第129話 いけにえ
「そろそろ着きます」
「うん」
昨日の夢は酷かった。
この1週間は寝つきも寝起きも酷いけれど、昨日は格別に酷かった。
もう忘れたい。けれど意識するたびに、あの時も気持ちがまとわりついてくる。もう嫌。あの時の気持ちはもう感じたくない。
とは言っても、少しずつ忘れていってる。
私みたいな人が気にしているのは、自分の苦しさだけだから。もう相手の名前を朧げになっている。きっと相手のことなんてどうでもいい。そんな自分勝手だからあんなことをやってしまった。
「私が、行くんだよね」
「はい。もちろん私もついて行きますが」
「エスさんだけじゃ……ううん。なんでもない」
私が人と話さないといけない。
魔力壁の向こう側の人がどんな人なのかわからないけれど、ノクスさんをみる感じあまり変わらなさそうだし、私なら変な椅子に座ってるとはいえ見た途端拒絶されることもないと思う。
けどエスさんは、機械だからどうなるかわからない。人工知能というものは得体が知れないし受け入れられない久しぶり人もそれなりにいると思うし。
普通に考えたらそう。
そうなんだけれど……話すのが怖い。うまくできる気がしない。どうやって話せば欲しい情報が手に入るのかな。聞けば教えてくれるのかな。
「そろそろ降りましょう。この車で近づいては警戒されるでしょうから」
「うん……」
嫌だ。嫌だけれど、動かないと。
動かないといけない。
意を決して外に出る。
相変わらず冷たい空気が肌を走る。けれど、この前の山ほど寒いわけじゃない。
「ぅ……」
正直いまだにあまり気乗りはしない。
それでも私が動けたのは何故なのかな。イニアに会いたいから? エスさんに失望されたくないから? 生き延びたいから?
わからない。
どうしてこんな寒いところを1人動いているのだろう。
1人じゃない。エスさんもいる。
けど、エスさんにはもっとできることがあるはずなのに。
それこそ私を置いていけば、すぐに目的の場所へ行けるはず。エスさんは私のように肉体を持たないのだから、あの基地でこの道を簡単に踏破できる魔導機を作っていればいい。
そうしなかったのは、私がいたから。正確には私を助けようとしてくれたから。あの場所に長くいることはできなかった。
いや、できないことはない。
食糧はあったし、水もエスさんが作り出してくれる。でも、私はイニアに会いたい。会いたくて会いたくてしかたなくて、そのために動いていなくてはすぐに心が前のようになってしまいそうだったから。
今もそう。今も自分が生きていていいのかわからなくなる。けれどまだイニアの温もりを覚えていられるから、私はまだ動けてる。まだ諦めずにいられる。
「メドリ、少し待ってください」
「……どうしたの?」
「何か……変です。あなた方はこんなに静かな生活をしているのですか?」
「え?」
どうして気づかなかったのだろう。
村からは人の気配がない。日中だというのに人の影すらない。私の存在に気付いて隠れていたとしても、もう少し警戒のための人がいるはずなのに。
「誰もいないのかな……」
私が気づいていないだけかとも思ったけれど、私よりよっぽど優秀な目を持つエスさんがそういうならいない可能性が高い。
「でも、それでも行った方がいいよね?」
「はい。もう住んでいなくても何か情報はあるでしょう」
少し気が楽になった。
誰もいないのなら、人に怖がらなくていい。旅は過酷になったのかもしれないけれど……
すんなりと街へ着く。
案の定、街には誰もいなくて、廃墟となった家があるだけだった。
「一つずつ見てみましょう」
エスさんに言われるままに家に入る。
扉は鍵がかかっておらず、手をかけると小さな音共に開いた。もうずっと使われていないような感じがする。
家の中はあまり広いとは言えなかった。
けれど予想に反して整理されていた。
もっと、こう、いろんなものが散らばっているかもしれないと思っていたのに。
「ここには何もありませんね」
「うん、そうみたい」
整理されていたからすぐわかった。
生活用品ばかりで特に情報になりそうなものはなかった。
他の家も見てみるけれど、どれもこれも同じような感じで、収穫はほとんど得られない。
「この村には、何があったのかな」
「わかりません。襲撃の痕跡もありませんし……移住でもしたのでしょうか」
全員寿命で死んでしまったのかも。
そう思ったけれど、それは心の中に仕舞い込んだ。あえて言う必要もない。
村はそこまで大きいわけじゃないけれど、きっと栄えていたんだろうのが伝わってくる。通りには、市場の跡のようなものがあるし、今は草が生えきっているこの道もきっと賑わっていたんだろう。
空虚な空間に漂う空気がある。
ひんやりとしているけれど、昔の熱気がなんとなくここに残っている。それなら余計、なぜここから人が消えたのかわからない。
移住にしても、こんな場所を捨てる意味があったのかな。それも全員。もしかして、本当にみんな寿命で死んでしまったのかな。
「ここが最後……」
1番大きく、村の中心にある建物。
ここなら何かわかるといいけれど。
「うん? 鍵が……」
ここの扉は鍵がかかっていて開かない。今までそんな家はなかったのに。扉を引いても押してもびくともしない。
「はぁ……はぁ……」
「退いてください」
私が開けれないのをみると、エスさんはおもむろに少し飛んで距離を撮り、扉に体当たりをする。青白い光の尾を引いた一撃は、現在のエスさんの小さな身体でも十分な破壊力を発揮して扉を破壊した。
「さて、中に入りましょう」
「う、うん」
中は見かけ通りとても広くて、見渡す限りに空間が広がっていた。机と椅子が沢山ある。集会でもしていたのかな。
「メドリ。これを見てください」
「なに、これ」
それは木の板の上に沢山の線が書かれていた。
ところどころに不可思議な絵と数字が書かれている。
「これは……メドリ、何かいます」
「え、え?」
「二階でしょうか。今、何か音が……」
耳をすましても何も聞こえない。
けれどエスさんがそういうのであればきっと音がしたんだろう。魔物……? いやでも鍵がかかっていたのに。
一応杖に魔力を通して、仮起動状態にしておく。
何かが来て反応できる自信はないけれど。
「あ、今」
たしかになにかの音がした。
どう言えばいいのか……何かを削るような音が……
「また」
「二階に行きますか?」
「ううん……多分向こうから来るよ」
削るような音は少しずつ大きくなっている。
多分こっちの位置がわかってる。
きっとすぐにここに。
そう思うと同時に、遠くの天井が裂け、その音の正体が姿を表す。
それは黒いもやのようなものの集合体で、強力な魔力を放っていた。攻撃するか一瞬迷ったけれど……これ、どこかで見たような……
「あれは、精霊でしょうか?」
たしかにノクスさんのところで見たものと似ている……けれど、どうしてそんなものがここに……
ここら辺は精霊が住んでる場所なのかな。いや、それにしてもどうしてこんな場所に……
ううん。今気にするのはそんなことじゃない。
「敵……かな?」
「わかりません。特に動きは見られませんが」
「逃げよう。下手に刺激するよりはいいと思うし……」
もしかしたら扉を開けたことが刺激になって、この精霊が動き出したのかもしれない。そう思うと余計早くここを出た方がいい気がする。
鍵をかけられていたのもこの精霊を閉じ込めていたと思えば納得もいく。さっきの周囲を削る能力を見るに、こんな扉破壊できそうだけど……
そこまで考えて、椅子を動かして外に出る。
こういう時に足が動かないというのはもどかしい。
「ひっ」
少し動かすと黒い精霊も動いた。
まるで距離を保つように。
その動きは私が動くより大分早かった気もする。
やっぱり私を攻撃する意図はないのかな……?
「ぇ」
そう思った瞬間、黒い精霊は消えていた。
それが次の動きが捉えれなかったと気づくのに少しかかった。
どこへ、という疑問はすぐに解消された。
黒い精霊は膝の上で小さくなって存在していた。
まるで触れても何もないことを証明するように。
ただそこに魔力の塊があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます