第96話 いりぐち

 古代施設の調査は意外とすんなりと進んでいた。

 初めて来てから、もう10日になる。私たちの班は五日に4回の活動にしているから、まだ7回しか行ってないんだけれど。今日で8回目。それでも、なんとなくわかってきた。

 想像通りというか、想像以上に古代施設は広そう。特に中がが吹き抜けになってるとは思わなかった。

 いや、天井はあるんだけれど、大分上に見える。最初にすごい下ったとはいえ、なんというか不思議な気分になる。まだ全体像は見えないけれど、枝分かれした道に、大小さまざまな内部施設があった。

 もう完全の街にしか見えない。古代の人はこんなところに住んでたのかな。なんでなんだろう。あんなに強い魔導機だって作れたのに、何に怯えて……


 まぁでも私が考えても仕方ないことだし。

 それより、魔物が少なかったのがよかった。構造自体は複雑だけれど、この古代施設自体が巧妙に隠されていたおかげかもしれない。でも、代わりに古代魔動機はたくさんいた。といっても、動いてるものは少なかったし、動いていたとしても、決められた場所を徘徊しているだけのようなものだったりした。


 だから、元々私が恐れていたよりは順調に進んでいた。魔導機に地図を記録していって、詳細情報も少しずつ入力していく。

 といっても、危ないことには変わりないし、今でも無力感が恐怖心に変わって私を苛むこともある。そんなときはいつも、メドリが優しく私に触れてくれる。

 メドリのおかげで私は、まだ大丈夫でいられる。


「こっちよ」


 魔導機で位置を確認しながら、セルシアさんの後を追う。

 この班の司令塔はセルシアさんになった。今までは特にそういうのも決めてなかったけれど、ゲバニルから言われたのもあるし、こういう仲間で協力し合う場合には、そういう人がいたほうがいいらしい。

 セルシアさんは今までもリーダー的な役職をしてきたわけではないらしいけれど、私はずっと一人だったから経験がないし、メドリはあんまり得意じゃなさそうだし、イチちゃんとナナちゃんに任せるのはそれこそ難しい。


 だから、消去法というか、なし崩し的に決まった役職だったけれど、セルシアさんは結構向いてると思う。あまり経験のない私から見た意見だからあまり信憑性はないかもしれないけれど。


「止まって」


 セルシアさんの一言で、脚を止める。

 そして耳をすませると、魔導機の駆動音が聞こえてくる。


 何かが回転するような音は小さくて、敵対するような戦闘タイプじゃない可能性は高いけれど、念のために近くの建物の影に隠れる。偵察機の可能性もあるし……その場合は隠れても無駄かもしれないけれど。

 小さな影は、そのまますぎていく。私たちに気づかなかった偵察機なのか、巡回してるタイプなのかはわからない。まぁでも、とりあえず、助かった。


「……大丈夫そうね。行きましょう」

「はい」


 あと、懸念があるとすれば、イチちゃんとナナちゃんのこと。

 元々ここに来たのは二人の手掛かりを探すためなんだから。本当にこの古代施設に、人工特化魔力を可能とした何か……それがあるのかはわからないけれど、探さない選択肢はない。

 ……といっても、セルシアさんにはまだ二人のことは話していないから、困ったことになっている。セルシアさんに無断で離れるわけにもいかないし……それっぽい理由を考えるのがいいのかな。でも、そういうのセルシアさんはすぐに見破りそうだし……


「ここは……なにかしら」


 進んでいくうちに、開けた場所に出たと思ったらひときわ大きな建物があった。その中には、その大きさに見合った巨大な昇降機があった。けれど、それは上に続いているわけではなくて。


「地下への……」

「すごい! ここだけじゃなかったんだ!」


 ナナちゃんははしゃいでいるけれど、これは想定外……本当にすごく長い間ここの調査に時間をかけることになりそう。


「とりあえず、報告ね。地下に行くのはここの探索を終わらせてからにしましょう」


 この方向もまだまだ終わりが見えないし。

 私たちは班に分かれて探索しているけれど、その各班の探索範囲は、入り口からの方角によって決められた。私たちは一番壁際。逆に中心に向かったのはゲバニルの人たちだった。

 まぁたしかに、中心のほうが強いやつがいそうだしね。おあつらえ向きに、巨大な柱みたいなのもあるし。昔の中枢だったりしたのかも。今でも、青白く光ってるし。あれって……まだこの古代施設が生きてるってことだよね。


 もちろん、大部分の明かりは消えているし、ところどころに動かなくなった魔導機とかもあるけれど……天井は夜以外は未だ薄暗く光ってるし、動いてる魔導機だってたくさんある。流石に人がいるとは思えないけれど……


「今日はこの辺にしましょう」

「はーい!」

「わかりました」


 手元の魔導機を起動して地図を眺める。少しずつ埋まってきたけれど、今のところ何もない。なんというか……普通の住宅街のような光景がずっと続いている。この昇降機のある施設が初の変な建物だった。

 二人の手掛かりがあるとすれば、研究所みたいなばしょとか……あとは、資料の集まる図書館とかになると思う。けれど、そんな場所が見つかるかどうか……


「今のところ順調ね」

「順調……かな。まだまだかかりそう……」

「もう! イッちゃんは心配性なんだから……大丈夫だよ!」


 つい不安そうな言葉を溢すナナちゃんの手をイチちゃんがとる。

 イチちゃんの明るい笑顔が、ナナちゃんの不安を霧散させていくの見て取れる。


「そう……かな」

「うん!」

「そっか……ありがと、ナナ」


 イチちゃんがナナちゃんにつられたように笑みを溢す。それをみて、さらにナナちゃんの笑顔が強くなる。

 やっぱり、いつも笑顔のナナちゃんだけれど、イチちゃんが関わると、もっとずっと良い笑顔を見せてくれる。


 それを見るたびに、あの時助けてよかったって思える。

 だから、今回も助けたい……できるかはわからないけれど、助けたい。


「大丈夫よ。急がずゆっくり行きましょう」

「うん……」


 それに今は私達だけじゃない。

 きっとセルシアさんも二人のことを助けてくれる。

 いつか……二人の秘密を話す時が来るかもしれない。なんだか、少し寂しいけれど、それでもきっと、二人にとって良い方向に進む。二人には幸せになってほしいから。

 二人で支えあって、良い出会いを重ねて、幸せになってほしい。

 けど、メドリにはそんな純粋な思いを向けれない。


「イニア……どうしたの?」


 メドリの手を握りなおして、指を絡める。

 指がこすれあって、小さな熱を生み出す。小さくても確かな熱を。


「ううん。好きだなって思っただけ」

「……私も好きだよ」


 多分この好きは、イチちゃんとナナちゃんに向けてるような単純な好きじゃない。膨れ上がって、ねじれきっている。

 メドリのここにいたい。メドリに選んでほしい。メドリに私といて幸せになってほしい。好きって気持ちと混ざり合った私の欲望。

 こんなの感情、昔は思わないほうがいいかもって思ってた。けれど、そんな自分も受け入れるようになったのは、メドリのおかげ。全部メドリのおかげなんだから。


 だから……もっと、ずっと、隣にいるからね。

 何があってもずっと。


「帰るときも気をぬいちゃだめよ。無事に帰ってこそよ」

「うん!」


 セルシアさんの背を負う二人を眺めながら、メドリと見つめあう。

 ほんの一瞬だったけれど、その一瞬がとても心地いい。メドリの目に私だけが移っている瞬間。私をメドリが見ていてくれる。


「……いこっか」

「うん」


 メドリが少し力を込めてくれる。

 私の大きな気持ちにこたえてくれるように。それが嬉しい。嬉しいのに。

 でも、なぜか、大きな気持ちが揺れる。そんな音がした気がした。

 ほんの一瞬の気がかり。数歩歩けば、忘れるぐらいの小さな気がかりを感じた。

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