうしてその頃の文明の技術が残っていないのって話にもなる気がするし……まず、どうして滅んでしまったのかがわからないけれど……
……どうでもいい。どうでもいい事は考えなくていい。
私にはきっと、そんなに多くのことを抱えていられないだろうし。
「こちらはなんでしょうか」
「え? なんだろう。本?」
エスさんの小さな機体が本の上に乗る。
本といっても、そこまで厚いものじゃない。
手に取ってみると、紙は想像以上にぼろぼろで触れただけで少し崩れた。屋内とはいえ、保存状態が良いとは言えないし、当然といえばそうなのかもしれないけれど。
「なんて書いてるのかな?」
「かなり難しい言葉で書かれていますが……この場所がどうしてこうなったかを示しているようですね」
たしかにここはずっと変な感じがした。
人がいない割には、妙に整えられているというか……
「ここによれば、脅威の予兆が見えたから村を離れる。そして、その脅威を鎮める儀式として魔力の一番高い子供を生贄として置いく。そう書いてあります」
「じゃあ、この地図は……」
「はい。ここに住んでいた者たちの避難先でしょう。そして、この建物こそがその生贄の子供がおいて行かれた場所だと推測されます」
「そう……なんだ」
かわいそう。とっさにそう思ってしまったけれど、それはきっと端から見てるだけの意見でしかない。それに置いて行かれた子供だって、どんな境遇だったかなんてわからない。もしかしたら悪い人だったかもしれないし。
全部私にはわからないこと。
そして、私には関係ないこと。
「他には……特に書いてありませんね」
「え、じゃあ驚異が何かとか……」
「書いてありません」
何かもわからないものに怯えて、ここに子供は残されたの……? いや……何かわからないからこそ怖いのかな。そうだよね、私もずっとそうだった……私もずっと未来に、人の心に怯えていた。今もずっと。
「もう、いこっか」
「少し待っていてください。すぐに奥の方を見てきますので」
「……わかった」
正直、今にも逃げたいけれど、エスさんがそういうのならきっとそうした方がいい。
近くのもうぼろぼろになっている椅子へと座る。崩れるかと思ったけれど、軋む程度で済んだ。
「やっぱり……」
エスさん1人の方が良い。あの人、人工知能を人というのかはわからないけれど、ともかくあの人、1人だけの方がなんだって早く上手くできる。
どうして私を助けてくれるんだろう。
聞いてみようかな。けれどそれは、怖い。
ずっと怖がってばかり。
入ってきた扉を見る。
扉は小さく開いていて、日の光がほんのりと入ってきている。それがなんだか眩しくて、思わず目を背けてしまう。
光から逃げて、膝の上を眺める。そこにはさっきの黒い精霊がいた。
こう見ると、黒い精霊も綺麗。
黒い霧というのか、そんな感じのものがいくつも絡まって重なり合っている。
「……」
触れてみたい。
なんとなくそう思った。
その瞬間、私の冷静な部分は、鳴りを潜めていた。
きっと昨日よく眠れなかったせい。
それに怖いことばかりで、少し気が狂っていたのかもしれない。
私は指を黒い精霊へとゆっくりと近づけていく。
もう少しで触れる。その瞬間、黒い精霊は急に姿を変容させた。球体の形だった姿は、線のように私の指へとまとわりつく。
「ひっ……!」
そうしてようやく私の理性が戻ってくる。
同時に不安が襲ってきて、怖くなってきて、やらかした、失敗したという気持ちが強くなってくる。
けれど、それ以上なにかを思う前に黒い精霊は消えてしまった。まるで私の指に溶け込むように。
「え……」
どういうことだろう。
私の中に入ってしまったのかな……それとも私が触れたから消えてしまったのかな……悪いようにならなければいいけれど……
「メドリ。探索が終わりました」
「う、うん」
「何かあったのですか?」
「いや、別に……なにもなかったよ」
いったと同時に後悔する。
どうしてまた嘘をついてしまったのか。
私が失敗したとばれたくなかったから。
もっと言えば、失望されたくないから。
今更取り繕っても、遅いのに。
「ううん、本当は何かあった。あの……黒い精霊が、消えちゃった」
すぐに本当のことを言うことにした。
ことの顛末を説明する。私が触れて、体内に入ってしまったことを。
話しながら、どうして私はいつもこう咄嗟に都合の悪いことを隠してしまうのかと考える。考えても、いつも結論は、一緒。私の本質が酷いから。
ただ、それだけ。
「なるほど。そんなことが。何か変わったことないですか?」
「特には……」
「恐らく大丈夫だと思います。一応帰ったら調べてみましょう」
「うん。ありがとう。その……いつも」
ごめんね。と続けようとして、辞めた。
なぜかはわからないけれど言わない方がいいと思った。
「ここに座ってください」
魔導車に戻ると、すぐに検査をしてくれた。
けれど、特に異常は見られなかった。
「本当にただ消えてしまっただけ……?」
「その可能性もあります。もしくは、私の持つ計測機では測れない部分で何かが起きてるのかもしれません」
「測れない場所?」
そんな場所があるとは思えなかった。
エスさんの技術は未来の技術。多少設備が足りなかったとはいえ、少しもわからないなんてことがあるとは考えなかった。
「それは魔力の部分です。あなた方の魔力に関して私は細かい知識を持ちません」
「え? で、でも魔力使ってるよ?」
一瞬、言ってることがよくわからなかった。
エスさんが飛んでるのも、この車が動くのも、全て魔力を使ってるからなのに。詳しいことを知らない? そんなことがあるわけがない。
「いえ、魔力と言っても、普通の魔力ではなく、あなた方ののような、そうですね。魔法使いの魔力ということです」
「魔法使い? 何? それ?」
魔法使い。
文字通り捉えるなら、魔法を使える人……そんなの誰だってそう。イニアみたいに病気にかかってたら、その限りじゃないと思うけど……
「魔法使い。それは私の敵の名ですよ」
エスさんは困惑する私にそう告げた。
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