第102話 とじられ

 どこか思考がおかしい。いろんな感情が混ざり合っている。異質のものを見た恐怖や、メドリとの思い出を語ることへの嫉妬心、それでもずっとメドリと手をつないでいられるという安心感。

 別世界を見てるような感覚になる。家族というものを見るたびに、私には感じ取ることができなかった何かを持っている人たちのような気がして。それをメドリと一緒に見つけれるといいなと思うけれど、経験のない私に見つけられるのかはわからない。


「長い間連絡なくて心配したのよ」

「それは……ごめんなさい。でも……」

「怒ってるわけじゃないわ。無事に帰ってきてくれたしね。その間。何をしていたのか聞きたいなって」


 メドリと両親の会話には案の定というか、予想通りというか、私の入る隙間なんてなくて、ただ聞いてるだけになっていた。この感覚は、一年半ぐらい前にこの街を魔物が襲ったときにも感じた。

 メドリが両親と再会したとき、今と同じような感覚を感じた記憶がある。それに私はメドリがすごく遠くに行ったみたいで怖かった。でも、今はメドリは私の隣にいる。隣から離れていったって、どこまでも、暗闇のそこまで追いかけていくって決めてるから……今はメドリはすぐそこに、一緒にいるって確信できてる。


 あと違うのは、なんというかメドリの動きがぎこちないというか。私の記憶ではもっと自然にというか、流暢に話していたような気がしたけれど。


「そうなのね……そんなにいろんな場所に……」

「う、うん。でも、大丈夫だったよ」

「大丈夫って……魔物は危ないに決まってるだろう。どうして、そんな危ない仕事をやろうと思ったんだ?」

「それは……えっと」


 そこでメドリは言葉を詰まらせる。

 どうして。どうしてかな。

 最初はきっと、完全に私だけのわがままだった。ただ、私がメドリと一緒にいないとおかしくなってしまう身体になってしまって、私にできることは戦うことぐらいだったから、必然的にそうなってしまった。

 けれど、今は違う……と思う。メドリも私と一緒にいたいって言ってくれてる。だから、私だけのわがままじゃない……はず。

 つまり、答えるとすれば、それは。


「一緒にいたいから」


 沈黙の中にメドリの声が響く。

 一緒にいたい、ただそれだけ。それが満たされていたからこの仕事をしているだけといっていい。もちろん、一緒に入れるなら別の仕事でもよかった。

 ……今はイチちゃんとナナちゃんのことがあるから悩むけれど、最初はただそれだけだったはず。


「……それはつまり、どういうことだ?」

「え……ぇと、だから……」


 意味が分からなかったのか聞き返してくる父に、メドリはうまく答えられない。きっとそれ以上何を言えばいいのかわからないんだと思う。私もわからない。一緒にいたい。それ以上でも、それ以下でもないから。


「イニアさんといるだけなら、そんなに危ないことをする必要もないでしょう? どうして?」

「そうなの、かな……」

「そうよ。何か理由があるんでしょう?」


 そういわれて、今度こそメドリは黙りこくってしまう。

 私も助け船を出そうと思ったけれど、何も言えなかった。


 他に理由になんてなかったから。だから、何も言えなくて、沈黙が場を包む。気まずい空気が流れる。


「ま、言いたくないならいいわ。きっと、あなたには重要なことだったのよね」

「ぇ、別に他に理由なんて……」

「いいのよ。詮索したりなんてしないわ。メドリが無事でいてくれたら、私はそれで」


 メドリの口が開いて、そのまま閉じる。そうやって、口をぱくぱくとさせる。けれど、その全部は何も吐き出すことはなく俯いてしまう。

 きっと……なんていえばいいのかわからなかったんだと思う。私もなんていえばいいのかわからない。正解なんてないのかもしれない。けれど、そこで私はメドリの心が沈んでいくのを感じた。

 失望とも恐怖とも不安とも似ているようで、どこか違う。


「うん……ありがとう」


 ただ、妥協したんだと思う。

 メドリが彼らに対して、どういう気持ちで、どう思って、ここまで来たのかはわからない。私はそういう親子の関係というものを知らないから。

 でも、何かを思っていた。そして、それを手放した。


 そういう感覚が、メドリとつながっている手のひらから伝わってきた。

 

 彼らは……悪い人というわけじゃないと思う。けれど、なんというか、メドリを見ていない気がする。メドリじゃなくて、彼らの思い描くメドリを見ているような。それだけメドリに期待している……ということなのかもしれない。そうかもしれないけれど……そんなの、メドリの負担になるだけじゃないのかな……?


「今は2人で住んでるのよね? イニアさんに迷惑はかけてない?」

「ぅんっと……それは……かけてるかも」

「そんなことないよ。一緒にいてくれて、うれしい」


 メドリが彼らへの何かを手放したからといって、関係を悪くするつもりはないっぽい。となると、どこまで話していいのかわからない。

 私にはメドリがどんな人なのか、多少はわかっているつもりだし、世界で一番メドリのことを知りたいって思ってる。でも、メドリの両親のことは何も知らないし、知りたくもない。


 でも、彼らはメドリの両親だから、どこまで言っていいのかわからない。もし、今目の前にいるのが他人……メドリや私にとってどうでもいいひとであるならば、この瞬間に席を立って家に帰る。けれど、彼らはメドリにとって少なからず思いがある人だから。

 さっき捨ててしまった感情というものを勘定にいれなくても、これまでの積み重ねてきた関係がある人。だから私は、どう話せばいいのかわからない。


 でも、一つはっきりしていることは私はメドリを守ればいいということ。これからメドリがどんなことを言って、どんな決着を目指すのかはわからないけれど……その過程で、メドリがどんなことを言われても、私はメドリを守りたい。


「それならいいわ……メドリは、イニアさんもだけれど、結婚とか考えないの?」

「え?」


 私はあまり口出しせずに、メドリを守ることに徹しようと思っていた矢先、その言葉が、思考を無に還した。

 メドリと恋人ってことは言った記憶はない……メドリが話したのかもと思ったけれど、メドリも目を見開いているから、違う。そんなに……わかりやすいのかな。


「えって、あなたももう大人なのよ? 彼氏の1人や2人できたでしょう?」


 動揺がすっと引いていく。

 私たちの関係はばれてないみたい。いや、私はばれてもいいけれど、メドリは困るような気がする。メドリの両親が同性婚にどこまでの理解があるかわからないけれど、下手に話しても関係が拗れるかもしれないのはわかるし……


「イニアさんだって、結婚してもメドリが家にいたら困るわよねぇ?」


 困らないし、メドリと結婚……というかずっと一緒にいたい。

 と言ってもいいけれど……彼らの感じからして、メドリが私と恋人である可能性は考えてないと思う。同性婚が増えてきたのは聞いているけれど、それでもまだまだ少ないし……それに、彼らは彼らの思い描くメドリを見ている。

 つもり、私とメドリが恋人であると明かすのは、そこから外れることになる。それが彼らを驚かせてしまうかもしれない。


 驚いて、理解できないものを見た人の行動は、大体否定になる。それが怖れとなるのか、怒りとなるのかはわからないけれど、そうなることが多いと思う。それは……私もつい最近感じたばかりだし。

 だから、どう返せばいいのかわからない。

 メドリとの関係に嘘だけはつきたくないし、けれど本当のことを私が言うのもどうかと思うし……


「えっと……なんていえばいいのか……私達、そういうのはしなくてもいいかなって……ね?」

「……うん」

「そうなの? ま、それでもいいけれど……ずっと、女2人で一緒にいるなんて、変な噂を立てられるわよ」


 その時、空気が少し変わって、私の思考が知事待っていくのを感じた。


「そう……かな」

「そうよ。仲いいのはいいけれど、自立しなきゃ。結婚してるわけでもないのにずっと一緒にいるなんて、変よ。ましてや女同士なんて」

「そんなこと……」

「いいえ。人は自立しなくてはいけないわ。メドリだって、ずっとイニアさんに甘えてばかりじゃいけないの。だから……」


 そこまでで限界だった。

 どんどん悲しみにあふれていくメドリの顔を見るのも。私たちの関係を否定するような言葉を聞くのも。

 思考が絞られ、意識が激情にかられる感覚が全身に走った。

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