第95話 なおして

 それから特に何事もなく……といっても、時々敵との遭遇はあったけれど……なんとか目的地に到着した。野営地の設営が自動でされていく。こういう時文明の利器は良いなとおもう。

 一応、不測の事態も考慮して、すぐ移動できるようにはしておく。まぁ多分そんな事態になったら移動なんてできないとは思うけれど。


「よし。今日は休憩とする。明日からは各自の判断に任せるが……くれぐれも我々の指示は聞き逃さないでくれ」


 ガジさんの連絡で1日が終わった。

 野営地……といっても場所は古代施設の中だけれど……は意外と快適で、なんなら住んでる家よりも快適かもしれない。思ったより広いし。

 住んでるところが狭いのもあるだろうけれど……あとは食事が長期保存に向いたものだから、イチちゃんとナナちゃんにとっては残念なところかも。私達は気にしないけれど。でも2人は育ち盛りだし、もっと色々食べて欲しいと言えばそうだね。

 まぁでも……おやつもたくさん買ってきたし大丈夫……であってほしい。もし無理そうなら、1ヶ月で辞めよう。


「わーい! ふかふか!」

「はしゃぎすぎ……ひゃ! ナナ、投げないで!」


 ナナちゃんは寝床の上でぴょんぴょんと跳ねる。元気いいなー……元気がありすぎて、枕をイチちゃんに投げてるけれど。


「早く寝たほうがいいよ。明日は危ないからね」

「うん!」

「あ、あの……改めてありがとう。私達のために……」


 正直今でも安全のことだけを考えるなら来ない方が良かったって思わないわけじゃない。でも2人が不安で、ここに来たいっていうなら……なんというか、それなら来たほうがいい。

 不安に苛まれて生きていくのはすごくつらいと思うから。


「いいよ。それより怪我しないようにね」

「……うん。おやすみ」

「おやすみー!」


 おやすみと軽く手を振って、部屋を出て、メドリへと視線を向ける。お風呂上がりのメドリは少し頬が赤くなっていて、すごく可愛い。それに……さっき見たメドリの一糸纏わぬ姿を思い出すし。


「私達も、寝よっか」

「……そうだね」


 動悸が激しくなり始めた鼓動を抑えて、メドリの手を握り直して、私達の部屋へと戻る。


「明日……大丈夫かな」


 暗くなった部屋では、メドリの顔だけが見える。メドリの、1番大切な人だけが見える。

 そんな人を私は明日危険なところに連れていく。そう思うと、なんだかまた怖くなって、思わずそう呟いてしまう。もう何度も同じことを言ってる気がする。


「2人でいれば大丈夫……そうでしょ?」

「そう……だけれど……私、怖い……」


 メドリの手が私の頬を撫でる。それだけでぴくっと身体が跳ねそうになると同時に、メドリの暖かさと安心感が流れ込んでくる。

 けれど、それでも恐怖は収まらなかった。いつもならこれで急激に落ち着くはずの心はいまだに震えたまま。


「メドリ……」

「……触れるよ?」


 今日の昼の出来事からなのか一言断りを入れて、メドリが私を抱きしめて、頭を優しく撫でてくれる。メドリの胸の中に包まれて、震えが少しずつ引いていく。


「私……なんとかなるって思ってた。メドリと一緒なら何が起きたって、どうとでもできるって……」


 今まではなんとかなってきた。危ないことはたくさんあったけれど、毎回なんとかなった。だから、今度も……次も大丈夫って思ってた。

 でも、そんなの考えるまでもなく、私の傲りだった。


 未開拓領域の怖さを知らなかったわけじゃない。知識としては知っていた。知っていたのに、わかってなかった。

 でも……実際に見て、わかった。わかってしまった。


 空を埋め尽くす小型魔導機の群れ……突然現れた小さな村ぐらいはありそうな巨大魔導機……さらにそれを一撃で沈めた魔法……

 私じゃ天地がひっくり返っても届かない領域。人の域を外れた、遥か遠くの存在達。


 私は生まれ持った膨大な魔力や、戦闘向きの魔法に適性があったから、なんだかんだ誰にでも少しは抗える。そう思ってきたのに。

 彼らにはどうしても敵わない。それをわかってしまったから、私の心には恐怖が刻まれてしまった。


「私……メドリと一緒に生きるって……イチちゃんとナナちゃんを助けるって……そう決めたのに……」


 できない。

 そんなことできない。

 私はどんな時だって選択肢があるって思ってた。


 でも……あの時、私に選択肢はなかった。

 ただ怯えて、メドリと触れ合っている感覚を抱きしめていただけ。何もできなかった。何もしようとも思えなかった。


「……イニアは私と一緒にいてくれてるよ? 一緒に……生きてくれてる。私は……それでいいよ」


 メドリの優しい声が耳から身体に染み込んでいく。染み込んで染まっていく。


「でも……私、もっとメドリと生きていたい……なのに、なんとかなるだなんて思い込んで……こんな危険な場所に……」

「そうじゃない……でしょ? イニアがここにきたのは、2人を助けるため……そうでしょ?」


 2人を……イチちゃんとナナちゃんのため……?


「そう……なのかな……」

「そうだよ。イニアは優しいから、どれだけ危なくても、2人が行くって決めたなら一緒に来てたよ」

「で、でも! メドリが……」


 メドリが私の頭の足りなさで危険にさらされて、一緒にいれなくなるかもしれない。それがやっぱり心にしこりを残してしまう。

 そんな私の頭をメドリは優しく撫で続けてくれる。私を抱きしめて、ずっと撫でてくれる。


「私はいいの……そう言ったでしょ? 私はどんな場所でも、イニアが隣に変わらずいてくれるなら、それでいいの。だから、気にしないで」

「うぅ……でも、私……」

「それに、イニアが怖いなら、ずっとここにいようよ。調査なんて行かないで。今から帰るのは……流石に危ないと思うし」


 私は少し泣いてしまっていた。

 いろんなことが重なったからなのか、メドリの優しさに包まれて安心してしまったからなのか……目がぼやけて、身体が熱い。

 そんな私をメドリはさらに抱きしめて、囁くように優しい言葉をくれる。その言葉が崩れていた私を治していく。


「2人も言ったら許してくれる。他のみんなだって、許してくれる。もし……全員が許してくれなくても、私は隣にいたい。一緒にいたい。イニアと一緒にいたい……イニアもそう思って、くれてる……よね?」

「うん……! 私も何があってもメドリと一緒にいたい……!」


 泣いてるせいでかすれた声を絞り出す。

 メドリはそれでさらに安心したような顔をしてくれる。その顔が私を安心させてくれる。メドリの思いに、私は助けられていく。


「それなら……私はなんでもいいから。イニアの好きにしてよ。私は隣にいるから……ね? 大丈夫。危なくても、大丈夫。一緒にいるよ。隣に……」

「ありがと……わ、わたし……そっか……うん」


 私がどんな決断をしても、メドリはいてくれるんだ……それがメドリの幸せなら……すごく嬉しい。

 崩れ去った覚悟がメドリによって再構築されていく。


 元々……ここまで来てるんだから、道なんて一つしかない。

 それに、最初から決めてることでもある。イチちゃんとナナちゃんを精一杯助ける……メドリと一緒にいる。ただそれだけでいいんだから。


 もし……それで私じゃどうにもならないことに遭遇しても、それは仕方ないこと。それを恐れて、メドリを1人にしたり、2人を助けなかったりしたら、それこそ、後悔する。

 だから……私は。

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