第104話 けっかは

 雪の降る夜に、私は久しぶりに決断をした。それでも私は消極的で、逃げてるともとれるような決断しかできなかったけれど、私は決断した。それは、イニアがいてくれたからだし、もしイニアがいてくれなかったら私はまだ怖がりで、何もできないままだったと思う。


 けれど、イニアはずっと私のそばにいてくれるし、私と辛いことも痛いことも苦しいことも、全部一緒に感じてくれる。一緒にいて、安心できる。安心させてくれる。だから私も、イニアが嫌な思いをするのは嫌だし、嫌な思いをしているなら、そんなイニアを抱きしめてあげたい。


 だから、私は両親との関係を終わらせることを決めた。初めて、自分から関係を終わらせることを決めた。今の両親は私にいろいろなものを与えてくれた。でも、イニアがお母さんと会って嫌な思いをするぐらいなら……恨まれても、嫌われても、私はこの関係を終わらせる。


 それに、あの瞬間……イニアが席から立った時、イニアの中に私はいなかった、気がする。いろんな感情に飲まれて、思考の名からいなくなっていたような気がする。

 そんなの、嫌。イニアはずっと私を、私だけを考えていてほしいのに。


 結局メッセージには、私達が恋人であることともう会わないことぐらいしか書かなかった。それ以上、書く気が起きなかった。


 決断したはいいけれど、それが恐怖を克服できたかと言われれば違う。私はまだ怖いままで、両親から、誰かかから嫌われるのは怖い。嫌われたら、自分に存在価値がないように感じるから。だから、嫌われるかもしれないって考えるだけで、思考が止まって、動悸が激しくなって、息がしづらくなる。なっていた。今はそこまでいかない。それはイニアさえいてくれればいいって、思えてるから。


 イニアがいてくれたから、私は決断できた。

 そして、決断した次の日の朝、起きたらメッセージが来ていた。

 それはお母さんからじゃなくて、お父さんからだったけれど。


 そこには、私が昨日の夜にメッセージを送ってからのことが書かれていた。


 私たちが恋人同士だと知って、お母さんは最初は驚いていたけれど、今は理解してくれたこと。けれど、どうしても受け入れられないことには変わりないこと。


 これは少し悲しかったけれど、同時に予想通りだったという気持ちになった。お母さんはそういう風にとらえるってことはわかってた。だから、私がイニアを好きで、イニアも私を好きってことをメッセージで伝えた瞬間にもうお母さんとは会えないなって思ったんだから。


 それと、もう会わないことにはなるかもしれないけれど、けんかになるかもしれないけれど、いつでも帰ってきていいって書かれていた。


 これがお父さんの意志なのか、2人の意志なのかはわからない。

 まず、お父さんは私たちのことをどう思っているのかな。あまり私に関心がなかった感じがするから、なにも気にしていない気はする。

 お母さんは……やっぱりあったら、怒られると思う。怒鳴られるというのかもしれない。私は言い返せないから喧嘩にはならないだろうけれど……怒られるのは嫌い。


 だからもう、私が両親のもとに帰ることはない。


 けれど、うん。少しは、うれしかった。

 いつでも帰ってきていいって言葉を疑わないわけじゃないけれど、それでも、うれしかった。


 これが私と両親の決裂。

 元々私が誰にでも作っていた壁は、少しは崩れたけれど、同時に大きな溝できた。そんな気がする。もうこの溝を超えることはできない。だから、もう会わない。

 それが私の、決断の結果。


 これでよかったのかわからない。 

 イニアがいてくれたけれど、それでも怖かったし、その予想通りお母さん委は嫌われた。そういう決断をしてしまったからだけれど。


「メドリ……大丈夫?」

「……少し、抱きしめて」

「うん……ずっとこうしてる」


 お父さんからのメッセージを読み終えた私をイニアが抱きしめてくれる。

 また嫌われたことによる恐怖や、決断の良し悪し……そんなどうにもならないことを考えて、苦しくなっている私を抱きしめてくれる。抱きしめて、頭をなでてくれる。


 それだけで、いろんなことを気にしなくてよくなる。イニアがいるんだから、イニアが私を好きでいてくれるんだから、それでいいって思わせてくれる。


「あの、ね。もし、私のせいなら……」

「イニアのせいじゃないよ……これは私の決断」

「そっか……」

「本当。ただ、お母さんと私は合わないだけだから」


 今ここで決断できたのはイニアのおかげではあるけれど、イニアのせいじゃない。この決断はいづれにしろいつかはしないといけないことだった気がする。

 そして、その時どんな決断をしても私と両親の間には溝ができた。


 最初から、私には無理だった。

 私には両親には心が開けなかった。

 孤児院から引き取られたときから。


 両親というのはどうしても私の生死を分ける人になる。特に子供のころの私は今よりも嫌われるのが怖かったから、心を開けなかった。

 それでも長い間いると、少しずつ心の扉は開いていく。それが昨日の決断で少し早まっただけのこと。そして、私の心の扉があいたとき、お母さんが私を受け入れないってわかってた。


 お母さんが悪いんじゃない。ただ、お母さんは私とは違う。違いすぎる。私のことを理解できないとまでは言わないけれど、納得はできないと思う。お母さんは行動力があるし、今まで多くのことを自分で決めてきた人で、社会との調和を望む人。


 私は違う。

 私は自分の意志が弱くて、何も決めれない。

 社会なんて、他の人なんて、どうでもよくて、ただ自分が良ければいい。


 だからいつか、決裂する日が来るってわかってた。

 それがたまたまイニアとの関係だっただけ。

 私はイニアとずっと恋人でいたかったし、お母さんは同性同士の恋は受け入れられなかった。その差が溝になった。


「イニアはいてくれるよね」

「うん。ずっと」

「……ずっとだよ。ずっと私を好きでいて……私も好きでいるから」

「うん。ずっと好きでいる。ずっとメドリが……1番好き」


 イニアが私の中に入ってくる感じがする。

 今はもう私の記憶のほとんどはイニアのことばかりになっている。そしてほんの少し残っていた両親との記憶もイニアによって上書きされていく。


 イニアと一緒に住み始める前のことはよく思い出せない。

 それは何があったかということじゃない。いや、何があったかもうろ覚えといえばうろ覚えだけれど、それでも誰とどこにいたかということぐらいは大まかに覚えている。

 でも、感覚がわからない。

 その時、私は嬉しかったのか、幸せだったのか、それとも怖かったのか、苦しかったのか。霞のなかにあるようでうまくつかめない。まるで他人事で、あまりにも現実感がない。


 だからきっと、その時の私と今の私は同じ人物じゃない。

 構成材料が違う。昔の私が何でできていたかは知らないけれど、今の私はイニアが作ってくれた。イニアに染め上げられている。イニアが私を好きって言ってくれたから。イニアが私のものになってくれたから。イニアが一緒にいてくれるから。

 私は、イニアのことを好きでいいって、イニアのことだけでいいって思えたから、私はもうほとんどイニア一色に染まっている。


 それが心地よくて、嬉しくて、幸せ。

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