第123話 げんじつ
「イニアちゃん」
必要なものを適当に詰め込んでいると扉の開く音とともに私を呼ぶ声が聞こえる。その音が煩わしく感じてしまうのを抑えながら顔を上げると、セルシアさんが私を手招きしていた。
「少し、時間あるかしら」
「すいません。今急いでいるので」
セルシアさんには悪いけれど、今は時間がない。さっきまで寝込んでいた私が言えたことじゃないかもしれないけれど、早くいかないとメドリとはもう会えなくなってしまうかもしれない。
「じゃあここでいいわ。話してもいいかしら」
「それなら、はい」
どんな話かな。
多分どんな話でも、あまり頭に入ってこない。相変わらず視界にはちかちかと花がちらついて、とても気が散る。メドリがいないのに鎮静剤を使うのは怖い。また、鎮静剤のことばかり考えてしまうような苦しいだけの日々がきそうだから。
……すでに少しそうなってるのかもしれない。怖い。私が気を強く保てばいいのかもしれないけれど……一人じゃそんな強くなれない。
「早速本題に入るけれど、メドリちゃんを探しに行くのよね?」
「はい」
「その、少し言いづらいけれど」
そこでセルシアさんは言葉を区切る。
それに不審におもって、つい私も顔をあげてセルシアさんを見る。
セルシアさんは少し悩んでるように見えた。けれど、意を決したように、口を開く。
「いないかもしれないわよ」
空気が凍った気がした。
思考がこの時ばかりはすうっと引いて行く感じがした。
どんな話をされてもあまり真剣に聴くことは難しいかもしれないなんて思考は消えて、セルシアさんの言葉に釘付けになってしまう。
「なにを、言って」
「メドリちゃんはいないかもしれないわよ。いえ、きっとその可能性のほうが高いわ」
「ぇ、でも……だって……」
そんなこと考えもしなかった。いや……考えたらきっと本当に何もできなくなるから、その可能性から目を背けていた。そんなことありえないって。思い続けていた。思い込んでいた。
「そんな、こと、ありえない……です」
ありえない。ありえるわけない。ありえていいはずがない。
そんな可能性はない。ないはず。
「どうして?」
「だ、だって、エスさんが」
「エスさんの言葉は予想よ。あの子の予想は外れることもある。そうでしょう?」
たしかにそう。そうじゃなきゃ、こうはなってはいない。でも、あててくれたことのほうがいい。それで私達を助けてくれた。今度の予測だって、その通りになるはず。そのはずだから。
「厳しいことを言うようだけれど、もう死んでしまっている可能性のほうがずっと高いのよ」
「そんな、こと……」
そんなこと言われても。
いや、違う。もしそうだとしても私は、私はメドリのところを目指さないといけない。それ以外に目標なんてない。それ以外にするべきことなんてないんだから。
「それでも……私は、行きます」
「そう言うと思ったわ。でも、行ったらきっと死んでしまうわ」
「そうかもしれませんけれど……」
「一緒に行くイチちゃんとナナちゃんもきっと、死んでしまうわ。それでも行くの?」
何も言えなかった。そう言われて、すぐに行くと言えなかった。2人には死んで欲しくない。幸せになって欲しい。
1番良いのはみんなでメドリに会いに行ってみんなで帰ってくること。けど、それは難しいのかもしれない。いやきっとセルシアさんが言うくらいなんだから難しいのだと思う。
でもきっとなんとかなるって思ってた。
行けば、動けば、行動すれば全部良い方向に動くって。
そんな考えが今のこの状況を生み出したって言うのに。
「私はみんなに死んで欲しくないわ。もちろんイニアちゃん、あなたにも。辛いのはわかるわ。でも、それであなたも死んでしまってはメドリちゃんの勇気が無駄になってしまうわ」
わかるわけない。私の気持ちなんて。
メドリが死んでるわけがない。
そんなことを言おうとしても言葉にはならない。
頭が痛い。どうして。こんなことに。
視界がちかちかしてきた。苦しい。目を開けるのが辛い。
思考がどこにいるのかわからない。
「でも……だって、わ、わたしには……メドリしか……」
「あなたがメドリちゃんを大切に思っているのは知ってるわ。けれど、それだけじゃないでしょう? 他にも守るものや大切なものがあるはずよ」
きっとイチちゃんとナナちゃんのことを言っている。それはわかった。たしかに、2人のことは大切といえばそうなのかもしれない。私が助けてしまったんだから、最後まで助けなくちゃいけない。
でもそれは、メドリがいてくれる時の私。
メドリがいてくれなきゃ。
私ひとりじゃ。何も。
「メドリがいないと……私は」
「思ったより重症ね。ここまで依存しているなんて」
どうしていきなり私の病気の話になっているの?
話の脈絡が見えない。
そんな私の疑問は次の言葉で消える。
「イニアちゃん、あなたはメドリちゃんに依存しているのね。いえ、お互いにかしら」
「……ぇ?」
いぞん?
依存?
メドリに?
私が?
「自覚はなかったようね。けれど、メドリちゃんがいなくなって、こんな風になっているあなたを見ているとそういわざる負えないわ」
「そ、んな、こと……」
「じゃあ、どうしてそんなに危険を冒してまで助けに行こうとするの? 2人を巻き込んでまで」
「それはだって、メドリのことが、好きだから……」
そう、好きだから。
ただ好きだから。
そう。
そのはずなのに。
どうして、どうして。
「いいえ。人は自我を持って、自立してこそ、初めて人を愛せるのよ。イニアちゃん、あなたはメドリちゃんを愛しているといえるのかしら」
「あい、して……」
あい?
あいって、あいってなに?
愛、愛、愛、愛。
私は、メドリを、愛して?
わからない。愛という感情がわからない。
この気持ちが愛なのかなんて私にはわからない。
愛って……何?
「わから、ない……です」
「ごめんなさい。追い詰めるつもりじゃなかったの。けれど、もしそんな状態で魔力壁なんて超えたら、死んでしまうわ。私は、あなたに生きていてほしいのよ」
「は、い」
それからセルシアさんは何かを言っていた。
謝罪のような、励ましのような……言葉を言っていたはず。
けれど、私の思考には何一つ入ってこなかった。
私の思考は、愛という単語で埋まっていた。
メドリを愛している自信がないということが、私の基盤を根底から揺らしている。
気づいたら世界は花畑に染まっていた。
足元には黒い花が一輪。それをただ眺めていた。何をするでもなくただ。
その一輪以外に花はない。ないけれど、ここが花畑だと妙に確信している。
今はもう何も考えたくなかった。
セルシアさんに言われた多くのことはきっと正しいのかもしれない。重要で、深く考えることなのかもしれない。けれど……もう何も考えたくはない。そんな力はでない。メドリもいないのに。
「依存……」
これが依存なのかな。
もうよくわからない。
本当に、私はメドリを好きなのかな。
依存しているだけなのかな。
わからない。
私が唯一自信を持っていたはずの、あの感情が闇に包まれていく。
闇ともにぼやけて見えなくなっていく。
もう、全部嫌だ。
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