第106話 どうにも

「今日はありがとう……楽しかった」

「楽しかったー!」

「よかったね。また来ようか」


 そんなに遠いわけじゃないし、お金もそこまでかからない。まぁ同じところよりは別のところの方がいいと思うし、ちょっと遠くはなるかもしれないけれど。

 けれどそんなのイチちゃんとナナちゃんの笑顔に比べれば安いもの。


「みんなで来れたら、いいね」


 メドリも来る前に見えていた憂いに似た感情は見えなくなっていた。それが私にとって1番嬉しい。

 これからどんなことがあってもメドリのために、私のために、ずっと一緒にいる。それがメドリの幸せになってほしい。メドリと幸せになりたい。


「うん! お姉ちゃん達も一緒の方がいい!」

「みんなでね」


 みんな。

 メドリだけじゃなくて、イチちゃんとナナちゃんもいたほうがずっといい。2人が笑ってくれていたほうがいいのは間違いない。でも二人だけやっぱりだめで、メドリがいないと私は笑えない。

 メドリと、2人。そのみんなで、またどこかに来れたらいいな。


 思えばイチちゃんとナナちゃんに出会ってから随分と時間が経った。もうなんで助けたのかなんて覚えてないし、考えることもいないけれど、あの時2人に出会えたことはよかったって思える。

 たくさん大変なこともあったけれど、それ以上に一緒に入れてよかったって思えるから。これからも、みんなで一緒にいれると、いいな。もちろんイチちゃんとナナちゃんがそう望めばだけど。


 でもいつかきっと、メドリが親と別れたように、2人が私達と別れる日が来る。決裂というほど、絶対的な別れになるかはわからないけれど、同じ家に帰って、同じ食卓を囲んで、同じお風呂にはいれるのは今だけだと思う。

 けれど、それは2人が、2人なら私達なんかに頼らなくても、自分たちの力で幸せになれるってことだと思うから。それに、もし2人がいなくなっても、メドリがいてくれる。


 だからといって寂しくないわけじゃないけれど……引き留めるのはなんだか違うし、私は2人の助けになれればいい。最初に出会ったときに約束した通り、2人を助けられるならそれで。




 けれど、私にはどうにもできないこともある。

 ううん。どうにもできないことのほうが多い。

 未開拓領域で実感したその感覚を再度味わったのは、博物館に行った5日後だった。


「イッちゃん!」

「ナナ……けほっ! けほっ!」

「イチさん。今は喋らないで。安静にしておかないと」


 イチちゃんが熱を出した。

 かなりの高熱で、起き上がるのも辛そうだった。


 最初は病院に連れて行こうかと思ったけれど、すぐに思い直した。病院にいけば、治るかもしれない。しれないけれど、イチちゃんのことがばれてしまうかもしれない。

 イチちゃんが特化魔力だということが。そしてそれがアヌノウスにばれたら、また危ない目に遭う。


 この前のナナちゃんがさらわれたときに見つけた施設は完全にゲバニルが占拠して、その時に得た情報から、今はゲバニルが優勢らしい。だから、2人の捜索も本腰をいれておこなわれていないんだと思う。けれど、これからどうなるかなんてわからないし、隙をわざわざ見せることもない。


 病院に行かなくても、アマムさんのところにいけばいい。

 そう気づいて、ゲバニルの基地へと急いだ。

 アマムさんならすぐ治してくれる。魔力に詳しいアマムさんならきっと。


「……治すのは難しいです」


 けど、そう簡単にはいかなかった。

 イチちゃんをおんぶして運んできて、パドレアさんに会い、病室へと案内してもらった。同時にアマムさんも呼んでもらって、いろいろな器具で診てもらった。

 そして、一通り終えた後に、イチちゃんを病室で寝かせ、隣の部屋でアマムさんの放った一言目がその言葉だった。


 それを聞いた時のナナちゃんの顔が忘れられない。ナナちゃんの怯え、不安、恐怖、驚き、そのすべてが混ざったような顔。


「治らないわけじゃないですが……それはイチさん次第です。少し薬ぐらいならだせますけど、それだけじゃ多分……」


 治らない。そういうことなんだと思う。

 けれど、どうして。こんな熱、たしかに高熱だけれど、今の医療技術なら、すぐに。すぐに治せるはずなのに。なんで。


「……なんで、治らないの?」

「……魔力が、違いすぎます。一度も見たことがない……魔力が荒れてるのはわかります。こういうちょっとした風邪は誰にだって起きます。それを治すことも、できます。でも……それは普通の人の話です」


 普通の、特化魔力じゃない人。それも、2人は普通の生まれじゃない。アヌノウスによって、未開拓領域にあった情報から生み出された人。生まれが特殊すぎる。


「イチさんの、ナナさんもですけれど、2人の魔力は下手に触ったらどうなるかわかりません。どの部分の魔力が荒れてるのはわかっていても……その魔力の正常な状態がわかりません。薬の効果だって、わからないんです。だから……」

「だから、治せない、ってこと?」

「はい……ごめんなさい。力不足で。気休めぐらいならできますが、無事完治するかはやはりイチさんにかかってしまいます」

「うん……」


 ナナちゃんが悲しげにつぶやく。

 私は何も言えなかった。何もできない。

 私には何も。


 2人を助けるって決めたのに、こんな風邪も治してあげられない。

 どうしようも、ない。


「イッちゃんのとこ、行ってくる」

「うん。行っておいで。ナナちゃんがいれば、イチちゃんも安心するよ」

「……そうだよね。そうだと、いいな」


 そういって、ナちゃんは病室へと向かっていった。

 その悲しげな背中は見てられない。見たくなかった。


「その……今回はまだ気休めで、症状をやわらげられましたけれど……それはイチさんがまだ子供だったからです。もし……これから変質が始まるなら……」

「何もできなくなる……ってことですか」

「はい……それに、今回の熱だって悪化するかもしれません……そうなれば、余計できることは、ないです。それどころか命の危険も……」

「そんな……!」

「ごめんなさい。でも、本当のことを言っておきたくて」

「い、いえ、ありがとう……ございます」


 アマムさんは外へと出て行って、私とメドリだけがこの部屋に取り残された。二人だけになっても、いつものように安心が得られない。それどころか逆に無力感がうきぼりになっていく。


 魔力変質前だから、肉体の部分から干渉することで症状はやわらげれたということかな。確かに身体は普通の人と変わらない。でも、魔力変質は必ず来る。そして、その時重い病気にかかったら……


「イニア」


 ……なんで。なんで2人にそんな……

 それに私は2人を、イチちゃんとナナちゃんを助けるって決めたのに。私は、何も……何もできない。何もできずにただ立ち尽くすことしか……


「イニア……聞いて」

「っ……! ご、ごめんメドリ。な、なに?」


 暗い思考にはまりそうな私を、メドリが引き留める。


「イニア、イチちゃんを助けたい……そうだよね?」

「うん……でも、私にできることなんてなくて……約束、したのに……助けるって……なのに、私は、む、無力でっ……どうすることも、できなくてっ……」


 涙が溢れそうになってくる。

 そんな私をメドリが抱き寄せて、撫でてくれる。


「大丈夫。私達で見つければいいの。2人の情報……設計図」


 ハッとして、顔を上げる。

 そっか……そうだった。気が動転して頭から抜けていた。

 元々、2人がどういう存在なのかを知るために、それを探すために、私達は未開拓領域に行った。そして、あと5日後ぐらいにもまた。

 その時。その時に必ず見つけないと。


「……見つけて、助けよう? それが、イニアの望みなんでしょ? なら私も手伝うから」

「うんっ……」

「大丈夫。イニアなら助けられるよ」

「うん。うんっ……!}


 絶対助ける。

 それが約束。

 ううん。約束だからとかじゃない。

 私がイチちゃんを、2人を助けたい。

 だから、必ず。

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