第125話 せいれい
重たい身体を無理矢理起こす。
少し揺れる車内で青く澄んだ空を見上げる。
「今日は雪じゃない……」
珍しい。
そう思いながら、白い息を吐く。
「起きましたか」
エスさんの機械音とも肉声とも違う声が聞こえる。
最初は少し違和感があった声だけれど、もうほとんど感じない。
「うん……おはよう」
イニアと離れ離れになってから1か月。
転移先の古代施設からでた私に飛び込んできたのは一面の白だった。それが冷たくて、雪だと気づくのに少し時間がかかった。それぐらいただ白い世界がそこには広がっていた。
そんな環境をエスさんの作った魔導車に乗って進む。エスさんによれば、魔導車とは少し違うものらしいけれど、まぁ似たようなものだと思う。エスさんは資材もほとんど残されてなくて、あまり良いものができなかったといっていたけれど、十分なほどすごい。
おかげで私はこの白い世界を進めている。
きっと私ひとりじゃ、この寒さに耐えきれなかった。どうにかしたかしようとしたかもしれないけれど、きっとどうにもならなかった。
「今日の食事です」
「うん」
車の一部が動いて、携帯食料に似た何かが目の前に運ばれてくる。
正直空腹を消せるほどの量じゃないけれど、仕方ない。次いつ食料が手に入るかわからないから。
これでも、エスさんの最初の計算よりはずいぶん余裕があるらしい。
私があまり食事をとらないのが原因だとか。そりゃ、空腹が収まるわけじゃないけれど、無理してるわけじゃないのに。そんなに私を大食いだと思っていたのかな。
「何かあった?」
「いえ、何も」
「そう……」
良いことも悪いこともなかったみたい。この雪道を進み始めてからずっとそう。魔物が現れることも、誰かに会うこともない。
最初は気づかなかったけれど、ここは山の中腹らしい。傾斜がきついわけじゃないから気付くのに少し時間がかかった。下の方はまだ雪が少ないようだからとりあえずそこを目指している。
「どうして魔物が出てこないのかな」
もう何度目かになる疑問を思わず溢してしまう。
出てこないことに不満があるはずもないけれど、まったくその面影すらもないと不安にもなってくる。例えば、この土地が魔力汚染が進みすぎて、生物がすめる場所じゃないとか……でも、エスさんによれば何もないらしい。
魔力壁の向こう側というのはこんな感じなのかな。いつか聞いた話じゃ、魔物がたくさんいるって聞いたのに。でも、こんな感じなら、それこそもっと人がいてもいいはずなのに。やはり、ここが寒いからかな? 魔物が寒さなんかを気にするとは思えないけれど……
「まだわかりません。土地自体の問題なのか、それとももっと別の要因があるのか」
「……まぁ、いっか」
あまり気にしても仕方ない。
でてこないというのなら、それでいい。
イニアのところに行くのが楽になるから。
そう思っていた時だった。
「メドリ。何かが現れました。前方です」
「何かって……」
何かって何。そう思いながら、前方を見る。
けれどそれは何かわからなかった。よく考えればエスさんにわからなかったものがわかるわけがないのに。
「光ってる……けど」
それは光だった。
それ以上には何もいえない。
もやもやとした光が一箇所に漂っている。
草木も岩も何もない、ただ少し傾いただけの雪原に、光が。
「あれは魔力のようです。しかしなぜ魔力があんな集まり方をしているのかは不明ですが」
魔力……?
実態化してる魔力……そんなものが一部に集まるなんてことが……
「光が移動を開始。近づいてくるようです。逃げますか?」
「う、うん……そうだね」
何かはわからないけれど怖い。
距離があるうちに逃げよう。
魔導車が動き出す。来た方向を戻るように。
それと同時に光も速度を上げる。
「もっと速く!」
「了解です」
魔導車は舗装されてない雪道を揺れながら進む。かなりの速度が出ているはずなのに、光との距離はどんどん縮まっていく。
怖い。敵かもわからないけれど、怖い。
あの魔力の束に敵意があってもなくても、触れれば必ず魔力が持っていかれる。私の身体ごと。制御されてる魔力ならまだマシだけれど。
「ねぇ……なんだか速くなってない?」
「はい。光の速度は未だ上昇中です」
「こっちはこれ以上速くならない、よね?」
「できないことはないですが、かなり無理をします」
「……わかった」
それは最終手段として置いておこう。
まだこっちの方が速そうだし……
そう思った途端、光がさらに1段階、目に見えて加速する。
魔導車よりも明らかに速い。距離はどんどん縮まっていく。
「メドリ。逃げきれません。今のペースではあと50秒で接触します」
「っ……なら、無理を承知で……」
こんな敵意があるのかないのかわからないもの相手に警戒しすぎかもしれない。でも、怖い。すごく怖い。
敵じゃないのかもしれない。そうかもしれないけれど、もし敵だったら? 近づかれて、なすすべもなくやられたら?
私は、イニアには会えない。イニアと死ねない。
そうなるのが怖い。そうなる可能性があるなら、警戒しすぎでも……
「おーい!」
そう思った時が声が聞こえた。
光の方から。
「おーい! 誰かいるんだろ!?」
声だ。
呼びかけるような声。
まだ光との距離はそれなりにあるけれど、このないもない雪原じゃ声も届く。つまり、あの光が……?
「声がしましたね」
光が喋った? 魔力じゃなかったの?
いや、光って高速移動する時点でただの魔力じゃないような気もするけれど。どういうこと……? 意思がある……?
「返答します」
「うん……お願い」
「これ以上近づかないでください。それ以上近づけば、攻撃を開始します」
エスさんがそういうと光はその場で静止した。
脅しが効いた……? やっぱり話が通じる……?
「あなたは何ですか? 光という認識でいいのでしょうか?」
「光? あぁ、そういうことか」
光は勝手に何かに納得したように呟く。
「迎撃準備完了。いつでも攻撃開始できます」
「っ……」
エスさんが私にだけ聞こえるようにその言葉を伝える。それを聞くとともに、私も震える身体を抑えて、杖を握りしめる。
ここまで近づかれたら嫌でもわかる。
あの光の魔力濃度は高い。きっと私の魔法なんかじゃ少しぼダメージにもならない……それどころか吸収されてしまうかもしれない。でも……それでももし敵だったら抵抗しないなんて選択肢はない。
昔の私なら抵抗せずに諦めていたかもしれない。
けれど今は違う。
イニアのところに、必ず帰る。そのために最善を尽くす。尽くしたい。
「いや、僕は光じゃない」
「それでは何ですか? 正体を教えてください」
「わかった」
そう言って少しずつ光が弱くなっていく。
何かを話しながら、ゆっくりと。
もしかしたらあの光が消えた途端私達を襲ってくるのかもしれない。
魔物が光に化けている? それともあの光自体が魔物?
いろんな悪い可能性が頭に浮かぶ。嫌な想像だけで押しつぶされそう。
けれどその心配は杞憂で終わる。
光が離れて、人が現れる。
光の中には人がいた。
人なんてこんな場所にいるはずがないのに。
「やあ。僕はノクス、光じゃなくて人だよ」
そうして、私に色々恐怖を想像させた光は、新しい不安と恐怖を生み出すことになった。人との関わりという不安とと恐怖を。
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