第93話 ふれられ 

 魔導車が砂塵の舞う荒野を走る。自動運転で目的地へと一直線に。窓から少し遠くを見れば、森が生い茂っている。ここは地脈の流れが不安定だから、いろんな気候が混ざり合っている。もっと奥は雪が降っていたり、豪雨や、焼き付ける快晴、大量に押し寄せる波……そんな世界が広がってるんだとか。


 そんなわけわからない場所でも生きていけるぐらい強い物もいる。そんなのに会ったら確実に死ぬ。そしてここはそいつらに会う可能性が1番高い場所。


「未開拓領域……」


 ついに来てしまった。正直今でも怖い。

 ここはもう人の領域じゃない。次の瞬間、よくわからない何かに殺されるかもしれない。


「大丈夫よ。ここぐらいの魔物ならそこまで強くないわ」

「セルシアさんは、来たことあるんですか?」

「ええ。何度もね。久々ではあるけれど」


 そう言ってセルシアさんは窓から遠くを眺める。それは時間的な遠さを感じてるように見えた。懐かしくなるような場所なのかな。何度も来たってことは昔は探索者として生計を立ててたのかもしれない。


 思えばあんまりセルシアさんのことは知らない。

 いや数日前にあったばかりだし当然といえば当然だけれど……私がいうのも何だけれど、この仕事は普通選択肢に入ってこないと思う。

 パドレアさん曰く、同じ求人だとばれないように、面談場所や募集要項は少しずつ変えながらいろんなところで求人を出しているらしい。私達が見たのは、その中でも比較的手抜きのやつだったとか。

 でも、結局募集要項はなんでもよくて、ただ人手が欲しいだけみたいだったけど。一応身元調査とかもして、いれる人を決めたらしい。


 そんな感じの応募すれば受かるような場所だけれど、業務内容はわからないし、よくわからない場所で面談するし……セルシアさんにような優秀な人が選ぶ仕事とは思えない。


 私達は2人で一緒にいたいからこの仕事にしたけれど、今思えば別の道があったかもしれない。まぁ私のできることは戦いぐらいだから、結局同じような感じになっていたかもしれないけれど。


 私達ですら別の道があったかもしれないなら、セルシアさんにはそれこそ無数の道があったはずなのに。どうしてあえてここなのかな。聞いてみるのは……ちょっと難しい。優しい人というのはわかっているけれど、なんでも聞けるほど仲良くもない。この任務は長期間らしいから聞く機会もあると思うし。


 長いのも……ちょっと気になる。今までも、全部で3ヶ月とか半年とかかかることはあったけれど、それでも毎回近くの街まで戻っていた。でも、今回はそうじゃない。

 未開拓領域内での移動は危険ということで、調査する古代施設に泊まるらしい。そのための設備も持っていってるのだとか。

 帰れるのは月1回。持ち込む物はなんでもいいとのことだったので、お菓子やら本やらを持ってきた。イチちゃんとナナちゃんように。それ以外にも、着替えとか日用品、魔導機を整備するための道具も持ってきた。通信機も一応。ここら辺は魔力が通ってないから使えないけれど。


「わー、ね。あれ! おっきい!」

「ぅ……怖いよ……ナナ」

「大丈夫よ。あれはラジリクね。大人しいから、人を襲うことは滅多にないわ」


 窓の外から遠くに私達よりも何倍も大きな魔物が砂の中を泳ぐように進んでいくのが見える。巨大な二本の角のせいで攻撃的に見えがちだけれど、すごく臆病な魔物と聞いたことがある。

 けれど、あんなに大きくてもこの場所で1番強い魔物じゃない。この場所にはもっと厄介だったり、強かったりする奴らがたくさんいる。まぁ臆病なラジリクがいるってことは当分は大丈夫そうだけれど。


「怖い?」


 隣に座るメドリが私の不安を感じ取ったのか、私を抱き寄せる。身体が触れ合って、服の上からでも感じる体温が暖かい。メドリに触れていると、私の触覚の全てがメドリに向いて、すべての感覚を置き去りにしていくから、あらゆる不安がなくなる気がする。


「うん……まだメドリと一緒にいたいから……」

「嬉しい。ずっと一緒だから、大丈夫だよ」


 メドリの胸へと身体を預ける。メドリの手が私の身体を撫でてくれる。もう冬なのに、こうしてるだけで身体は芯から熱くなっていく。


「んん……!」


 急に快感が全身を伝えって、漏れそうになる声を必死に留める。メドリが首に触れ、魔力を絡めてきたことに、感覚の荒波の中で気づく。


「め、メドリ……」

「だめ?」

「いい、けど……ん!」


 触れられるのは嬉しいけれど、ここにはイチちゃんとナナちゃん、それにセルシアさんだっているのに……恥ずかしい。私のこんな声メドリ以外に聴かせたくないのに、触れられてまた声が漏れそうになる。

 2度目は耐えきれなくて、少し漏れてしまう。大きな声にはならなかったけれど、私の前の席に座るナナちゃんには聞こえたようで、不思議そうな顔をして振り向く。


「? どうかしたの?」

「え……! う、ううん……なんでもないよ」

「そう……?」

「イッちゃん、あっち!」


 前に座るナナちゃんに気づかれそうになったけれど、イチちゃんがまた新しいものを見つけたようで、そちらへと視線が移ってゆく。


 助かった……1番後ろの席で良かった。そうじゃなかったらばれてたかもしれない。


「……声出しちゃだめ。私にだけ聴かせて」

「そんなこと言ったって……ぅぁ……!」

「これだけでこんなに感じちゃって……かわいい」

「ぅぅう……」


 メドリの手が私の首筋をすりすりと撫でていく。もう片方の手は私の身体を抱き寄せてるせいで、逃げることなんてできない。

 撫でられるたびに、魔力が絡み合うたびに、快感と羞恥心で思考がどんどん奪われていく。視界がほわほわして気持ちいいけれど、同時に自分でもわかるぐらい恥ずかしくて顔が熱い。


「こ、ぇ、でちゃう……」

「塞いであげる」


 え、と声をあげる暇もなかった。

 メドリが私においかぶさるって口で口を塞ぐ。広い座席でよかった……じゃなくて、こんな場所でキスしてる。恥ずかしいけれど、嬉しい。嬉しいけれど、恥ずかしい。

 見つかったらどうしよう。イチちゃんとナナちゃんにはキスしてるとこを見られたことがないわけじゃないけれど、多分いつもよりずっと変な顔になってる。


 それぐらい思考が回ってない。深く物事が考えれない。メドリの指が首をなぞって、軽く首を握られるのが痺れのような快感を生み出す。それが全身に伝播して熱を生み出していく。

 気道が少し詰まって、息がしにくくなるたびに、メドリに支配されてる感覚がしてまた気持ち良くなってしまう。これ以上はまずい。まずいってわかってるのに、腕は組み伏せられて、口は塞がれて抵抗できない。


 ……抵抗する気なんて元からないけれど。

 どれだけ恥ずかしくても、メドリが求めてくれてることを拒絶するなんて私にはできないから。


「っ……かわいい。すっごいとろけてる……好き」

「ぅ……ぁ……ぁ……」


 私も好き。そう言いたいのに言葉にならない。

 そこまで思考が回らない。


「ぅぁ……も……だめ……」

「え……! だ、大丈夫? ごめんね? やりすぎた」

「ぅうん……ぅぇし……」


 快感と羞恥の渦が押し寄せて、私の思考は限界だった。

 思考なんてする暇もなく私の意識は途切れた。

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