第100話 これまで

 私にとって、両親とはだれを指すのか……あまりよくわかっていないし、わかる気もない。どうでもいいかなと思っている。私は……別に前の親も、今の親も特別嫌いなわけじゃない。けれど、特段感謝してるわけでもない。

 ……感謝するべきだとは思う。けれど、私が感謝してるのは、感謝できてるのはイニアに対してだけで、他の誰にもきっと感謝なんてできてない。もしかしたら……イニアにも感謝なんてできてないかもしれない。


 でも、私は嫌われるのが怖いから、心のない感謝を吐き続けてきた。前の親には、言えなかった感謝を、空っぽな感謝を。本当はもっと心を込めて、心の底から、感謝するべきなのだと思う。


 私を生んでくれた人へ。

 私を拾ってくれて、私を育ててくれた人へ。

 私に関わってくれた人へ。


 でも、私は感謝なんてできない。どうすればいいのかわからない。どうしたら、私の醜く濁りきった心は、感謝を感じれるのかわからない。どうしても、最初に親に嫌われて以来、恐怖が勝ってしまう。恐怖で心が塗りつぶされてしまう。

 私なんかを知ったら嫌いになるって。私なんかに感謝をされたら、嫌いになるかもしれない。私のしたことが、彼らを不快にするかもしれない。


 そんな……想いばかりが溢れてくる。そんなことは割り切ったほうがいい。それはわかってる。わかっているけれど、その方法を知らない。

 だから、私は何もできなくなってしまった。私は私から生み出される恐怖のせいで、なにもできなくなってしまった……いや、多分、もとから何もできなかったと思う。そんな人だから、私は多くの人に嫌われてきた。


 本当に嫌われているのかはわからない。私を嫌っている彼らに直接聞いたわけではないし、私は被害妄想癖があることはわかってる。

 すぐに不安になって、恐怖で縛られて、自分を守るために最悪の想像をして、そう決めつけないと気が済まない。期待すると余計傷つくって学んだから。学んでしまったから。

 だから、自分が傷つかないように、周りとの壁を作ってしまう。それが結果的に疎遠になる原因になるとわかってるはずなのに。


 そうして疎遠になって、もう会わなくなった友達……といえるのかはわからないけれど、人たちがたくさんいる。少なくとも、彼らは私に積極的に会いたいとは思ってない。

 所詮、みんなにとって私はその程度の人でしかない。何も本心を言えず、人に合わせることもできず、ただ、当たり障りのない、主体性のない、空っぽな言葉を吐いていただけ。

 けれど、だからこそ、たいていの人には好きでも嫌いでもない、すぐ忘れ去られるような人になれたとは思う。もし、私が私の恐怖を取り払って、必死に求めても、嫌われるだけだったとは思うから。


 やっぱり、唯一違ったのはイニアだけで、きっとこれからもそう。

 何が違ったのかはよくわからない。イニアに対して、何かをしたわけじゃない……と思う。最初から、ただ嫌われたくなかった。それだけ……だったはずなんだけれど。


 それでも、何かが、いろんなことが違っていた。

 その差異のすべてはわからないけれど、確実に違っていたから、私は今イニアと一緒にいる。

 特に違ったのは、イニアだけが私を一番好きだったということだと思う。だから、イニアは私との関係を保ってくれたと思うし、そうじゃなければ、私がイニアを好きになることもなかった。


 別に、そう信じきれていたわけじゃない。ずっと昔から、不安は付きまとっていた。そのせいで、たくさんの迷惑をかけたし、面倒くさい人になっていたと思う。けれど、それはずっと蓋をしていた私。その化け物のように肥大化した私が、殻の中から出てきたのは、出てこれたのは、多分……期待していた。してしまっていた。


 それはイニアには私しかいないはずだって思っていたから。親も友もいなくて孤立していたイニアには、私しかいないって、それなら、どんな私とでも、関係を保ってくれるって、期待していたから。

 相変わらず醜い私の心情が反映された期待だとは思う。でも、それでも、私はイニアに期待していた。そして、その期待通りというべきなのか……イニアとの関係は、私の中で最後まで残った関係になった。他の関係は変化とともに消えてしまって、イニアとの関係だけが最後に残っていた。


 そして、今。

 いろんなことがあった。

 イニアの病気がひどくなったり、住んでた町が大きな魔物に襲われたり、変な組織に入ったり、2人の妹のような子供と暮らすことになったり。


 いろんな人と出会って、いろんな関係を構築した。比較的良い関係もあれば、ただ名も聞かず魔法を打ち合うだけだった関係もある。

 イニアとの関係も変わった。


 イニアは私を好きって言ってくれて、私と一緒にいてくれる。

 殻の中から出てきた醜い私を見ても、イニアは私を好きって言ってくれた。その化け物が、イニアを傷つけても、イニアを縛っても、好きって言ってくれた。

 私がその言葉を信じれなくても、不安になっても、イニアは隣に、一緒に、いてくれる。


 だからもう、他のことはどうでもいい。

 気にしているのはイニアにかかわることだけ。

 私の感情のほとんどはイニアに向けられている。

 好意も、恐怖も。

 

 もう私にはイニアしかいないから。

 そこに親……今の親が入ってくるとは思ってなかった。まず連絡が来ることが意外だった。それがどういう意図なのか私にはわからなかったし、私は今の親がそんなことで心配するとは思ってなかった。

 彼らは、当然といえば当然かもしれないけれど、自分たちのことの方が大切だし、私のことも世間体か何かのために引き取ってくれたに過ぎない……そう思っている。


 理不尽に酷い扱いを受けた記憶はないし、それなりに心配されたけれど……特別好かれたわけでもない……と、思う。だから、私がイニアのところへと出て行って、なんというか、気が楽になってると思ってた。

 私の存在がお父さんとお母さんにとって負担になってる。そう思っていたから、連絡も自分からは取らなかったし、両親もこの1年半ほどの間に連絡なんて2度くらいしかきていない。それも、元気にやってる? うん。ぐらいの簡単な会話だけだった。


 だから、やっぱりそれぐらいだったんだ……そう思って、お父さんとお母さんは、両親に、彼らになった。

 でも、2日前に来た連絡。来ていた連絡というべきなのかもしれない。あれだけ彼らが、お母さんとお父さんが、たった数ヶ月連絡が取れなかったぐらいで、私を心配するとは思わなかった。


 心配……あれは心配なのかな。私にはよくわからない。なんというか、子供と連絡がつかないと困ってる自分に酔ってるだけのようにも感じてしまう。

 そんなふうに思ってしまう自分が嫌だけれど……でも、あのメッセージには怒りが含まれていた。怒りは怖い。毎度、少しの勇気とともに動いた時は、私が相手の怒りを買って、関係を壊してきたから。

 彼らとのなんでもない関係が、壊れた修復不能な関係へと変化するのが怖い。だから、悪い方向に考えてしまった。


 それでも今日、会いに来たのは、それより期待が大きかったから。あれだけ心配してくれるってことは、私を好いてくれてるのかもしれない。期待を裏切り続けて、奪うだけ奪って、何も与えれなかった私を。

 もし……そうなら、私はまた彼らを、お母さんとお父さんだと思えるかもしれない。それにどこまでの意味があるのかはわからないけれど……どうしても良好な関係を構築できるかもしれない……そう思ってしまったから。


 それに……もしも裏切られても……私の勝手な期待が的外れだったとしても……嫌われても……私が勝手に酷く傷ついても……イニアがいるから。

 もっと前の私ならこの恐怖を前にして決断なんてできなかった。でも、今はイニアがいるから、何が起きても大丈夫って思えるから、私の儚い期待に身を任せても良いかと思えた。


 だから、私は1年半ぶりに両親の家に入る。

 イニアと一緒に。

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