第98話 まちへと

 久しぶりの……と言っても3週間ぶりぐらいの街。なんだかんだ1ヶ月に一度は帰ってきてるから。普段と違うのは、3日でまた戻るとかじゃなくて、2週間ぐらいいていいらしい。


 ゲバニルでも調査結果の精査やら、これからの方針やら、いろいろあるらしい。そういうのを終えて、第二層に行くことになれば、また集められてあの古代施設へと向かうことになる。一応行かない可能性もあるみたいだけれど……多分そんなことにはならないと思う。というか、そんなことになったら困る。


「それじゃあ、また」


 セルシアさんはそう言って、別の何処かへと歩いて行った。

 確か昔の知り合いに会いに行くとか言ってた。この前の飲食店で会った人に会いに行くのかもしれない。


「ばいばーい!」

「……私達も帰ろっか。2人はどこか行きたいところとかある?」


 メドリと手を握り合って、宿の方へと歩き出す。

 イチちゃんとナナちゃんも手を握って、私達の隣を歩く。いつのまにか、2人は隣を歩いてくれるようになった。私達といて、安心してくれるなら……2人の助けになってるなら嬉しい。

 

「えっとねー……わかんない! イッちゃんは?」

「私は……あそこ行きたい。あの、遺物博物館……」


 えっと……セルシアさんが教えてくれたところだっけ。確か、未開拓領域で見つかった古代の魔導機や魔法式などが展示されてるらしい。もちろん研究の終わった安全なものに限られるらしいけれど、それでも十分な量があるとか。


「うん。わかった。アミカにあるらしいし……メドリ、いいかな?」

「いいよ。別に、いいのに」


 メドリの同意で嬉しくなってる私の思考だったけれど、それに続いた小さな呟きを逃すことはなかった。

 別に、イニアがしたことなら聞かなくても、いいのに。

 そんな言葉が聞こえた。


「ううん。そう言ってくれるのは嬉しいけれど……私はメドリがどう思ってるのか、聞きたいから……」


 本当は聞かなくてもわかるようになりたい。メドリの全てを理解したい。でも……きっと、メドリは私よりずっとすごい人だから、私じゃわからないことだってたくさんある。

 メドリが私に、いいよ、って言ってくれるのが好きっていうのもないわけじゃないけれど。


「……聞かなくても、わかってると思うけれど……イニアがそう言うなら、わかった。そうする」

「ありがと……好き」

「私も、好きだよ」


 なんでもない、いつもと変わらない会話なのに、メドリと話してるだけで、つい笑みが溢れてしまう。メドリが私を好きって言ってくれる。それが私の心を潤して、暖かくしてくれる。

 メドリの少し頬を赤くして、はにかむような笑顔がまた私の気持ちを強くする。イチちゃんとナナちゃんがいることはわかっているけれど、この気持ちが強くなったら抑えることは難しい。


 それにそろそろ慣れてきたというのもある。メドリは私よりもずっと早く慣れていたみたいだったけれど……でも、やっぱり毎日一緒にいてたら恥ずかしさなんて慣れる。

 恥ずかしさがなくなったわけじゃないけれど、それよりメドリに好きって伝えたい気持ちの方がずっと大きくなったからかもしれない。メドリもそうだったら、嬉しいな。


「お姉ちゃん達、仲良いね」

「うん……羨ましい」

「私達も仲良し。でしょ?」

「そう……だね」


 ……多分、2人とも小さな声で話してるつもりなんだろうけれど、私達はすぐ隣にいるわけで……流石に聞こえる。見られるには慣れてきたけれど、声を聞くと本当に見られてるってことがわかって、羞恥心が加速する。


「イッちゃん、好き」

「……ぇ……!」

「ナナは……? お姉ちゃん達みたいに、言って欲しい」

「え、えっ……でも、ナナ……」

「好きじゃないの?」

「……ぅすぃき……」


 そのイチちゃんのひどく細く儚い声を聴くところまでが限界だった。私の顔は熱を帯びて、羞恥心からくるその熱が思考を留めて、倒れてしまいそうだった。

 見つめあっていたはずのメドリが不安そうに私を見ているから、なんとか意識を保てたけれど。メドリを不安にさせたくはないから。


「じゃ、じゃあ! まずは、買い物に行こ!」

「うん! いこー!」


 もう半分やけになりながら、テンションを上げた私にナナちゃんだけはそのままのってくる。さっきまであれだけ恥ずかしいこと言ってたのに……聞こえてないと思ってるだけかな……?

 いや、でもイチちゃんは顔真っ赤で俯いてる。今にも湯気が出そうなくらい赤いのがわかる。ナナちゃんに引っ張ってもらってなかったら転けてるかもしれない。

 ……多分私も似たようなものだけれど。


「……恥ずかしかった?」

「……ぅん」


 私が顔を赤くしてることに気づいたのか、メドリが優しく声をかけてくれる。

 メドリの声色は、なんというか軽い後悔が入っていた。


「ごめんね。またやっちゃった……も、もう、やめて、お、おこ……」

「……私は、嫌だな。私はもっと……こんな風に気持ちを共有していたい」

「で、でも……だって、私、イニアが嫌がること、し、したく、ない……」


 立ち止まって、声を震わせて今にも泣きそうなメドリを抱きしめる。幸い本格的な冬の中だからか、人通りは少ない。イチちゃんとナナちゃんには悪いけれど待っていてもらおう。

 ……やっぱり二人よりメドリのほうが大切だから。

 メドリが大丈夫って言ってる限りは、二人のことを助けたいけれど、こんな風にメドリが後悔してしまっていたり、不安になってしまったり、怖くなってしまったときは、私はそんなメドリを支えてあげたくなってしまって、それ以外のことは考えられなくなってしまうから。 


「……嫌じゃないよ。恥ずかしいけれど、すごくうれしいよ。もっと、好きって言ってほしい。もっと好きって言いたい。うん……私が言いたいの」


 もし、メドリが私を好きじゃなくなって、私が好きって言っても好きを返してくれない……そんな風になっても、私はメドリに好きって伝えたい。

 ……気持ちを押し付けてるだけかもしれない。でも、それでも、私はメドリに好きって伝えなくちゃ、いけない。そうしないと私は、きっと私ではなくなってしまう。メドリを好きって気持ちが、私の大部分を構成してるんだから、それを止めることなんて、できない。


「あ、ありが……と……う。ご、ごめんね、わた、私また、こん、んな風に怖くなっちゃって……また、イニアに、こんなこ、こんなこと……言って……」

「いいよ。私はどんなメドリも好きだから、どんなこと言っても大丈夫だよ。私はずっと、メドリを好きでいるから。一緒にいるから」


 言葉にならない嗚咽をあげ初めるメドリを抱きしめて、私の腕の中へと誘う。くしゃと歪んでしまった泣き顔は、すごく可愛らしけれど、私以外には見せて欲しくない。私以外には、どんなメドリも本当は見せて欲しくないけれど、弱くなっているメドリなんてそれこそ、私にだけ見せて欲しい。


 そんな酷いくらい膨れ上がった独占欲とともに、息を吸うたびにぴくっと跳ねるメドリの背中を、一定のリズムで撫で続ける。

 辺りには雪が大量に降り始めていて、イチちゃんとナナちゃんは寒そうに手を握り合っていたけれど、私は全然寒くなかった。メドリを抱きしめていれば、私の熱とメドリの熱で寒さなんて感じない。


「…………ありがと。もう……大丈夫。2人も、ごめんなさい。長いこと……」

「う、ううんん! だだ、大丈夫!」

「……ぅ……んん……」


 まだ子供だから充分に魔力が馴染んでいないせいか、歯をかたかたと振るわせる2人を見て、私も少し悪いかなと思った。せめて、買い物は明日にして早く帰ろう。

 私たちは少し駆け足になりつつ、宿へと帰った。路面は凍結していて、滑りそうで怖かったし、どんどん降り積もる雪のせいで足がとられて歩きにくかった。


「何とか帰ってこれたね。二人は先にお風呂……ん、イチちゃんどうしたの?」

「な、なにかか……ひひかってる……」

「え?」


 暗い部屋の中で薄明かりを何かが放っている。

 それは一応持ってはいるけれど、ほとんど使ってないメドリの通信機だった。それがちょうど何かを受信したのか光を発したみたい。


 最初に考えたのは、ゲバニル関連かと思った。けれど、それはない。パドレアさんやセルシアさんなら、元々私の持っていた方に来るはずだから。それぐらい前から、メドリの通信機は使ってない。

 となれば、メドリの昔の友達とか……?


 そんなことを考えながら、メドリと一緒に魔導機をのぞき込む。そこにはメドリの両親からのメッセージが書かれていた。


 すぐに、家へ帰って来なさい。


 そんなタイトルのつけられたメッセージだった。

 その後ろにも、たくさん書かれていたけれど、私に最初に目に入ってきたのはその一文だった。その有無を言わせない口調に、私とメドリは少し目を合わせて、固まってしまった。

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