第127話 ぜんいが

「おまたせ。口に合うといいけど」

「ありがとう」


 出された透明な湯気の出ている水を飲む。温かさが身体に入ってくる。この寒さの中でこれはありがたい。

 けど……何を話せば……質問? 質問といっても、どうすれば。


 ずっと初対面の人と話すのは苦手で、何を話せばいいのかわからなくなってしまう。気づいたら、何を話せば嫌われないか。どれだけ話したら嫌われないか。そんなことばかり考えてしまう。


 そしていつも、失敗する。ずっとそう。

 そうだった。気がする。

 成功だってあった。あったはずだけれど、わからない。それが成功のまま終わってくれるかなんて、わからない。その私への評価が確定するまで、それが成功なのか、正解なのかはわからない。

 でも、失敗したらそこで終わる。

 だから、嫌。嫌なんだ。


「えっと、さっきも言ったかもしれないけれど」

「あ、はい」


 水を飲むふりをしながら、話すことを考えていると彼が先に口を開く。

 少し、ほっとした。


「僕の名前はノクス。もう、10年ぐらいになるかな。ここに住んでるんだ」


 10年も……それだけ長く住んでいるということは、ここは安全な場所なのかな。でも、それならどうして危ないなんて噂が……


「こんな場所で人を見かけるのは初めてだったから、少し話してみたくなってね。それで、どうしてこんなところに?」

「えっと……」


 どうして。

 この場合、どこから説明したらいいのかな。どこまで説明してもいいのかな。

 きっと、言ってはいけないこと。言わないほうがいいこともたくさんある。

 でも、嘘はつけない。嘘をいうと必ず良くないことが起きる。私には嘘をつくほどの勇気も才能もない。


「言いたくないならいいんだ。でも、居住希望ってわけじゃないだろ?」

「はい。まぁ、うん」

「そうだよね。こんな寒くて危ない場所に長居してる変人なんて僕くらいさ」


 そう、ノクスさんは自嘲気味に話す。

 少し表情に影が見えた。


 でも、私には関係ないこと。それより私が気にするべきは、ここが危ない場所という言葉。やはり、私の知らない何かがあるのかな。


「その、危ないっていう割には、魔物がいなかったけれど……」

「元々ここら辺に住んでる魔物は少ないんだよ。それにこの時期はあまりあいつらも活動的じゃないから」


 そうなんだ……と無条件に信頼していいのかはわからないけれど、もしそうなら、余計わからないことが増える。魔物が少なくて、非活動期もあるなら、ここはそんなに危険な場所とは思えないけれど……


「でもね。これは脅すわけじゃないけれど、君たちが腕に自信があるようでも、魔物と出会ったらすぐに逃げることをお勧めするよ。ここの魔物は強く、賢い。不要な狩りをするほど野蛮じゃないから、逃げれば見逃してもらえることも多いしね」

「なるほど……」


 魔物一体あたりの力が強いってことか。それなら一応主張は通るのかな。

 いや、そんな疑ってばかりじゃいけないか。


「あとは……君たちはたぶんあの遺跡のほうから来たんだろう?」

「遺跡?」

「あれ、違うのかい? あそこらへんは魔物は近づかないから、そうなのかと思ったけれど」


 もしかして古代施設のことかな。

 あの施設にも何かあったのかな……でも、もしそうならエスさんが話してくれてると思うけれど……


「いや、えっと、そう。うん」

「あ、ごめん。あまり詮索しないほうがいいよね。人と話すのは久々だからさ」

「その、ノクスさんはずっと1人でいるの?」


 思わず聞いてしまった。

 聞くつもりはなかったのに。


 ノクスさんが孤独を語る時の表情が気になって。


「あぁ……いや、1人じゃないよ。ほら」


 そういうと彼は腕を軽く振る。

 その腕に光が集まってくる。眩い光。

 あの時……最初に彼を見た時と同じ光。


「すごい……」


 それは魔力だった。

 いや正確には、魔力と魔法の中間というべきなのかもしれない。強力な魔力が、何かしらの魔法になろうとする状況で存在していた。

 そんなものが安定して存在できるなんて……


 その光は大きく3つあった。

 赤、青、白。

 それぞれが彼の周りで浮遊している。


「この子達がいてくれたから1人ではなかったよ。喋ってはくれないけれど、僕を助けてくれる。勝手に精霊と読んでるけれどね」

「精霊……」


 たしかに。

 見た目はどこかの架空小説でてきた精霊に似てなくもない。その実態は全然違うものだったような気がするけれど。


 けど……口ぶりからするにそれぞれに意思があるのかな。

 そういう魔物とか……?


「その、精霊さんとはどうして」

「さぁ? 僕にもわからない。でもすごく助けられてる。赤のおかげで暖を取れるし、青のおかげで水も飲める。白は僕を守ってくれる。みんな欠かせないよ」


 それで、ここでも過ごせてるんだ……

 精霊達はそんなふうに魔力を使っても大丈夫なのかな?

 

「大切、なんですね」

「そうだね。たまたまだけれど」


 そう笑うノクスさんの顔が不意に考え込むような顔になる。


「……違うかもしれない」

「え?」

「いや、大切といえば大切だよ。もちろん。感謝もしてる。でも僕にとって1番大切なことじゃない。それと比べれば、大切という言葉は適切じゃないかもしれない」


 大切な存在。

 私にとってのイニア。

 それは私が生きていくために必要なもので、イニアである必要があったかと言われれば違う。何かであればよかった。条件に合えば。それがたまたまイニアだっただけの話。


 でも……1度大切だと思ったら、もうイニアじゃないとだめになる。そう決めた途端、それが掛け替えのないものになる。私の弱点になる。

 それはとても怖い。怖いけれど、そうしないともっと怖かった。だから仕方ない。


 そういうものがノクスさんにもあるということなのかな。


「その、それは……なんですか?」


 聞いてからしまったと思った。

 ノクスさんの空気が変わったから。


 身体から魔力が溢れそうになっている。きっと今までは押さえつけていた魔力が。

 殺される。

 一瞬そんな風に思った。


 でも、抵抗しようという気は起きなかった。

 何をしても無駄という感覚があったから。


「あ……ごめん。つい、ね」


 けど、それは一瞬で溢れ出ていた魔力は見る影もなく綺麗になくなっていた。とんでもない魔力制御能力。あれだけの魔力がすでに少しも感じれない。


「いえ……私こそごめんなさい」


 失敗した。

 調子に乗って聞くんじゃなかった。

 また。また失敗した。


「いや、いいんだ。それにもう、どうにもならないことだから」


 その時の彼の顔はすごく暗くて、聞いてしまったことを後悔する。絶対何かある。そんな好奇心がまた失敗を生み出してしまった。

 どうせ聞いたって私に何かができるわけでもない。


「それより、さ。これからどうするんだい?」


 重たい空気を切り替えようと、ノクスさんが話題を変えてくれる。でも、私はそれにうまく答えれない。


 心が重い。心が重くて、何をいえばいいのかわからない。またさっきのような怒りが来るかもしれない。そう思うと、何を言ったら正解なのかわからなくなる。


「もう1人の子は話さないのかい?」

「え?」


 もう1人? 誰のことを……?

 いや、いる。1人というのかわからないけれど。


「わかっていましたか」

「まさか、そんな見た目とは思わなかったけれどね」


 私の懐の中から小さな箱のようなものが飛び出す。

 エスさん。本体ではないから、分体とでも言うべき姿。と言っても、どれが本体かなんてわからないけれど。


「こんな姿でご容赦ください」

「いや、いいよ。君たちのことは詮索しないさ。それで何か予定とかはあるのかな」

「メドリ。ここからは任せてもらっても?」

「あ……うん。わかった」


 私が何も言えなくなってる間にエスさんがぺらぺらと情報を引き出していく。私にはできなかったこと。

 元々ノクスさんは協力的だったし、エスさんのようなすごい人工知能じゃなくてもできたことなのかもしれないけれど、私にはできなかった。


 結局今回も誰かに頼ることで助けられただけ。

 また私は人の負担になっている。

 これは私の旅なのに。

 エスさんに助けられてばかり。

 また……また。今度も、ずっと失敗ばかり。

 こんな、こんな私じゃ……

 

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