第105話 をずっと

「ぅわーっ……! ナナ、見て! ほら!」

「イッちゃん……待って! 早いよー!」

「こっちこっち!」


 メドリが両親に会わないと決めてから3日後。私達は、遺物博物館に来ていた。最初はアミカのところにある博物館に行こうかと思っていたけれど、せっかくだしもっと大きなところに行く事にした。


 中央都市の中にある博物館は、冬だと言うのに結構人がいた。それだけこの博物館は人気ということだと思う。

 それだけすごいものがあるということなのかな。イチちゃんは、はしゃいでるけれど、私にはよくわからない。まぁでも、イチちゃんがナナちゃんを振り回すぐらいはしゃいでるのは、結構嬉しい。

 けれどそれよりも私が気にするべきなのはメドリのこと。


「メドリ、大丈夫?」

「ぇ、あ、うん。大丈夫……」

「そう……? 何かあったら言ってね」

「うん……」


 3日前からメドリはぼぉっとしている瞬間がある。その中には悲しみや諦めといった感情が見えて、心配だけれど、メドリに聞いても、大丈夫って言うだけ。

 実際、私が話しかけると見えていた感情は消えて、安心が見えてくる。私が話しかけると大丈夫そうに笑ってくれるし、体調とかも問題無さそうだけれど……やっぱり、メドリはこの前のことを気にしてるのかな。


 多分メドリは自分のことに気づいていない。

 気づいていたら言ってくれる。けれど、メドリが口にしてくれないということは、きっとメドリ自身も気づいていないんだと思う。いや、朧げにはわかってるかもしれないけれど、それが具体的な形にはなっていない……そんな感じがする。


 だって、メドリには初めてのことだと思う。

 あんな風に自分から人を選ぶようなこと。

 あんなに怖がりなメドリがあの決断を気にしてないわけない……


 ……そうだよ。メドリみたいに優しい人が、あんなことになって気にしないわけがない。でも……正直、私は嬉しかったな……メドリが両親より私を選んでくれたことがすごくうれしかった。

 だから、だからこそ、私はメドリに後悔してほしくない。私を選ばないほうがよかったなんて思ってほしくない。この博物館に来たのが気分転換になればいいんだけど……


「お姉ちゃん! こっちだよ!」

「あ、うん! 今行く!」


 少し遠くで私たちを呼ぶナナちゃんのほうへと向かう。人混みっていうほど人はいないからはぐれることはないと思うけれど、一応少し急ぐ。

 メドリの手を握って、少し引っ張る形で歩いていく。


「ぅ……」

「……どうしたの?」

「あ、いや……ううん。なんでもない」


 もう少しでイチちゃんとナナちゃんに追いつくといったところで、メドリの足が一瞬止まる。けれど、メドリは遠慮しているのか、微笑むだけ。

 でも、私は誤魔化せない。

 


「……ちょっとこの辺見ていこっか」

「ぇ……いいよ……そんな」

「私が見たいの。ね?」

「それなら……うん。わかった」


 もしかしたら勘違いかもしれないと思ったけれど、それならそれでもいい。元々博物館に来たんだし、展示物を見るならそれはそれで。よしんばメドリの心の引っ掛かりみたいなものが見えればうれしいけれど。

 まぁ、私は見ても全然楽しくない、というかよくわからないんだけれど。メドリを見てるほうが良いのは間違いない。


「二人ともごめん! ちょっと待って!」

「えーっ! 早く行こーよ!」

「ナナ、少しくらいいいよ。それにほら見てこれ!」


 イチちゃんとナナちゃん、特にイチちゃんには悪いけれど、少し待っていてもらおう。どうしても、メドリのほうが優先順位は高いから。


「イニア、何見たいの?」

「え……あ……っとね」


 何も考えてなかった。

 まずここはどんなものが展示されてるのかな。


 世界で最初に発見された古代魔動機とその運用方法……?

 ここらへんは全部これに関してなのかな。


「この魔導機、かな」

「これね……教科書で見たことあるよ」

「そうなんだ。どんな魔導機なの?」

「えっとね。たしか……あ、ここにも書いてる……えっと……」


 この古代魔動機は魔力を流し込むことで、周囲に壁を構築することができる……昔の人はこの魔導機に長年魔力を流し込むことで、巨大な壁を作り、魔物の脅威から逃れた。なお、既に壊れて動かない。


「あ、もう壊れてるんだ」

「うん。それでもう、誰にも見られず倉庫にしまわれてるよ。これも模造品だし……」


 そこでメドリの言葉が途切れる。

 その空白に悲しい感情が流れているのをつながっている手のひらから感じた。


 その悲しみはいつもの感情とは少し違う。

 少し共感が混じっているような気がする。


「なんだかこんなにもすごいことをしたのに、教科書の1ページにもならないなんて……私なんか、すぐに忘れられちゃいそうで……」

「うん」

「忘れられるのは、怖い。私が生きてなかったみたい……生きる意味がなかったみたいで……怖い。怖くなっちゃった」


 そういって、メドリは微笑んだ。怖いような、共感してるようなほほえみ。

 恐怖に震えた手を握る。メドリに生きる意味がないなんてそんなことあるわけがない。それどころか、メドリは私に生きる理由を意味をくれた。メドリがいなければ、私は今ここにはいない。それどころか、まだ生きてるかもわからない。


 メドリは恩人で、恋人で、一番大切な人で……そんな人を私が忘れるわけがない。忘れたくない。生きていてほしい。一緒に。私と。

 私と幸せになってほしい。他の誰かなんて嫌。私と、一緒に生きて、幸せになってほしい。私を選んだことをよかったって思ってほしい。


「……たしかに、みんな忘れられちゃうかもね。でも、私は忘れないよ。私は、絶対忘れない」


 世界の全員がメドリを忘れても、私は忘れない。忘れるわけない。そんな自信がある。私よりメドリのことを想ってる人はいないんだから。


「そう、だよね。イニアはずっと一緒にいてくれるもんね……」

「うん。ずっと一緒にいるよ」

「……私、もう、イニアしかいない……イニア……イニアしかいないんだよ? ……絶対、絶対……隣にいて……離れちゃだめ……イニアが私のこと嫌いになったら、私死ぬから……だから、ずっと好きでいて」

「……絶対いなくならないよ。それに絶対ずっと好きでいる。私にもメドリしかいないもの。絶対ずっと隣にいるよ」


 目じりに涙を浮かべ今にも泣きだしそうなメドリの頭をなでて、抱き寄せる。泣きそうなメドリの顔は誰にも見せたくない。私だけに見せてほしいから。

 弱いメドリも、甘えるメドリも、かっこいいメドリも、かわいいメドリも、照れてるメドリも……全部私にだけ、見せてほしい。けれど、それが無理ってことはわかってるから、せめてその一部分くらいは独占させてほしい。


「ありがと……ほんとに、ほんとにやだからね。絶対一緒にいてよ……もし離れちゃっても、すぐ私のところにきて……イニアは私のなんだから」

「うん。すぐにメドリのところに行くよ。それが私の望み……だからね」


 それが私の、最大の、望み。メドリのそばにいる。

 メドリは私に嫌われたら死ぬって言っていたけれど……きっとそれは私も同じ。

 私もきっと、メドリに忘れられたり嫌われたりしたら、死んでしまう。私としては、そうなっても隣にいたいけれど、きっと私の心が耐えれきなくなってしまう。メドリは私のすべてなんだから、メドリに嫌われて、私は私を肯定できる自信がない。


「イニア、ありがと……あったかい……」

「もうちょっと、こうしてよっか」

「うん……私だけを感じて」


 メドリのあたたかい吐息が首にかかって、私の思考を奪っていく。私の思考が感覚がメドリにすべて奪われて、メドリだけを感じていた。

 少しの間私たちはそうしてお互いだけを感じていた。

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