第99話 かたみち

 すぐに家へと帰ってきなさい。


 寝る前に、寝床の中でメドリと魔導機を起動する。

 確認すると、その一文から始まったメッセージは、大分長く続いていた。

 いや、そのメッセージ自体はそこまで長いものではなかったけれど、その前にもたくさんのメッセージが来ていた。そこまで含めればかなり大層な量になると思う。

 一番最初のものは、なんと4か月前には届いていた。私たちが未開拓領域へと初めて、行った時ぐらい。


「今、何してるの? 仕事はしているの……」


 メドリがその最初のメッセージの冒頭を口に出す。

 最初のメッセージは本当にただの近況を聞いてる感じだった。最近魔力が乱れることが多くなってきたとか、体調は大丈夫なのかとか……ただのメッセージといった感じだった。


 けれど、それに私たちが答えることはできなかった。

 そして、その一週間後に、二件目のメッセージが届いていた。

 次のメッセージは、メドリへの心配で大方を占められていた。


 どうしたの? 体調は? 住めるところはある? 連絡はとれないの?


 みたいな感じだった。

 たしかに、子供から一週間も連絡が途絶えれば心配する……するのかな。イチちゃんとナナちゃんみたいに幼いならともかく、メドリはもう魔力の最適化も終えているんだし……

 私の親を基準にするのはよくないとは話あっているけれど、ついつい、その基準を使って行動してしまう。いちいち連絡を取ったほうがいいとは思わないけれど、連絡が取れなくなることぐらい言っておいたほうがよかったかな。


 でも……イチちゃんとナナちゃんと数年後に連絡が途絶えたら、確かに心配するかもしれない。それと同じような感じだったとしたら、悪いことしたかもしれない。


「……うわ。これ70件ぐらいあるよ……全部、読む?」

「さすがに重要そうなところだけでいいんじゃないかな……」


 あとはタイトルと少し中身を軽く読むぐらいで、真剣に読んだのは文体が変化したときのみ。

 まず最初の変化は、二通目から少し見て取れた。


 それは何というか不安定で、とにかくメドリが無事なのかということと、どこにいるのか、返事をしてほしい。そんなことが、とりとめもなく送られてこいていた。正直、意味はとりにくかったので、メドリも私も流し見をしただけで終わった。


 その次に変化したのは、一か月後ぐらいになった。たしか……このころに一度私たちは、こっちに帰ってきている。物資補給とかで。

 ここで、見ておけばまだましだったんだろうけれど、見逃してしまった。見逃したというより、三日間しかなかったから、普段は使わない通信機を見るほど余裕がなかった。


「……なんか吹っ切れたみたいだね」

「うん……」


 ここからはようやく文章も安定してきて、ある程度読めるようにはなった。安定してきたといっても、すぐにはどうしようもないと気づいた結果のような気がする。

 あと、たまに父がはいってくるようになった。


「お父さんも……」


 メドリは父がそんなことをするなんてという風に驚いていた。私としては、今までずっと母だけが送ってきたことのほうが驚きだけれど。そういう焦りを共有しようとは思わないということなのかもしれない。


 実際、メドリの父はそこまで慌てている様子はなかった。

 心配をしていないわけではないみたいだったけれど、友達……多分これは私のこと……によろしくと書いてあったり、今すぐじゃなくてもいいからいつかは一度くらい帰ってきてほしいみたいなことが書かれていた。家出に近い何かだと思ってるのかもしれない。


 そこから当分は身のある話は書かれていなかった。メドリに帰ってきてほしい。無事でいてほしい。そんなことばかり書かれていた。

 少し内容が変わったのは、10日目。

 二か月ほど前から、人づてでメドリのことを探そうとしていたようで、それが実ったというべきなのか……ゲバニルの人が来たららしい。正確にゲバニルの名前は出てないけれど、言ってること敵に間違いないと思う。


 一応この任務は極秘扱いらしく、メドリの両親にすべてを話すことはなかったようだけれど。現在連絡が取れないこと。無事なこと。危険な場所にいること。それだけが伝えられたらしい。あとは口止め用なのか、さらに、そろそろ戻ってくることまで。

 かといって、話せない部分もあるようで、ゲバニルなんて言う組織名は言えないからか、聞いたこともない会社名になってたりした。多分これはカバーストーリーってやつだと思う。

 そして、さっきのメッセージに戻ってくる。


「すぐに、家へ帰ってきなさい……ね」

「帰るの?」

「まぁ、うん。そうだね。帰っておいたほうがいいのかな……」


 メドリはそこで少し言葉を切って、俯く。

 不安そうなメドリに腕を回して、抱き寄せる。力の抜けていたメドリはそのまま私のおなかの上へと倒れこむ。メドリが顔をくりくりと押し付けて、私に甘えてくれる。さらさらとした紫髪が少しくすぐっくて、心地いい。

 そんな甘えんぼなメドリの髪を優しく梳かす。くすんだ紫が私の手の中を流れる。


「……帰りたくないわけじゃない。わけじゃないけれど……ちょっと怖い。怒られそうだし……逃げちゃいたい……」

「うん。それでもいいよ」


 たしかに、あのメッセージは少し怖かった。

 子供と連絡が取れなくなるだけで、あそこまで取り乱してメッセージを送ってくるのかなという疑問はある。メドリはもう弱い子供とは違うというのに。

 もし、深く取り乱していたとしても……正直私達には関係のない話だとも言える。私達は私達なんだから、親の心情なんかに振り回されることが良いとは思えない。だから、逃げたっていい。怖いなら、別にこのまま無視し続けたって。


 でも。


「でも……多分、それはそれで面倒なことになるよね。だって、ゲバニルの人が行ったぐらいだし……それに、ずっと心配されるのも、なんかやだし……」

「そうだね……うん」

「だから、一度は帰って、おこうかな。その……イニアも一緒に来てくれる……でしょ?」

「もちろん。ずっと一緒だからね」

「ありがと……」


 話してるうちに、メドリの声からは少しずつ不安が消えていく。

 別にメドリは今の親のことが嫌いなわけじゃないし、優しいからこうなることはなんとなくわかってた。

 ただ、メドリは嫌われるのが怖い……ただそれだけなんだと思う。だから、怒りが苦手で、今もメッセージからの怒りによって不安になってしまった。それでも、メドリは会いに行くことに決めた。


 私としては……メドリが決めたならそれでいい。いいけれど、少し怒りがわいてくる。メドリに怒りをぶつけて、不安にさせるなんて。メドリにはずっと幸せでいてほしいのに……

 でも、そんなことをしても、メドリは両親に会うと決めた。

 それが会わなくてはならないなのか、会いたいなのかはわからないけれど。


 それが私の中の嫉妬心を強くさせる。

 メドリが私以外の人を見ている気がして。メドリ優しさを私が独り占めしたい……そんなことはできないってわかっているのに、そう望まずにはいられない。


 でも今は、それより考えなくちゃいけない。

 もし、メドリが両親とあって、メドリが怒られるなんてことはあってはならない。まず……メドリが良いって言ってくれたとはいえ、危険な場所へといってるのは私のせいなんだから。

 メドリは悪くない。もし悪くても、メドリを傷つくのはいやだから、私はメドリを助けたい。

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