第124話 はんすう

 どこか夢の中にいるようだった。

 ずっと自分ではないような気がしている。

 何をするにも、どこか一歩引いているような……誰かが自分の身体を動かしてるような……そんな感覚が酷く私の中を染め上げていた。


 もちろん自分で動かしてることはわかってる。これが私の選択だってことを。危険を承知でメドリのところへ向かおうって決めたのは私だって。

 

 でもなんだが、よくわからなくなっている。

 視界にも、記憶にも霧がかかって、白くかすんでいる。


 昨日のことに実感が持てないし、ほとんどのことは覚えていないのを感じる。思い出そうとしても、昨日はどこまで移動したという情報以外は深い霧の中にある。霧の中を散策しても、見つかるのは大きな情報だけ。


 魔物の王の再出現。

 たくさんの人が死んでしまって、いろんなところで支障が出た。幸い魔物の王は討伐されたけれど……あれ、本当に討伐されたんだっけ……?

 それでも沢山の魔物がいて、何度も戦った……気がする。

 一度、魔物に奇襲されて腕と足を失った。


 それがこの半年の記憶のすべて。

 どちらも、なにか……大切な何かを失った気がする。

 けれど、そのどちらも私の夢を覚ましてくれるほどの効力はなかったみたい。


 いや、もしかしたら今が現実なのかもしれない。

 あのメドリとの日々が夢だったのかも。

 あの今となっては夢のような泡沫の日々の私はもっとたくさんのことができた気がする。できる気になっていた。


 でも、実際には事態を悪化させてしまっただけ。メドリを幸せにしたいなんて願望はきっと最初から私の中にはなかった。結局最初から最後まで私はメドリに私の願望を押し付けていただけで、メドリのことなんて考えれてなかった。


 メドリの気持ちにずっと気づいていたはずなのに。一緒に死んでくれたらいいって。その願いから私は目を背けていた。それもメドリのためだなんて言い訳して。


 ただ私が弱いだけだったのに。

 メドリに必要とされているのが、嬉しくてただその感覚をずっと感じていたかった。その選択がこの結果を生み出してる。


 こんな私でも進めているのは、イチちゃんとナナちゃんのおかげ。二人には感謝してもし足りない。何もできない私を助けてくれる。


 でも……二人に助けてもらうほどの価値があるかはわからない。

 もし、もしこれがメドリを助けられるなら……メドリが幸せになってくれるなら、価値はある……あると思う。


 でも……きっと私はメドリを愛してはいない。愛せない。愛を知らないから。

 メドリは、メドリを愛してくれる人といたほうがきっと幸せだよ。そんな思いが思考に絡みついて離れてくれない。


 私がメドリを愛していれば、よかったのに。

 愛していれば、きっと自分の願望よりメドリの気持ちを優先できたはず。多分、愛ってそういうもの……なのかなと思う。よくわからないけれど。

 

 メドリは……私を愛してくれていたのかな……わからない。私のことを好きでいてくれたはずだけれど……それが愛なのか私にはわからない。愛を知らない私に、愛を感じることはできない。


 あぁ、頭が痛い。考えれない。考えたくない。

 嫌になってくる。体の中がざわざわする。気持ち悪い。

 うるさい。心がうるさい。こんなことしてる場合じゃないのに。

 何をしている場合なの? 何もしても意味はないのに。

 私は何もできないのに。

 何もする価値がない。早く消えてしまうべきなのかな。


 この思考は私の思考なの? 信じていい思考なの?

 わからない。

 もうなにも信じれない。信じる勇気を失った。

 ただメドリという存在に依存していた。

 メドリは私を見捨てない。

 そう信じれていたから、依存していて。だから私は簡単に信じれた。自分のことも誰かのことも。


 メドリも同じこと言ってた。私がいないとだめだって。一緒にいてくれないとだめだって。

 そんな風にさせてしまったのは私。メドリが私から離れていかないように。

 元々、メドリは自立している途中だった。きっと、そう。なのに、私が引き留めて、引きずり込んで、メドリの悩みを増やして。

 メドリを幸せにしたかったのに、メドリを助けるどころか、私は事態を悪化させただけ。こんな私がまたメドリに会えるのかな。あっていいのかな。


 どうなるのが、メドリの幸せになるのかな。

 このまま私は消えていったほうがいいのかもしれない。

 暗い闇夜に歩こうかな。そうすればどこかで消えてくれる。

 なにが。何が消えてくれる?

 何も消えてくれない。何もよくはならない。なにが。


 私の罪はどうしても消えない。

 メドリのあの綺麗な心を穢してしまった。

 どうしてそんなことを。

 触れるんじゃなかった。

 綺麗なものに触れる資格は私にはなかったのに。どうして触れてしまったの。


 後悔したって遅い。

 もうすべての決断は終わった後で、すべてが終わったこと。

 もうどうしようもない。もう無理で、もうなにもできない。


 自立しないと愛せない。愛さなければ、幸せにはできない。

 そんな気がする。

 いつ間違えたのかな。


 もう考えたくない。

 あとのことはあとで考えよう。

 今日もまたメドリから逃げている。

 いや、逃げちゃいけない。

 私はメドリを幸せにするんだから。


 違う。それができない。

 私には無理だから、メドリとは会うべきじゃない。

 でも、今の不安定なメドリにさせてしまったの私なんだから、私がその贖罪をしないと。私がやらないといけない。

 なんで? そんな心じゃなかったのに。やらないといけないなんて……まるで本当はやりたくないみたいな。

 そんなわけない……そんなわけない。メドリを幸せにしたいって気持ちは嘘じゃないはず……はずなんだけれど。


 本当に、そう?

 また都合の良い言い訳してるの?

 愛していないのに、幸せを願えるの?

 依存していたくせに。メドリを利用していただけのくせに。

 依存していちゃいけないの? メドリも私のことを好きって言ってくれた。それでよかったんじゃないの?


 違う。それこそ、私の都合の良い言い訳だよ。

 本当はそんな資格なんてない。メドリの幸せを願うなら、私はメドリに好かれないようにしないといけなかったはず。こんな病人のせいで、メドリはいろんなのものを失ったんだから。私じゃだめなんてこと、本当は最初から分かっていたよね。ただ見て見ぬふりをしていたんだよね。


 わかってるよ。全部、私のことだから。

 わからない。わからないよ。私のことなんて。


 どれを信じたらいいの?

 矛盾だらけで、わからない。

 きっと矛盾しているから、どこかが間違っている。

 けど、どこが間違ってるのかがわからない。

 それとも全部?

 全部私の妄想?

 ゆめ? 夢なの?


「ぅえっ、っ……はぁ……はぁ……」


 夢……最悪な夢。

 また起きてしまった。

 最近は寝たらいつもこんなふうな夢ばかり。


 いつもぐちゃぐちゃな思考がそのまま私を襲う。

 寝てる前に打っている薬のせいかどうなのかわからない。

 夢の中の私はいつもわからないって嘆いてる。

 私もわからない。わからないから、考えることから逃げている。逃げて、昔の私の選択に身をゆだねている。


 でも……きっとメドリにあえばわかるはず。

 メドリにあえば、何が本当かわかるはず。信じれるはず。


 きっとそれがメドリに依存していることなんだろうけれど……でももうこれ以外に、確かめる方法を知らない。確かめれば、わかるはず。どうするのがメドリにとって幸せなのか。

 だから、その一度だけ。それだけ、だから。

 その一度だけ、また会いたい。

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