第94話 いちげき
轟音と共に目が覚める。いろいろな感覚が戻ってくる。
「え、何?」
思わずそう呟きが漏れる。
まず記憶が混濁してる。何が……?
「えっと……」
「イニア……起きた?」
「あ」
思い出した。
今は未開拓領域で古代施設に向かう途中……それでたしか……メドリがたくさん私に触ってくれて……
「はぅ……」
思い出すだけで赤くなってしまう。
あんなに首が弱いだなんて思わなかったし、すごく恥ずかしかったし、それこそ思考が破裂して気を失ってしまうなんて……
「イニア……その大丈夫? ごめんね。ちょっと……調子に乗りすぎた……嫌いにならないで……お願い……」
まだあまり状況が掴めなくてぽわぽわしている私の手を掴んでメドリが弱々しく泣きそうな声を出す。そんなメドリも可愛いけれど、いつもならもっと強く手を握ってくれるし、それに身体も少し遠い。
それが寂しくて、寝起きで動かしづらい身体でメドリの方へと身を寄せる。
「嫌いになんてならないよ。メドリのこと……ずっと好きだから。恥ずかしかったけど……嬉しかった。だから、いつでも触れていいからね? メドリにならどんなことされても好きでいるから」
「うぅ……ぅあ……」
「大丈夫。嫌いになんてならないよ。好きだよ。大好き」
静かに泣き出してしまったメドリを抱きしめて、紫髪を優しく撫でる。泣いているメドリの声も顔も誰にも見て欲しくない。私だけに見せて欲しい。
やっぱりこうして触れ合ってる方がいいな。さっきのメドリみたいに怖がって遠くにいてしまうのはやっぱり嫌……もっとメドリが安心して隣にいれる私になりたい。
人前で触れ合うのが恥ずかしくないわけじゃないけれど……でも、このメドリの温もりが遠くなるなんて……それこそ怖い。ずっと私にだけこの温もりを注いで欲しい。
「っわ!」
そんな穏やかな気分に浸って、メドリを撫でていたのに、魔導車が揺れる。それで轟音と共に目覚めたのを思い出す。
「何……?」
「あら、起きたのね」
「えっと……何が?」
「ちっさいのがね。ぶわーってきてね。それでどーんって感じ!」
イチちゃんが身振り手振りを加えて説明してくれるけれど、いまいちわからない。ぶわー……? どーん……?
窓から外へと目を抜けると、そこには空が暗くなるぐらい多くの何かが浮いていた。
「小型魔導機の大群と遭遇したのよ。今は迎撃中よ」
セルシアさんがそう補足してくれる。
え……つまりあれが全部自立魔導機? 古代魔導機って初めて見たけれど、全部あんな感じなのかな。それならできればもう会いたくないけれど……その前に大丈夫なのかな……
そんな心配をしている間にも飛んでくる魔導機へと魔法が撃ち込まれていく。先頭へと着弾すると同時に、その周囲へと爆風が広がって多くの魔導機を地へと落とす。
すごい……最新鋭の兵器なのかな……
「大丈夫……そうですかね?」
「……彼らは前座よ。そこまで強くないわ……問題はこの後」
「え?」
その時、小型魔導機の全てが撃墜されたのか空がぱぁっと青く変わる。それと同時に、さっきまで小型魔導機がいた方向とは逆に強大な魔力の気配が出現する。
危ないと思ったけれど、声を上げる暇もなく魔力は高速で接近し、衝撃となって私たちを襲う。
「きゃぁ!」
すごい衝撃で魔導車が大きく揺れる。けれどきっと本来はこんなものじゃない。この程度で済んだのは、魔力防壁が展開されてるから。これが私達を守ってくれた。
衝撃が収まり、周囲に舞う砂塵が消え、強大な魔力を放った敵の姿をとらえる。それは巨大な魔導機だった。商業施設よりも大きな巨体に、その体躯に見合った巨砲が2本。その周りにも無数の小さな砲台がある。
でも、あれだけ巨体なのに、今までどこに……全然気づかなかった。少し砂を被ってるから地中に潜んでいたのだろうけれど、それでも限度といものがある。移動音だってすると思うし……
「……そっか」
あの小型魔導機か。あれが陽動なんだ。
そしてあの巨大な魔導機が本体。
古代の遺物である自立魔導機って使用者もなしにそんなことができるんだ……知らなかった。けど……どうしよ。
いくらゲバニルの兵器がすごくてもあれだけの魔力出力の攻撃を何発もくらって耐えられるとは思えない。そして敵の巨大魔導機は遥か遠くにある。
強烈な恐怖が私を襲う。ここに来る時にメドリと死んじゃう覚悟はしていたはずなのに、どうしてもまだ一緒に生きていたい、そう願ってしまう。
「イニア……もっと抱きしめて……?」
「うん……」
「ね……大丈夫だよ。ほら、私達一緒にいるでしょ?」
私の腕の中でメドリは私との繋がりを確かめるように手を握る。さっきまで泣いていたはずなのに……メドリはすごい。
その言葉に私の中の恐怖は覚悟へと変わっていく。どちらにせよ私達にできることはない。ゲバニルの人達を信じるしかない。
それにもしダメでもメドリと一緒なんだから……それ以上求めることは何もない。最後まで一緒にいれるなら……きっと大丈夫。
「ねぇ! これ大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ! みんないるもん!」
「もうナナは楽観的すぎ!」
こんな時でも、イチちゃんとナナちゃんは変わらない会話に励まされる。なんだか、どうとでもなる気がする。
「大丈夫よ。ここにはあの人がいるんですもの」
セルシアさんの懐かしさに塗れた信頼に疑問を返す前に、再度強大な魔力が動くのを感じた。
けれどそれは遠方の魔導機からではなく、少し前のほうから。ちょうどガジさんとかのゲバニルの人が乗ってるはずの車ぐらいの場所から。
その魔力はすぐに放出され、魔法へと変質していく。
魔力が魔法に変わる特有の眩い光が視界を包み、魔法が大気を裂く音が鳴り響く。轟音で世界から音が消える。あらゆるものが白く染まって視界が消える。
いろんな感覚器官が潰されて、メドリと繋いだ手以外のことは感じれない。けれど、それだけでどうなってるのかなとか、助かったのかなとか、大丈夫なのかなといった不安はなくなる。メドリだけを感じていればそれで良いって思えた。
そんな眩い幸福な瞬間が終わって、景色が晴れる。眩んだ視界でなんとか状況を把握する。
「うそ……」
そこには火に呑まれた巨大魔導機の姿があった。目を凝らして見れば、あれだけ存在感を放っていた巨砲はひしゃげて使い物にならなくなっていたし、移動しようとしている体は震えて、見るからに瀕死の状態になっていた。
「懐かしいわね。戦争時代を思い出すわ」
セルシアさんの言葉もうまく頭に入ってこなかった。それは鼓膜がやられたからではなく、見たものの衝撃からによるもの。
これはもう人の技ではなかった。
あの古代魔導機だってそんなやわな装甲をしているわけじゃないだろう。それなのにこの距離から、それも一撃で……
「イニア? どうしたの?」
「え……ううん! ちょっと驚いただけ。これなら……大丈夫かもね」
未開拓領域は人の住める場所じゃない。
もしそれに抗えるとすればそれこそ人の技を超えた別の何か……さっきのような魔法しかない。そういうことなのかもしれない。
そんなものが味方で安心できるような……けれど何故か不安なような……そんな入り混じった感情とともに魔導車は速度を上げ進んでいく。
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